森へ行こう
数日後の朝。
冒険者ギルドに併設された酒場に、シルバたちは集まった。
朝食を食べながらの打ち合わせである。
「行方不明者の捜索?」
シルバはキキョウの話を聞きながらも、パンケーキにナイフを入れる手は休めなかった。
「うむ。他に適当な難易度の依頼はなかったのだ。……何なら、新しい依頼が出るのを待つというのも手ではあるが、どうするシルバ殿」
一方キキョウは、依頼票を片手に、もう一方の手でやや固めのパンをスープに浸していた。
「その仕事の詳細次第だなあ」
「ふむ、行方不明になったのは行商人。ここから北東にあるやや大きめの村から戻る途中で、いなくなったという話なのだ。後発だった大きな商隊が先にこちらに到着し、どうなったのかという話になったらしい」
キキョウが依頼票の内容を読み上げた。
「どこかに寄り道した……という可能性は、ないんですか?」
タイランはジョッキに入った桃蜜水をストローで吸いながら、首を傾げた。
固形物は今一つ、駄目なのだという。
吸収しているのか溜めているのか、シルバとしては鎧の内部が気になるが、追求するのも失礼だろうと尋ねたことはない。
「基本一本道で、寄るような場所はないのだ。行方不明になりそうな場所があるとすれば、途中山に挟まれたところにある、深い森ぐらいなのである」
「山賊かなぁ?」
それまで静かにしていたヒイロが呟く。
目の前の皿には太い骨が十数本、転がっていた。
「うむ。その線も、考えられる。依頼主は、行商人の家族であったな」
「……じゃあ、受けるか。距離的にも、そんなに遠くなかっただろ?」
「で、あるな。村まで歩いて、今の時間から歩いたとして、日が暮れるまでに到着といったところであったか」
「調べるのは山の中の森。……泊まりになりそうだな」
野営の準備はすべて、シルバの腰にある収納の魔道具となっている革袋に収まっている。
「本音を言えば、明日の朝からにしたいんだけど……行方不明となると、急いだ方がいいよな」
「うむ」
キキョウに異論はないようだ。
「ヒイロ、タイラン。二人もよいか?」
「ボクは全然おっけーだよ?」
「わ、私もです」
そういうことで、シルバたちはこの依頼を受けることになったのだった。
辺境都市アーミゼストの城門前。
行商人の馬車や乗り合い馬車があちこちに停まり、同行者を募っていた。
徒歩の者もそうした馬車も、出入り口の手続きを経て、外へと出て行く。
「馬車はどれも、いっぱいのようですね……」
タイランによると、乗せてくれる馬車はなさそうだった。
何しろ四人、それも一人は大きな甲冑姿なので、乗せてくれる馬車をまず選んでしまう。
やや大きめの馬車で、しかも定員が四人空いている馬車、となると自然と限られるのだ。
「じゃあ、歩きかー。歩くのはいいんだけど、途中で話すネタがなくなるのが辛いよね」
「まあ、それはちょっと分かる」
ヒイロの意見に、シルバも賛成だ。
もっとも、ずっと喋りっぱなしで歩くというのも、それはそれで辛くないか? とも思うシルバであった。
そして、歩きといえば……。
「……一応確認したいのだが、タイランは疲れるのであるか?」
「ええと……水分の補給は、欲しいですね。肉体的な疲労というより、精神的な感じで……」
キキョウの確認に、タイランは頷いた。
なるほど、動く鎧ならば人間と同じような疲労とは無縁というのは、シルバにも分かる。
「もちろん休憩は入れるであろうが……シルバ殿」
「そりゃ、途中で休むよ」
キキョウの問いに、シルバは肩を竦めた。
何時間も歩きっぱなしでは、いざ現場に到着した時、疲労した状態で仕事を始めることになってしまう。
「ただ、ちょっと楽をしようかなとは思ってる」
「む? というと?」
「とりあえず、門を出てからだな」
冒険者ギルドの認識票を役人に見せ、シルバたちは都市の外に出た。
視界に広がるのは、なだらかな平原だ。
遠くにうっすらと見える山が目的の場所になる。
だが、まだシルバたちは歩かない。
まずシルバは、全員の武器を預かった。
それらは道具袋に収納される。
「それで、どうするのであるか、シルバ殿?」
「うん。ちょっと後ろに回るぞ」
言って、シルバはキキョウの後ろに回った。
そして、背中に手を当てる。
「え、シ、シルバ殿?」
着物越しとはいえ背中に当たる手に、キキョウの尻尾がピンと跳ね上がった。
「――『力樽』」
シルバが印を切ると、キキョウの身体からうっすらと赤い聖気が溢れだした。
「っ!?」
キキョウは思わず自分の手を見るが、特に何かが代わった風には見えない。
「体力を増す祝福だよ。疲れにくくなる。何にもしない内は、効果も分かりづらいだろうな。次、ヒイロな」
キキョウと同じように、ヒイロの背中に回ってシルバは祝福を施す。
最後に自分にも『力樽』を掛けた。
シルバたちの身体から漏れる赤い聖気に、門を通行する商人や冒険者が何事かと横目に見ていくが、シルバは気にしなかった。
「じゃあ、タイランがついてこれるぐらいの駆け足で行こうか」
ゆっくりと、シルバが走り始める。
「そ、それは構わぬがシルバ殿。いきなり三度も祝福を使っては、シルバ殿の魔力が保たぬのではないか?」
キキョウが続き、少し遅れてヒイロとタイランも追ってきた。
なるほど、キキョウの心配はもっともだ。
「そ、そうですよ……いくら休憩を挟むって言っても、シルバさんが倒れてしまうかもしれませんよ……」
「いや、大丈夫。だって俺が使ったのは、俺の分の魔力だけだから」
「……ぬ?」
分からないという顔をするキキョウを、シルバは指差した。
「キキョウに施した『力樽』は、キキョウの魔力で賄わせてもらったんだよ。ヒイロも同じ」
「うぇっ!? ボク、祝福使えたの!?」
驚くヒイロに、手を振るシルバ。
ちょっと違うのだ。
「祝福を使ったのはあくまで俺。ただ、魔力だけ施す対象のを使わせてもらったってことだよ。……もうちょっとペース上げていいか、タイラン?」
「あ、はい。だ、大丈夫です」
タイランの了承を得て、シルバはわずかに走る速度を上げる。
『力樽』のお陰で、息もまったく乱れない。
そのペースは、年老いた行商人の馬車を追い抜いていく。
「お先に」
「そんなペースじゃ、遅かれ早かれバテちまうぞ」
「ほどほどのところで休みますよ」
老行商人に忠告され、シルバは苦笑いで返した。
「つまり、先輩はボクの中にある魔力を使って、えーと、大ラッキー?」
「『力樽』な。それを使ったんだ。まあ、相手に直接触れてないとできない術だよ。キキョウもヒイロもあまり、魔力は使わないだろ?」
微妙に間違っているヒイロを、シルバは訂正した。
「ボクの場合、あまりというかまるで使ったことないんだけど……」
基本、物理攻撃オンリーのヒイロである。
一方、キキョウも得心がいったようだ。
「なるほど。どうせ使わぬ魔力なら有効活用した方がよいということであるか」
シルバが使う魔力は自分の分だけなので、圧倒的にコストは安くつくのだ。
「そういうこと」
「他の聖職者も、この術は使えるのであるか? 今まで聞いたことがないのであるが」
「術というよりは、技だよな。もちろん誰でも使える……はずだぞ? ちゃんと勉強と実地踏めば」
「勉強と実地?」
「勉強は座学だよ。山羊みたいな爺さん先生の長い長い説法。実地はまあ、コツ掴むまでひたすら施療院で、患者さんに触れて『回復』。失敗したら魔力は自分持ち。俺の場合は戦地だったけど。大体、一ヶ月ぐらいでできるようになる」
「……シルバ殿。それは誰でもとは言わぬ」
「あとこの『力樽』は少しずつ魔力量を消耗していくタイプの祝福だから、多分最初にヤバくなるのはヒイロだと思う」
鬼族は戦闘能力に優れ、高い膂力を誇るが、その一方で魔力に乏しい。
シルバは司祭であり魔力は多く、キキョウもまた刃に風の術を乗せることがある為、それなりの魔力を保有している。
故に、魔力切れが発生するとすれば、まずこの中ではヒイロなのだ。
「え、ボクどうなるの!? 枯れるの!?」
「枯れねえよ。魔力が減った時の反応ってのは人それぞれだからな。何となくヒイロも分かると思う。眠くなったり、ちょっと立ち眩みになったりだ」
もちろんそれを放置して、そのまま魔力を消費し続ければ、気絶してしまうことになる。
当然、シルバはそこまでヒイロを酷使するつもりはなかった。
「ううう……そうなる前に、休憩入れようね、先輩。……それにしても、本当に疲れないなあ」
「これならば、昼前には目的の森に到着しそうであるな」
「わ、私の方はもう少し、ペースをあげていただいても何とか……」
何度かの休憩を経て、パーティーで想定していたよりも遥かに早い時間に、シルバたちは山の中の森に入ることができたのだった。