カナリー、タイランの擬体について語る
「いや、本当に俺達二人だけだが、相手は小鬼連中ばかりらしいし、何とかなるさ」
「ああ」
イスハータの言葉に、ロッシェは静かに同意する。
小鬼とは、鬼族とやや似ているが、より貧弱な種族だ。
その代わり、繁殖率が高く、悪知恵も回る。
それでも知能も人間ほど高くないので、ビギナーの冒険者達の討伐依頼では割とお馴染みの連中だ。
一般的な評価は、弱くて卑怯な雑魚モンスター、である。
が、戦う術を知らない農夫達では対処ができないし、冒険者だって隙を見せれば死ぬことだってある。
「どこから小鬼達が沸いてきたかが気になっていたんだが……なるほど、おそらくそっちの事件とリンクしていたんだな」
得心いった、という風にイスハータが頷く。
「む?」
眉を寄せるキキョウの肩に、カナリーが手を置いた。
「つまり、小鬼連中は元々はこちらの森の奥に住んでいたのではないかということさ。しかし、キャノンボア達が暴れ回っているせいで、小鬼連中は追い出され、余所の集落に迷惑を掛けているという訳さ」
「なるほど……」
イスハータは苦々しく、顔をしかめた。
「放っておくと棲み着いて家建てて、どんどん我が物顔に振る舞う連中だからな。次に畑に忍び込んでくる時間は深夜だって分かっているから、それまでは準備期間中なのさ」
「締めの滝浴びという事か」
キキョウに頷き、イスハータは窓から見える大きな滝に視線をやった。
「そういうことだ。ああ、ここのは結構効くから、シルバにも勧めておいた方がいい。迷宮探索を頑張っているのなら、尚更だ」
「う、うむ……そ、そうだな」
「?」
何故か口ごもるキキョウを、イスハータは不思議そうに見た。
「ふふふ、気にしないでくれ。複雑な事情があるのだよ」
笑うカナリーのカップの中身も、ちょうど空になった。
ポットを持ったヴァーミィを、首を振って制する。
「そうか。それじゃそろそろ俺達は行くよ。日が暮れる前には、世話になっている郷の方に戻りたい」
「ああ」
イスハータ達と一緒にキキョウ達も、席を立つ。
「ああ。気をつけて」
「ご武運を祈っている」
ちなみに、キキョウがフライドポテトのおかわりを諦めたのが大正解だったと知るのは、晩飯にでかい猪が出されてからのこととなる。
エトビ村、『月見荘』の食堂。
夕食は、ヒイロの狩ったバレットボアを使った豪華なモノだった。
ちなみにリフは獣人形態、タイランは甲冑姿のままだが、面頬を上げてこっそりと食事を取った。
「村にとっては不幸なことだけど、僕達にとっては他に客がいないのは幸いだったね」
「毎回、こうする訳にはいきませんけどね……」
カナリーが肩を竦めながらいうと、タイランはしょんぼりと肩を落とした。
今回の宿ではまだいいが、表向き動く鎧ということにしていては、例えばドレスコードのあるレストランなどには、入ることは難しい。
うーん、とシルバも唸った。
「カナリーの案として、擬体を用意するって案もあるけど、そうなるとその間『タイラン』はどこにいったのかってことになるしなぁ」
「ご、ご迷惑をおかけします」
「いや、迷惑とかは特にしてないから。ただ、他の場所でも一緒に食事を取れればいいよなって話だろ?」
なお、カナリーの用意する擬体というのは、錬金術で作り出した人造人間の身体である。
魂はなく、だがそれ故に理論上、タイランは入ることができるはずとカナリーは言う。
しかし問題は多く、最たる例はシルバの指摘する、その間の『動く鎧』の存在だ。
この『アンノウン』のメンバーの内、一人が消え、代わりに別の人物が彼らと食事を共にしている……となれば、誰だって怪しむに決まっている。
難しい問題であった。
「とはいえ、そうした問題は何もタイランだけとは限らぬ。某やリフのように獣人というだけで入店を禁止する店もあれば、そもそも人族以外お断りというところもあると聞く」
「に……?」
骨をかじっていたリフが、首を傾げた。
もちろん食事ということもあり、今は仔虎形態から獣人へと姿を変えている。
「まあ、某も話で聞いただけで、実際にお目に掛かったことはないのであるぞ。何せ某、自国とこの辺境以外、知らぬ故な」
「そういうのに詳しいとすれば、カナリーだろ」
シルバが話を振ると、全員がカナリーに注目した。
いや、ヒイロはウトウトしているので、数には入らないか。
その視線に、カナリーは苦笑いで応えた。
「そんな風に見られると、照れてしまうね。確かに、そういう場所は存在するよ。でもまあ、そういう店は極力避ければいいだけの話だよ。雑多な人種の集うこの辺境や南にある多民族国家のドラマリン森林領なんかは、僕達みたいなのでもかなり過ごしやすいはずだからね。逆に、ルベラント聖王国とかは……」
カナリーは、シルバを見た。
「お察しの通りだ。あまりオススメできないな」
ゴドー聖教の総本山があるルベラント聖王国は、人族以外は生活がしづらい環境だ。
表向き、人族以外を排斥するような運動こそないものの、圧倒的に人族が多いのだ。
ここにいるメンバーが歩き回れば、間違いなく奇異の目で見られるだろう。
「しかし自分で話を戻すのもどうかと思うけど、人造人間の擬体ぐらいなら作れるよ。さすがに常時全身甲冑姿っていうのは、多種多様な異種族が混在する辺境でも、中々に厳しいからね。素体生成の環境整備には多少、値は張るかな。何、僕の怪しげな術で魂だけ擬体に移植したとか、適当なことは言えるさ」
「……自分で怪しげな術とか言うのかよ」
「だってそもそも、そんな術自体存在しないんだから、どんな適当なこと言っても変わらないだろう? 問題はどういう外見にするかだよ」
「む? タイランの人工精霊体のままでは、駄目なのであるか」
「あのねえ、キキョウ。一応、うん、一応ね、僕達の中に女性はいないことになっているはずなんだよ? その辺、分かってるかな?」
カナリーは、わざとらしくリフの頭を撫でながら、キキョウに微笑んだ。
そうだね、一応だね、とシルバはカナリーを見て無言で突っ込んだ。
「う、うむ、左様であったな。……となるともしも、その擬体を用意するとなれば、美少年の姿であるか」
「美少年だね」
キキョウの結論に、カナリーはピカリ☆と目を輝かせて、応えた。
「あ、あの、どうして美少年前提なんでしょうかー……!?」
「に……大きいの、小さいの?」
「! リフ、君は今、いいことを言った。確かに生まれてからの日数を考えれば、小さいのもありだ」
「待って、あの、本当に待ってください……? シルバさん、何かカナリーさんに変なスイッチ入っちゃってるんですけど……!?」
タイランの訴えに、シルバは壁の時計を確かめた。
本来なら、寝るにはまだ早い時間だろうが、騒いでいるパーティーのメンバーを見渡した。
「まあ、タイランの擬体の話はひとまず、置いておこう。明日は早いから、今日は早寝で頼む」
シルバが一気に話をぶった切ると、ようやく騒ぎは鎮まり、タイランもホッと胸をなで下ろしていた。
そして、夜行性の種族であるカナリーと、目を合わせる。
「……悪いなカナリー。『昼更かし』になりそうだ」
「いいよ。その分、存分に『夜寝』させてもらうから。じゃあ今日はこれで解散かな」
「そうだな。後はもう一回風呂に入って……」
「うん。それはいいけどシルバ」
「どした?」
カナリーは、自分にもたれかかるヒイロを指差した。
「……くー……すー……」
「……寝てるな」
「寝てるねぇ」
道理で、静かだと思った。
まあ、大きな猪と一戦やり合い、その後たらふく食べたのだ。
眠くなっても当然か。
かといってこんな所に放っておく訳にもいかない。
「ったくしょうがないな。ヒイロ、起きろ」
シルバは軽く揺さぶってみた。
「んむぁ……おかわり……」
「……何てベタな夢をみてやがる」
「やれやれ。ヴァーミィ」
カナリーがしょうがない、という風に指を鳴らすと、影の中から赤いドレスの美女が出現した。
しかし、こんなことで彼女を煩わせる必要はないとシルバは判断した。
「いや、これぐらい俺が運ぶって。どうせ部屋までなんだから」
言って、シルバはだらんと力のないヒイロの身体を起こすと、背中に担いだ。
「……シルバ、君ねぇ……」
「うん?」
額に手を当て、頭を振るカナリーの意味が、シルバには分からなかった。
……分かったのは、ヒイロの身体が背中に密着してからだ、
「……」
ダラダラと汗を流しながらカナリーを見ると、「それみたことか」といった表情をしていた。
「ど、どうした、シルバ殿」
「いや、まあ、その……」
キキョウに曖昧に応えながら、シルバはカナリーに『透心』を飛ばした。
『言わない方がいい?』
『まあ、今のところはね。……明日は早起きなんだろう?』
シルバは頷き、動揺を悟られないようにしながら、ヒイロを部屋まで運んだのだった。




