それぞれがしたいこと
昼下がりのエトビ村。
比較的大きな木造の宿『月見荘』の前には、馬車が横付けされていた。
「えええぇぇーーーーーっ!?」
その宿のカウンターから、ヒイロの絶叫が轟いた。
「本当にすみません」
頭に包帯を巻いた宿の主人が、大きく頭を下げる。
名前はメナというらしい。
黒髪を後ろで束ねた、二十代半ばぐらいの主人だ。
しかし、主人の謝罪に収まるヒイロではなかった。
「ヒイロ落ち着け」
眉を八の字にして涙目のヒイロを、シルバはカウンターから引き離した。
もっとも本気でヒイロが暴れたら、そのまま投げ飛ばされてしまうのだが。
「でも! 何で狩りが出来ないの!? ここのメインなのに!」
「それが……少々厄介な事情があるんです――」
メナは、重たい溜息を漏らした。
このエトビ村の大きな収入源は、温泉目当ての観光客にある。
そしてもう一つ、すぐ傍にあるブリネル山の森は広い上に野生の動物が多く、狩猟が名物にもなっている。
案内人付きで狩った獣は、その日の内に宿の料理人が調理し、夕食のメインディッシュになるのだ。
しかし、ここ最近、危険なモンスターが出現しており、迂闊に森に入れなくなっていた。
相手は巨大な猪だ。
キャノンボアと呼ばれるそれが大ボスとなり、バレットボアという部下を従えて、森を暴れている。
時には里まで下りてきて、農作物を荒らしたりもする。
どうにも手のつけようがなく、先日自警団が武器を手に討伐隊を編成したが、結局どうにも相手にならず、ほうほうの体で帰ってくるのが精一杯だったという。
特に大ボスであるキャノンボアは、それはもう、並大抵の大きさではないらしい。
「――という訳なんです」
メナ自身もその自警団に参加しており、頭の包帯はそれが原因だったらしい。
「ははぁ、なるほど」
「それでもう、我々だけではもうどうしようもなく、これはもういっそ冒険者でも雇おうかという話にもなっている状況なんです。狩猟自体ある程度のリスクが伴うのは当然ですが、さすがにこれは、そんなレベルではありません。もしも万が一があった場合を考えると……」
メナの話を聞き終えたシルバは、難しい顔をした。
「分かります。しかし何というか……それは好都合と思ってる奴が、ここに一人いましてですね」
「……はい?」
目を輝かせたヒイロが、元気いっぱいに手を挙げた。
「はい! はいはいはい! ここに冒険者がいます! 雇いましょう! 格安ですよ!」
「待て、待て待て待てヒイロ! やるかどうかはみんなと相談してからだ! まあ全員乗るとは思うけど、それでも一応待て! ステイ!」
「わん!」
そんなアホなやりとりをヒイロとしていると、ロビーに荷物を担いだ巨大な重装兵――タイランが入ってきた。
その後ろには、カナリーの従者である人形族、赤いドレスのヴァーミィも続く。
ちなみに青いドレスの従者であるセルシアは御者として、馬車を馬小屋へと運んでいる。
「あ、あのー……シルバさん、お荷物はとりあえず、ここに固めておいていいですか?」
「ああ、頼む。……ところで、部屋の数は大丈夫なんですよね」
「はい、そちらは問題ありません」
「じゃあ、二泊三日の宿泊で」
「ありがとうございます……もしかして、お客様方は、冒険者ですか?」
全身甲冑のタイラン、荷物の中にある骨剣や斧槍といった武器に視線をやったメナは、シルバとヒイロに顔を戻した。
シルバは胸元から冒険者の認識票を取り出した。
「ええ、完全に、観光目的だったんですけど……アーミゼストの冒険者パーティー『アンノウン』です。ウチの連中が集合したら、さっきの話をもう一回、聞かせてもらえますか?」
「……まあ、そういう話になってるんだけど」
荷物をそれぞれの部屋に適当に置いたシルバ達は、ホールの一角にあったテーブルに集まった。
宿の店主であるメナの話を、聞いた後である。
「要するに、狩りをするということであるな、シルバ殿」
キキョウの問いに、シルバは頷く。
「うん、元々の予定ではあったし、ヒイロがものすごく乗り気だしな」
「猪系かぁ……強いって事は美味しいんだろうなぁ」
目を輝かせながら涎を垂らすヒイロに、やれやれとカナリーが肩を竦めた。
「しかも、既に食い気モードに突入しているね」
「ああ、もはや誰にも止められないだろうな。ま、成功すればここの宿代は食費も含めて全部タダだ。悪くないんじゃないか?」
「にぃ……お兄、お風呂は?」
コートの後ろから尻尾を揺らしながら、リフが心配そうにシルバを見上げていた。
「そっちは普通に大丈夫だと」
村の中や周辺にいくつかあるという温泉は、モンスターが増えている森からは離れているので、通常の運営ができているのだという。
「に」
「よ、よかったですね、リフちゃん」
リフとタイランが、大きさの異なる手を軽く叩き合う。
「にぃ。どうくつ温泉」
「わ、私も楽しみです」
「に」
「僕の方は洋館の調査か……」
一方カナリーは、仕事の方も忘れていなかった。
こうして話している間も、書類に目を通していた。
「まあ、そっちも、もちろん同行するつもりだけどな」
「だね」
みんな、それぞれにやりたい事があるようだ。
シルバはシルバで、ちょっとばかり考えていることがあった。
もっともそれは、今回の小旅行そのものとは、あまり関係がない。
しかしそんなシルバの様子に、リフは気付いたようだ。
「……お兄、何か気になってる?」
司祭の服を引っ張り、尋ねてくる。
「んー……まあな。ほら、出発前にフィリオさんが教えてくれた、泉の精の話。ちょっと探してみたいかもと思ってさ」
泉の精とは文字通り、泉に宿る精霊である。
実際にはどこの泉にも宿っているが、己の姿を作り人前に顕現できるほど強い精霊はそうはいない。
それなりに年を経ていること、自然が多いこと、接触する人間側にそれなりの資質があることなど、いくつかの要素があるのだと、リフの父親であるフィリオはシルバに説明した。
そうした泉の精は、泉の大精霊と呼ばれている。
リフやフィリオの故郷である自然豊かなモース霊山には、多くの泉があるが、その中でも大精霊が宿るモノは一つしか無いらしい。
古来より、泉の精霊は他の精霊とはやや性質の異なる部分がある。
伝承である。
例えば、うっかり落としてしまった古びた農具を綺麗なモノに取り替えてくれたり、不思議な術を授けてくれたり……そうした言い伝えがあるのだ。
「お前達が行くというブリネル山麓には、確かそうした大精霊の宿る泉があったはずだ。もっとも、我は訪れたことはないし、そもそも今も存在しているか分からんがな。よいか、シルバ。リフと部屋は別にせよ。同じにはするな。本来なら、我も姫の保護者として同伴するところなのだ。仕事さえなければな……! 本来ならそんなモノ放り出すところだが、姫がすごく渋い顔をするから我慢するのだ。よいか、我がおらぬからといって決して羽目を外してはならん。分かったな……!」
そう、フィリオはシルバに教えてくれたのだった。
……説明よりも、後半の呪詛にも似た嘆きの方が長かったのは、いつものことであった。
「会ってどうするのかってのは、特に考えてないけどさ。話ができたってだけでも、クロエ達への土産話にはなるだろ」
ただ、フィリオが教えてくれた大精霊の宿る泉の場所は、件のモンスターの群れがいるという森の中なのだが。
「シルバ殿は、真面目であるなぁ」
「もうほとんど、趣味の領域になってるね。実用的でいい趣味だとは思うけど」
キキョウとカナリーが顔を見合わせ苦笑する。
「某も久しぶりに、滝修行をしてみるであるかなあ……」
ボソリと呟くキキョウであった。




