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森の中の罠作り

 カーテンの向こうはまだ、日も昇っていないようだ。


「んん……」


 シルバの朝は、聖職者としての務めが習慣となっており、とても早い。

 昨日の夜、食後にちょっとしたトラブルがあったが、動揺で眠れなかったなどということはなく、この日も自然に目覚めた。

 ……が、やけに、胸の上に重量があった。

 あー、リフが潜り込んだかと、寝ぼけた頭でもある程度予想していたのでシーツをめくってみた。


「くー……」


 簡素な寝間着姿のリフが、自分にしがみついてすやすやと眠っていた。


「っておい、人型かよ!?」


 仔虎タイプだと思っていたシルバには、完全に不意打ちだった。

 昨日、寝る前は確かに仔虎形態だったのだ。

 その動揺が伝わったのか、リフも目を覚まし、寝惚け眼をこすった。


「……に……お兄、おはよ」

「お、お、おう、おはよ。ね、寝床に潜るのはまだいいとして、せめて虎形態で頼む。さすがに心臓に悪い……」

「に……わすれてた……ごめん……今度から気をつける……ぬくぬく」


 まだ眠いのか、シルバに抱きついたまま、リフは眠りに落ちていきそうになる。


「……ちょっと待て、今度とか今の聞き捨てならないんだが。フィリオさんにぶち殺されちゃいそうなんですけど!?」


 とにかく起きないと、と考えていると、扉がノックされた。

 扉の向こうから、朝っぱらにも関わらず、割と遠慮のない話し声が聞こえてきた。


「……まだ寝てるのかなー。ねー、タイラン、中、確かめてくれない?」

「ヒ、ヒイロ。寝てるのなら、その……勝手に侵入するのはどうかと思いますよ?」

「鍵、掛かってるみたいだねー」

「ちょ、ヒ、ヒイロ、だ、駄目ですよ……!? 何かノブが軋み上げてますから、そ、それ以上は……!」

「……朝から騒がしいな、おい」


 上半身を起こした状態で、シルバは呟いた。


「にぃ……」


 一緒の寝床に入ったまま、半分眠っているリフも同意する。


「……あと、この状況はそろそろ目撃されたら洒落にならないから、悪いけど離れてくれると助かる」

「にー……」


 リフは、ベッドから飛び降りた。




 ……そろそろ東の空が明るくなろうしている。

 ブリネル山麓の森に入ったシルバ達一行は、落とし穴や吊し罠といったトラップの作成に余念がなかった。


「嘘ついて、ごめんなさいでした」


 自分が女の子であることがバレたと、カナリーから伝えられたヒイロは、地図を広げるシルバに大きく頭を下げた。


「……まー、いいけどさ。大体の理由は分かるし」

「うん。先輩とキキョウさんがパーティー作るって話の前も、結構パーティー断られてたからねー」


 ヒイロが頭を上げる。

 困ったように笑いながら、頭を掻いた。


「鬼にしては小さい上に女と、何故か鎧を脱ごうとしない素性の知れないの。……まあ、なかなか組んでもらうのは難しいだろうな」


 腕っ節を要求される冒険者稼業では、女性の戦士職は特に侮られやすい傾向にある。

 ただ女であるというだけで、ヒイロは何度も断られたことがあるのだという。

 決してよくはないが、それでもまだ、その冒険者達は良心的な方だ。

 タチの悪いのになると、最初から不埒なことを目的に勧誘したりもするし、ヒイロはそれにも巻き込まれたことがあるそうだ。

 もちろん、全員叩きのめしたらしい。

 タイランは見るからに戦力として期待できそうではあったが、性格的に厳つい男どもとの会話が苦手だったようで、そうなってくるとヒイロが頼みとなってくる。

 二人セットでとなると、どうしても参加できそうなパーティーは限られてしまうのだ。

 女性だけのパーティーがあれば一番話が早かったのだろうし、シルバの知る限りでは現実に存在するのだが、ヒイロたちは運の悪いことにそうしたパーティーと巡り会うことができなかった。

 なら、まずは性別は差し置いて、自分達の実力を見てくれそうなパーティを探そうとタイランと話していたところに耳に入ったのが、酔っ払ったシルバとキキョウの新規パーティーの話だったということらしい。

 ヒイロの後ろについてきた全身鎧(フルプレートアーマー)のタイランも、申し訳なさそうに頭を下げた。


「す、すみません……私の人見知りも……その、ありまして……」

「いいよいいよ。気にするな」


 シルバは軽く、手を振った。

 二人は運が悪かったが、シルバとしてはそのお陰で戦力を充実することができたのだ。


「お互い、結果オーライだと思おう」

「あ、ありがとうございます」


 そんなシルバ達に、黒い影が差した。


「……しかし、だね」


 地図を持っていたカナリーが、逆さまになって降りてきた。

 空を飛べるカナリーの仕事は、森の形と猪達の位置の把握だ。


「……余所にバレるとややこしい事態になる。性別に関しては、変わらず伏せておいた方がいいだろうね」

「うん、わかった!」


 ヒイロは快活に返事をした。

 それを聞いた三人の気持ちはこの時、一つになっていた。


「……不安だ」

「不安だね」

「……ふ、不安です」


 さて、とシルバはカナリーに視線をやった。

 何かな? という表情をするカナリーにシルバは『透心(シンツ)』を飛ばした。


『……いや、カナリーはいつ、話すのかと思って。一応、俺以外にはまだ黙ったままだろ?』

『なかなか、言い出すタイミングが難しくてね』


 肩を竦めるカナリーであった。




 一方、縄を編みながら何だか一人苦悩の中にあるキキョウの裾を、誰かが引っ張った。

 振り返ると、リフだった。

 小さな手には、ドングリぐらいのキノコがいくつかあった。


「……に、これあげる」

「む、むぅ……リフよ、これは何なのだ」

「元気の出るきのこ。この森、いい野草とか、いっぱいある」

「……す、すまぬな」


 モース霊山に住む霊獣の娘の薦めならば、安心だろう。

 そう考え、キキョウは素直に茸の一つを口に入れた。

 すると、何だか胃の辺りが熱くなってくる。確かに効きそうだ。


「うぅ、しかしこうなると、いよいよタイミングが……」


 どうしたものか……と、キキョウは唸った。

 元気とはちょっと別問題の悩み事なのだ。

 すると、ヒイロとの話が済んだらしいシルバが、キキョウに近付いてきた。


「大丈夫か、キキョウ? これから実戦なんだけど……」

「う、うむ、シルバ殿。その点は問題ない。ヒイロのことはちょっと驚いたが、本番までには立て直すのだ」


 キキョウは頭の中の悩みを強引に隅っこに押しのけ、自身を戦闘モードに切り替える。

 凛とした雰囲気に変わったキキョウに、シルバも安心したようだ。


「分かった。頼むぞ」

「うむ!」


 緩やかに尻尾を振り、キキョウはシルバと拳を打ち合った。




 朝食のサンドウィッチを食べながら、話し合う。


「……猪達の頭がいいとは聞いてますけど、ど、どれぐらいなんでしょう」


 鎧から出て近くの川から汲んできた清水を飲むタイランの問いに、カツサンドをもぐつきながらヒイロは少しずつ青さを増してくる空を見上げた。


「んー、そうだねえ。ボクの知ってる獣だと、勘のいいのは毒入りの餌とかもまず通じないかな」

「に……色々いる。でも、人間よりずるがしこいのはいないと思う」

「手厳しいなぁ」


 もしゃもしゃ野菜サンドを食べるリフのコメントに、木の株に腰掛けたシルバは苦笑するしかない。


「にぃ……人間のわな、すごい。父上でも、ほんのたまにだけどだまされる」

「そう言われると、人間すげえ」


 タマゴサンドを食べつつ、シルバは人間の可能性に呆れていた。


「まあ、とにかくさっさと片付けてしまおう。こういう泥臭い仕事は、どうも僕には向かない」


 高い位置にある木の枝に腰掛けながら、カナリーは温かいトマトスープを飲んでいる。

 干しぶどうを口に含みながら、キキョウはその枝を見上げた。


「というか、カナリーは一度も土をいじっておらぬではないか」


 カナリーは、パーティーのメンバーが休憩中、黙々と給仕に徹する赤と青の従者を指差した。

 人形族の二人も罠の作成を手伝っている。


「従者達は僕と一心同体。それに、僕だってちゃんと仕事はしているしね……というか、完全に日が昇る前にある程度地理を把握しないと、困る。いくら僕が昼間でも活動できるといっても、やっぱり夜よりは幾分力が落ちるしね。タイランは僕以上に、こういう作業はまだ慣れていない」

「す、すみません……」

「何、いいさ。僕だって得意って訳じゃないからね」


 カナリーは肩を竦めた。

 だが、その分タイランは、その巨体を活かして力作業で頑張っているのだ。非難する事など何もない。


「そういうのが得意なのは」


 シルバは、今回の罠作成で頑張った二人に視線を向けた。


「はーい」

「に」


 ヒイロとリフが手を挙げた。


「山となると、独壇場だなこの二人は」

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