猪相撲と古い知人との再会
「嬢ちゃんっ!?」
強烈な衝撃が、ヒイロの全身に伝わってきた。
「……んー……」
だが、足は地面についたまま。
ヒイロはバレットボアを、正面から受け止めていた。
正確には、両足は土の中に深く埋まっていた。
それでかろうじて、バレットボアのチャージを受け止められたのだ。
その代わり、ヒイロの持っていた鍬は見事に砕けていた。
「ぶ、無事……なのか!?」
青年は尻餅をついたまま、後ずさる。
「やっぱ、こんな細っこい武器じゃ今一つだね。あと、一応嬢ちゃんじゃないってことになってるんで一つよろしく――よっと」
無造作に引き抜いたヒイロの片膝が、バレットボアの顎に強烈にヒットした。
「がふ……っ!?」
真下からの電撃的な攻撃に、バレットボアの身体が軽く浮く。
もちろんそれを見過ごすヒイロではない。
「へ?」
「ちょいさあっ!!」
呆気にとられる青年を無視して、力任せに両手で相手を弾き飛ばした。
「ブルっ!?」
踏ん張りの利かなくなったバレットボアが、土煙を上げながら10メルトほど弾き飛ばされる。
「うし!」
ヒイロはそのまま振り返ると、へたり込んでいる青年の襟首を掴んだ。
「兄ちゃん名前は?」
「ア、アッシェル」
「ボクはヒイロ。足腰立ったら、そのまま逃げてね」
言って、ヒイロはアッシュルを無造作に放り投げた。
「うわああああああ」
温泉の仕切りの向こうに放り投げられ、直後、派手な水音が響き渡った。
「よいしょ」
ヒイロは、畑を出て近くにあった岩を掴んだ。
一抱えほどもあるそれを持ち上げて、改めてバレットボアに向き直った。
岩は、思ったより地面に埋まっていたらしく、直径1メルト半はあるだろうか。
正直、ヒイロ本人より大きい。
「ブルァ!?」
立ち直ったバレットボアも、さすがに腰が引けたようだ。
「これでも……食らえっ!!」
「ブルゥ……!!」
飛んできた岩を、バレットボアはとっさに回避した。
しかしその正面に、既にヒイロは回り込んでいた。
「本番前の腕試しに、ちょっとパワーの程を確かめさせてもらうよ?」
身体を捻りながら、土まみれになったヒイロはニカッと笑った。
「正面からのどつきあいで!」
ヒイロはバレットボアに見事な回し蹴りを食らわせた。
「ブホァ……!?」
――そんな一人と一頭の死闘も、遠目から見ればじゃれ合っているようにしか見えない。
やや遠く離れた岩場の上から、恐ろしく巨大な猪・キャノンボアと、その手下であるバレットボア達が戦いを見下ろしていた。
群れの規律を乱し、勝手に行動した手下を連れ戻そうとしていたのだが……。
その必要はなさそうだと判断したのか、キャノンボアは楽しそうに戦うヒイロを見て眼を細めた。
……引き返す。
手下達もゾロゾロとそれを追い、やがて岩場には誰もいなくなった。
――少し時間は戻る。
諸事情により入浴時間の調整を検討せざるを得ないキキョウと、従者を連れたカナリーは揃って宿を出た。
クロス・フェリーの隠れ家は、村はずれにあった。
小さいながらも、立派な洋館だ。
手入れをする人間がいなければ、大抵こういう建物は雑草が伸び放題になり、建物にもツタが巻いたりしているモノだが、この建物にそんな様子はない。
「……とはいえ、しばらくは誰も来ておらぬようであるな。少しずつ雑草も伸び始めているのだ」
「ここはハズレかな……? まあ、本格的な調査は明日だね。あんまりすることもなさそうだけどさ」
二人で周囲を警戒しつつ、慎重に建物を塀の外から伺ってみたが、やはり無人のようだ。
いや、危険度が高そうな場所ならば、ホルスティン家の人間もカナリー一人にここを任せたりはしないだろう。
カナリーが働き過ぎであることも加味して、調査に当たっているホルスティン家の者達は、半ば形式的にこの屋敷の調査をカナリーに預けたのかもしれなかった。
何しろここを調べ終われば、あとは温泉にでも浸かってゆっくりすればいいのだから。
洋館が無人であることを確かめると、次に二人はキキョウの目当てである滝に向かった。
宿の主人から聞いていたとおり、村からはそれほど遠くない、場所にあるという。
木製の吊り橋を渡ればすぐ、という話だったので、キキョウとカナリーはのんびりと橋を渡る。
太陽はそろそろ橙色に近くなってきているので、滝もまた今日のところは下見で済ませようという目論見であった。
その吊り橋だが、向こうからも渡ってくる者がいた。
男の二人組だ。
吊り橋はそれなりに頑丈にできているので、すれ違うことぐらいはできる。
キキョウは彼らに会釈をしようとして。
「おや?」
キキョウと、向こうの一人も同じ言葉を発した。
「キキョウ、知り合いかい?」
「うむ、まあ某とはそれほど因縁があるという訳ではないのであるが……」
互いに、意外な人物に出会ったのだ。
キキョウもそれほど何度も顔を合わせたわけではない……が、ちゃんと記憶には残っていた。
金髪碧眼の青年はイスハータ。
いかにも無骨な武人風の男はロッシェ。
どちらも、以前シルバが属し、先日解散した白銀級パーティー『プラチナ・クロス』のメンバーである。
滝から少し離れた場所で経営している小さな茶店で、キキョウとカナリーはその二人と向き合った。
「そうか、シルバは相変わらずのようだな。テーストは訳の分からん事になっているが、まあ奴らしいといえばらしいか」
革の上着にシャツ、ズボンという軽装でイスハータは苦笑し、温かい香茶を口に含んだ。
隣に控える戦士・ロッシェも似たような格好で、こちらは串焼きにされた魚を食べている。
二人の顔を知っていたキキョウがカナリーに紹介し、近況を語った所だ。
「イスハータさん。貴方方は今、何をしてらっしゃるのか」
カナリーと二人分の皿からフライドポテトをつまみつつ、キキョウは尋ねた。
「パーティーを解散した後、ロッシェと組んで武者修行といったところさ。一から出直しだよ」
「……ああ」
口数の少ないロッシェが短く頷く。
イスハータ達は、ここから少し離れた小さな集落で、依頼を受けているのだという。
「あと、ノワの件は聞いているが……バサンズだけは解散してから行方が分からない。生きているかどうかだけでも、シルバに確認してもらえると助かるかな。『透心』でまだ繋がっているなら、分かると思う」
「分かった。伝えておくのだ。今、某達はエトビ村に滞在している。シルバ殿には会っては行かぬか」
キキョウの勧めに、イスハータは軽く笑って首を振った。
「そうしたい所だけど、今回はやめておくよ。どうもテーストみたいに図々しくなれなくてね。さすがにまだ、顔向けができない。もう少し修練を積んでからにさせてもらいたい」
「左様であるか」
「それに、俺もロッシェも一応まだ繋がってるから、その気になればコンタクトは可能だしな」
『透心』のことを言っているのだろう、イスハータは自分のこめかみを軽く指で叩いた。
「貴方達がいると、猪狩りも楽ができそうだったのだがね」
赤と青の従者を背後に控えさせたカナリーは、ホットワインのカップを口元で傾けた。
「猪狩り?」
どうやら、イスハータ達は、エトビ村の問題を知らないらしい。
「ああ。僕達は身体を休めにこの土地にやってきたんだけど、ちょっと問題があってね」
カナリーは事情を説明した。
「そうか。そういう事ならこっちの手が空いていれば手伝いたかったが……」
しかし、イスハータ達にも、仕事があるというのはさっきも聞いた話だ。
「そちらにも都合があるだろう。しかし、二人で大丈夫なのであるか?」
キキョウはもう一皿、フライドポテトを頼むべきか迷ったが、夕飯も近いので諦めた。
そろそろ、宿に戻らなければまずいだろう。




