沼地の偵察
草が揺れる。
そして、垂直ジャンプで飛び出したのはタックルラビットだ。
直後、熱線が走り、タックルラビットを焼いた。
一瞬で黒炭と化したタックルラビットは落下し、そのまま反応はなくなった。
熱線を放ったのは、ひび割れた土地に浮かぶ、輝く球体だ。
大きさは掌に収まる程度だろうが、周囲の空間が揺らぎ、その熱の高さがうかがえた。
それが幾つも、沼地だった場所を彷徨っていた。
猪たちの元聖地でもある。
『……先輩、何アレ?』
茂みに潜みながら、ヒイロが『透心』を通じてシルバに尋ねてきた。
『多分、精霊の一種なんだろうけど……リフ』
『に、お兄正解。灼熱の精霊。……アレがいるから沼は干上がったまま。水霊花も干からびてる』
『暑い……砂漠にいるみたい……』
ヒイロはダラダラと汗を掻き、水袋を口にした。
灼熱の精霊たちからはかなり距離を取っているのに、気温は相当に高い。
このままだと、熱中症で倒れかねないな、とシルバも思った。
『にぅ……灼熱の精霊は、熱に特化した精霊……暑いのは、しょうがない……』
かくいうリフも、だるそうだ。
耳はぺたんと倒れ、尻尾も垂れていた。
暑いと言えば、シルバはもう一人気になった。
『一応聞くけど、タイランは大丈夫なんだよな? 中が人間だったら、シャレにならないと思うけど』
何しろ全身甲冑だから、見た目的にはそのまま気絶されていても、分からないのだ。
だが、シルバの心配に反して、思った以上にタイランの反応はよかった。
『あ、は、はい。問題ありません……氷属性にしてますし』
なるほど、全属性持ちのタイランだ。
暑いのならば、冷たい精霊になればいい、という発想なのだろう。
真夏のような暑さの中、タイランからはヒンヤリとした冷気が伝わってきていた。
絶魔コーティングの効果はどうなっているんだろうとシルバは考えたが、内側からの影響はそのまま外に出るのかもしれないな、ととりあえず納得することにした。
今一番重要なのは、タイランが涼しげだということだ。
『……っ! リフちゃん、タイランの身体がとても冷たい! 気持ちいい!』
こっそりタイランに近づいたヒイロが、その胴体に身体をくっつけた。
『ににに……? に!』
リフも、タイランの背中に身体をくっつける。
『ちょ、あの、二人とも……?』
戸惑うタイランだったが、灼熱の精霊に勘づかれるかもしれないこの状況で、二人を引き剥がす訳にもいかないし、そもそも性格的に難しいだろう。
『遠距離攻撃持ちか……しかも、僕の雷撃とは相性が悪そうだね。初級の氷結魔術は使えるけど、普通に負けそうだ』
ううむ……と唸りながら、カナリーもタイランにもたれかかった。
『カナリーさんまで!?』
『暑いからね。いやあすまない、助かるよ』
まったくすまなくなさそうに手を振りながら、カナリーは冷えたタイランから離れる様子がない。
『……これはもしや、寒い地方に行った時も、タイランは湯た……役に立つんじゃないだろうか』
『カナリーさん、今もしかして湯たんぽって言いそうになりませんでしたか!?』
『すまない。暖房で』
『同じようなもんですよね!?』
『ははははは』
……何やってんだ、とシルバは目を細めた。
シルバ自身、全身から汗が出ているが、さすがにタイランにくっつくような真似はできなかった。
とはいえ、少しだけ近づいておく。
冷気を感じられるだけ、今の気温の中に留まるよりマシといえるだろう。
『にに……灼熱の精霊にいちばん効くのは、お水。でも、少ないとジュワッてなる』
焼けた石に水をぶっかけるようなモノだ。
水気が、熱気に負けてしまうのだろう。
『じょ、蒸発ですか……うーん……精霊一体程度なら、どうにかなりそうですけど……』
確かに水属性になったタイランならば、ある程度の対抗は可能だろう。
けれど、水を使うには周囲の水気を集める必要があるし、そういう意味では灼熱の精霊の領域となっているこの環境で戦うのは、明らかに不利だ。
『かなりの数であるなあ。直接攻撃はどうであろうか』
思った以上に、キキョウの距離はシルバに近づいていた。
いや、この場合は冷えたタイランに、だろう。
それにしてもまったく気配を感じさせなかったあたり、さすがである。
……いや、この場合、感心するようなことでもないのだが。
『にぅ、いちおう、物理攻撃はきく。でもききにくい』
『そこは精霊だからな』
『……あの、そろそろ皆さん、離れてもらえませんか? いえ、特に重くはないのですが……』
タイランは、困惑していた。
三人にくっつかれ、残る二人も触れないまでもギリギリの近さだ。
密度がすごい。
けれど、この暑さである。
シルバも人間なので、わざわざ暑い環境に戻りたくはなかった。
という訳で、タイランの意見は聞き流した。
『リフ、あの枯れた草は?』
シルバは、土色にしおれている、触れば崩れ落ちそうになっている花を指さした。
花だったそれが五輪ほど、やはりしおれた草の中に埋まっている。
そうした花と草が、あちこちに生えていた。
『に。灼熱の精霊に水分もっていかれてるけど、あれが水霊花』
『促成栽培で、復活はできるか?』
リフは豆から芽を生やし、蔓を伸ばすまで成長させることができる。
同じことを花にもできるのならば、水霊花を甦らせることができるのではないだろうか。
そうシルバは考えたのだ。
『お水があればできると思う。でも、そのお水がない』
シルバは頷き、リフに自分の左腕に嵌めた鱗の籠手を見せた。
六つの鱗には、貯水の性能がある。
それに、タイランが水属性になれば、ある程度の水分は補給できるだろう。
『……それなら、復活できる。でも、灼熱の精霊の妨害がなければの話』
それは当然だろうと、シルバは思う。
ここまで届く熱量があるのだ。
水霊花に至近距離まで迫れば、萎れさせることなど造作もないだろう。
水分の補給と同時に、灼熱の精霊の牽制が必要だ。
『ならば、某は囮役であるな』
『ボクもかな?』
手を上げたのはキキョウとヒイロだ。
また、カナリーが空を見上げていた。
『シルバ。動くのはもうちょっと待った方がいい。夜になれば月が出る』
カナリーに釣られて見た空は、オレンジ色に染まりつつあった。
灼熱の精霊が放っている光で時間の感覚を忘れかけていたが、廃村で休憩し、ここまで来たのだ。
それなりの時間が経過していた。
『に、水霊花が咲きやすくなる。水霊花には月の光も栄養』
『本来なら、暗くなったらヒイロの機動力が落ちるからあまり提案しないんだが、今回光源には事欠かないみたいだからね』
『確かに』
灼熱の精霊の光量は、真昼と変わらない視界を確保できるだろう。
鱗の籠手や、収納能力のある道具袋に水を補充するためにも、シルバ達は一旦、偵察から撤退するのだった。




