タックルラビットの襲来
――しかし、その予定もまた崩れることになった。
木々の間から辺境都市アーミゼストを囲む城壁が見えた辺りで、不意に敵の気配が強まったのだ。
森の中でも、やや開けた場所。
木の間や大きな岩の影から、中型犬ぐらいの大きさのウサギが何匹も姿を現した。
体当たりを得意とする、タックルラビットと呼ばれるモンスターだ。
その強さは、冒険者でなくても多少腕っ節があれば倒せる程度であり、その肉は農家の晩ご飯に上ることも珍しくない。
ただ、シルバたちを囲むその数は多く、しかも取り囲まれていた。
ザッと数えても三十は下らないだろう。
「キターーーーーッ!!」
そんな状況で、ヒイロは目を輝かせていた。
さすが、戦闘を好む鬼族である。
「ヒイロよ、機会が訪れて喜ぶのは分かるが、油断せぬように」
「うん、分かってる!」
キキョウが注意するが、ヒイロは今にも飛び出したくてウズウズしているようだった。
キキョウは小さく吐息を漏らした。
「シルバ殿」
数は多いが、練習相手としては手頃なモンスターだ。
「ヒイロは突撃。それを見て、キキョウは任意。タイランは後ろを頼む」
「らじゃっ!」
「心得た」
敵が動き出すより早くシルバが指示を送ると、ヒイロは弾丸のように飛び出した。
一方キキョウはシルバからやや距離を取りつつも、まだ抜刀はしないまま、警戒の態勢で腰を落としていた。
「う、後ろですか……?」
戸惑いながら、タイランはシルバの背後に回った。
後ろを頼むということは背後からの攻撃に注意しろという意味だろうと察したのか、そのままシルバとは背中合わせで斧槍を構える。
「――『透心』」
シルバが指を鳴らすと、頭に周囲の地形とモンスターの配置が流れ込んでくる。
シルバ、ヒイロ、キキョウ、タイランの視界が『透心』によって統合され、全体図のように全員の意識に送られているのだ。
「あ……これ、すごいですね。だから、私が後ろになったんですか」
「ああ。これだけ『目』があれば、大体の敵の位置も分かるようになる。囲まれていても、早々後れを取ることはないだろ」
特にタックルラビットたちの動きに気を配っているキキョウと、後ろを見ているタイランの役割は大きい。
「では、シルバ殿。某もそろそろ動くとする」
「頼んだ」
既に正面にはヒイロが切り込み、タックルラビットとの交戦が始まっていた。
モンスターは好戦的だが、多少の体当たりでヒイロがダメージを負うことはほとんどなく、むしろ反撃で吹き飛ばされるタックルラビットの数の方が多かった。
そのままヒイロが時計回りに動こうとしているので、キキョウは反時計回りに進むべく、やや左正面へと早足で掛けていく。
そして、シルバから見ると左右や後ろのタックルラビットたちが、徐々に包囲を狭めてきていた。
「シ、シルバさん、私は……」
「落ち着いて、一匹ずつ片付けていけばいい。タックルラビット相手なら、よっぽどのことがない限り、俺も致命傷を食らうことはないだろうし、それなりに自衛はできるつもりだからさ」
「は、はい……!」
一匹のタックルラビットが跳躍し、タイランの頭を狙ってきた。
「くっ!」
タイランは斧槍で、これを振り払った。
「キュッ!!」
悲鳴を上げながら、身体を切断されるタックルラビット。
そのままタイランは、跳躍態勢にいる別の一匹を突こうとするが……あっさりと横に回避されてしまった。
二匹目、三匹目も同様だ。
「シ、シルバさん……当たりません。うさぎさんが素早いです」
「さっき仕留めた時みたいに、跳んだ時を狙うんだ。空中にいる間は、身動きが取れないだろ?」
シルバはタイランの方を見てはいない。
しかし、『透心』で状況はしっかりと見えていた。
「あ、なるほど……や、やってみます」
少しずつ、タックルラビットは包囲網を縮めてきているが、タイランはこれに耐えた。
そして、その内の一匹が跳躍し――タイランは斧槍を振るった。
「あ、当たりました! ……でも」
今度は次から次へと跳びかかってきた。
何匹ものタックルラビットが、タイランにぶつかってくる。
タイランは分厚い甲冑のお陰でダメージこそないが、問題はシルバだ。
「問題ない――ちょっと音を出すぞ」
包囲網が限界まで狭まったのを見極め、シルバは両の手を勢いよく合わせた。
パァンッ!!
大きな音が炸裂し、タックルラビットは動きを硬直、ひっくり返る、後ろに跳び退るの三つの反応を示した。
「ひゃっ!?」
音に驚いたのは、タイランも同じだ。
事前に注意されていなければ、タックルラビットと同じように跳び上がっていたかもしれない。
「――『浄音』。小さな呪詛の類を祓う技なんだがね。こうやって牽制にも使える。タイラン」
「は、はい! えいっ、やっ!」
シルバに促され、タイランは動きを止めたりひっくり返ったタックルラビットを、次々に仕留めていった。
一方、前方ではヒイロが苦戦をしていた。
「む~~~~~」
最初こそ機先を制して、数匹のタックルラビットを倒したものの、敵もヒイロの大振りを見極めたのか、次第に回避されるようになってきたのだ。
(ヒイロよ、大きく振るより、突くことを意識するのだ。当たりさえすれば、お主の膂力ならば充分なダメージを与えられるであろう。大振りの方が気持ちはよいであろうが、そも、当たらなければ意味がないのだ)
「うすっ!」
少し離れているキキョウの声が『透心』を通して、ヒイロに伝わってくる。
忠告に従い、突きを重点的に繰り出していく。
そうすると、さっきよりもタックルラビットを倒せるようになってきた。
気が荒らぶったのか、何匹ものタックルラビットが一度に跳びかかってくる。
「なら……!」
ヒイロは振るっていた骨剣を地面に突き立て、拳と蹴りでそれらを迎撃していく。
「うん、いい感じに身体が温まってきた」
「……鬼族の戦闘センスはさすがであるなぁ。さて、某は……」
シルバから見て左手を、キキョウが移動していた。
駆けてはいないが、速歩だ。
何匹ものタックルラビットが跳びかかるが、それらはまったくキキョウには当たらない。
ただ、倒してもいないので、キキョウを追うタックルラビットの数は増すばかりであった。
「そろそろ、よいか」
スイ、と滑るようにターンし、刀の柄に手を掛ける。
そして一気に加速し――数回の剣閃が空間上を走り――タックルラビットの群れの間を駆け抜けた。
「まとめた方が楽なのである」
タックルラビットたちは一瞬震えたかと思うと、身体を両断させて絶命した。
ヒイロとキキョウは問題なさそうだ。
そう判断し、左右のポケットから石ころをいくつか、両手の中に収める。
何匹かのタックルラビットがシルバを襲ってきたが、回避に徹していれば深手を負うことはない。
「キュウッ!!」
素早いステップで、新たなタックルラビットがシルバを突き飛ばそうとする。
「っ!」
石ころを握った手で殴るが、タックルラビットは何ら痛みを感じる様子もなかった。
ただ、相手の攻撃を弾くという意味では成功し、タックルラビットは着地をすると悔しげにシルバを睨んだ。
「厄介だよなぁ……」
(シルバ殿。某が援護した方がよいか?)
『透心』でキキョウの心配した声が伝わってくるが、シルバは首を振った。
「いや、いい。これぐらいの相手なら、何とかなる」
そもそも、手の中に石ころを収めたのは、相手にダメージを負わせる為ではないのだ。
そして聖句を唱えた。
「タイラン、今からもう一度、敵の動きを止める。できるだけやっつけてくれ。今度は光でいく」
「え? あ、は、はい……え、光?」
シルバは周囲に石ころをばらまいた。
「『発光』」
シルバの祝福が施されたいくつもの石ころが、強烈な光を放った。
持続力ゼロ、ただし光量は最大。
突き刺すような閃光に、タックルラビットたちは目を灼かれていく。
シルバは身を翻し、タイランの背中を駆け上がる。
大きく跳躍し、二つ目の呪文を唱えた。
「――『飛翔』」
『飛翔』の効果で空中に留まったシルバは、足下の状況を確かめた。
白い光の世界は、徐々に元の色彩と輪郭を取り戻し始めていた。
タイランの周囲には、あと十数匹のタックルラビット。
その状況は、『透心』を通して、タイランにも伝わっている。
「いきます――!!」
タイランはグッと身を屈めると、勢いよく地を這うように斧槍を振り回した。
目を潰されたタックルラビットに、弧を描くその攻撃を回避することなどできるはずもなく、彼らは根こそぎ狩り倒されることとなった。
戦い終わって、倒したタックルラビットの死体を集め終わり、シルバたちは再び歩き始めた。
日は傾き始め、太陽は徐々に橙色に近付きつつあった。
反省会は、都市内に戻ってからだ。
「キキョウさん! ボクもああいう範囲攻撃やりたい!」
戦いが終わっても元気いっぱいなヒイロは、キキョウと並んで歩きながら、そんなことをせがんでいた。
キキョウのすれ違いざまの剣閃が、よほど魅力的に映ったようだ。
「人間向き不向きってのがあるし、俺としてはヒイロにはそういう手数を増やすより、今の攻撃の威力を上げていってもらえる方がありがたいかなぁ。一撃の威力が上がれば、それだけ効率もよくなるし、キキョウとの差別化も図れる」
力のヒイロ、速さのキキョウ。
そう分けられれば、パーティーとしての役割も振りやすくなる。
「でも、ああいう格好いいのも使いたいの!」
「もちろんヒイロの意見に反対してるわけじゃない。そういうのを覚えたいっていうなら、いい修練場を探しに行こう」
「うん、分かった」
シルバの答えに、ヒイロは素直に頷いた。
まあ、範囲攻撃を修得するのは悪いことじゃないのだ。
モチベーションが高いのなら、ヒイロの意思を尊重するべきだろう。
「ちなみに、今回のような群れや集団相手には、やはり魔術攻撃が最も有効であるな。某の剣技にも限界があるし、何より体力がおそらく保たぬ」
「先輩も、魔術師がいた方がいいと思うの?」
ヒイロがシルバの横に並んできた。
「そりゃな。遠距離対応の攻撃は、やっぱり強い。仮に俺が魔術師だとして、今の俺とヒイロの位置なら俺に勝ち目はない。けど、タイランぐらいの距離から魔術ぶっ放されたら?」
シルバとヒイロの距離は一メルトもない。
呪文の詠唱を済ませていたとしても、ヒイロがぶん殴る方が早いだろう。
一方、振り返った先、少し後ろを歩いていたタイランとの距離は三メルトほど。
ヒイロがタイランを攻撃するとしても、『移動』というアクションを一つ要することになる。
そうなると――。
「かわす!」
「色々台無しにしやがった!」
ヒイロの答えに、シルバは顔を覆った。
「……魔術の威力もそうですが、知識量も違うんです。遺跡の中には、古代の魔術師の研究室なんかがあるそうで……私達がうっかり触れると、全部、台無しにしてしまうかもしれませんし……」
タイランの意見に、シルバも頷く。
そう、戦闘力もそうだが、知識面でもできれば欲しいのだ。
「ただ、魔術師で冒険者やってる奴なんて限られてるし、その中でも使える奴ってなると、なかなかな。それに加えて、仲間としてやっていけるかってなるとさらに難易度が上がるし」
「難しいモノであるなあ」
「ま、気長に探していこう」
キキョウの言葉に、シルバは肩を竦めるのだった。
「そういえば先輩。さっきの戦闘中、タックルラビットに反撃してたけど……モンスターに対してもやっぱり駄目なんだね」
「ああ、それな」
シルバには、大きな弱点がある。
『ダメージ』という概念がないのだ。
初心者訓練場でのシルバとの手合わせで、ヒイロとタイランは身をもってそれを知っている。
シルバが殴っても、相手は痛みを感じない。
傷つくこともない。
「……まあ、それでシルバさんが戦力にならないってことには、ならないんですけど」
「うん、敵に回したくはないよね」
「褒められてるのか怖れられてるのか、微妙な評価だな」
「心配せずとも、某がシルバ殿の剣となるぞ」
キキョウが尻尾を揺らしながら言う。
「うん、ま、よろしく頼む。ああでも、敵は倒せないけど一応、一つだけダメージを負わせられる奴、いるぞ」
「え、そうなの?」
「……いや、シルバ殿。その例外は正直、意味がないというか」
「あの……キキョウさんは、知っているんですか?」
「うむ、それなりの付き合いであるからな!」
むん、と胸を張るキキョウであった。
「それでその、例外って?」
「俺自身」
シルバが自分を指差すと、ヒイロはガックリと肩を落とした。
「……駄目じゃん」
一応、色々伏線回です。
次回から章タイトルのお話となります。




