補給部隊が行く(下)
「あああああ、もー、毎回毎回死ぬほど怖いってばもー……! あー、まだ心臓バクバク言ってるわ」
疲れた口調で言いながら、サファイアはグローブをはめ直した。
「海老煎餅は正解だったねー」
「うん。前に何も考えずに防いだ時は、カレースープになって、ヤケドしながら溺れ死ぬかと思った」
手に触れたモノを食べ物に換える。
それが、ゴドーという神から与えられた、サファイア・ロックールの能力だ。
ただし、自分で意識しない限り、何に変化するかはランダムという厄介な癖がある。
サファイアの意思とは無関係に、何らかの食べ物に変わってしまうのだ。
例外は、生物と、魔術を無効化する技術『絶魔コーティング』を施された物質だけだ。
サファイアのグローブには、その『絶魔コーティング』が施されている。
着ていた軍服が湯葉に変わって以来、衣服にも同じ技術が使用されていた。
結果、サファイアにはむき出しになった頭以外には、魔術が通じない。
その代わり、装備に防護魔術も適用できないので、彼女が着ているのは、普通の布よりほんのちょっと頑丈なだけの軍服であった。
鎧?
サファイアの能力の性質上、機動力を妨げる装備など論外である。
結果、サファイアの戦闘技術で最も高いのは、格闘術であった。
「んじゃ、この大量の海老煎餅は、オレが回収して天に捧げとく、とー……」
サリカがくい、と指を持ち上げると、大量の海老煎餅は空の彼方へと飛んでいってしまった。
全員が揃った所で、先を進む。
「それにしても、本当に倒さなくてよかったんでしょうか?」
首を傾げるコウがその気になれば、倒すことだってできた。
彼の扱う家事魔術は、フライパンを使う『フライ返し』だけではない。
肉や野菜の保存に用いる魔術『瞬間冷凍』ならば、たとえ相手がドラゴンであろうと絶死は免れない。
しかし、木人ユグドは首を振った。
「わざわざ上層部の思惑に乗る必要はないでしょう。この樹海のドラゴンは、瘴気に犯されていませんでした。ここを通れないのは軍としては痛いでしょう。しかし、この樹海の主である、あのドラゴンを殺してしまっては、今後この地に住まう他のドラゴン達の縄張り争いが発生します。森が余計に荒れてしまうのですよ」
「――って話を上にしても、聞かないの?」
しがみつくイオをそのままにしたサファイアの言葉に、ユグドは頷いた。
「残念ながら、私達の言葉では重みが足りません。たとえ事実だとしても、ドラゴン達の暴れる樹海で死ぬのは、上ではなく兵隊ですしね。一度部隊が全滅でもしない限り、理解はしないでしょう」
「でも、殺しはしないまでも結局敵に回してない? あんなことしちゃって大丈夫だったの?」
「今回の作戦が終わったら、私が謝りに行きます。私なら、最悪死んでも苗として残る事は出来ますから」
「……バーカ」
サファイアの呆れた声に、ユグドは目を瞬かせた。
「何か?」
「あのね、アンタがそういう物言いをするとね」
いつの間にかイオがサファイアから離れ、ユグドに迫っていた。
「死んでも、とか言っちゃ駄目です!」
強い意志のこもった目で、訴えていた。
その様子に、サファイアは肩を竦めた。
「――こういうこと言っちゃう娘なんだから、いい加減理解しなさい。この話はまたいずれね。とにかく今は樹海を抜けるのが先。それと……」
「はっはっは! はーっはっはーっ!」
遙か先、風と共に空を舞うサリカ・ウィンディンが、高笑いをしながら一人突き進んでいた。
「悪役みたいな笑い声出しながら突き進むなーっ! 味方まで吹っ飛ばす気かっつってんでしょうが!! 走りにくいのよ馬鹿ーっ!!」
髪の毛を抑えながら、サファイアは大きな声で抗議した。
ロスタルド樹海を抜け、目的の前線基地に到着した天候使いの巫女サリカ・ウィンディンが最初にしたのは、空から補給物資を降らせることだった。
「おら、補給物資待たせたなっ!」
何重にも厳重に梱包された箱が、空の彼方からいくつも飛来してくる。
それらは前線基地――より少し先、モンスター達目掛けて、落下していった。
「うおおぉぉーーーーーっ!!」
唐突に現れた天災に、兵士達が喝采をあげた。
「あと、いらないガラクタとかありますかー。全部食べ物と交換しますよー」
少し遅れて到着したサファイアが、特にやる気もなさげに主張してみる。
サファイアの能力はルベラント聖王国や軍上層の一部から機密扱いとされているので、公的には「様々な物資との『交換』」という扱いになっているのだ。
物資といっても壊れた武器防具だの、周辺で討伐したモンスターの素材だのなのだが。
本当は、何でもいいのである。
だって、触れれば食物になるのだから、地面を掘って砕いた土を麦にしてしまうことだってできるのだ。
一方、木人ユグドは、質のいい土壌を見つけると、そこに足を埋め、周囲に種をまいた。
そして空を漂っている、サリカ・ウィンディンに声を掛けた。
「サリカ。一雨、お願いできますか」
「あいよう。豪雨でいいか?」
「どうしてそこで豪雨を望むのか、理解に苦しみます。小雨で構いません」
「ちぇっ、つまんねーの」
サリカはユグドの頭上で静止すると、天高く上げた指を鳴らした。
すると、青空が透けるほどの薄い雲が集まり、柔らかな雨が降り始めた。
雨に濡れた木人ユグドの肩や背からは枝が生え、花が咲き始める。
周囲の種からも芽が出始めた。
「薬の材料の精製は、もうしばらくお待ち下さい」
相変わらず抑揚のない声で、ユグドは集まり始めた医術師達に言うのだった。
補給作業が一段落し、サファイアは岩の一つに腰を下ろした。
そして遙か海の彼方、濃い紫色の霧に包まれた魔王領を眺める。
「シルバ、どうしてるかなー」
その横の岩にイオも腰掛けた。
「便りがないのは元気な証拠だよ。きっと元気にやってるよ」
「だといいけど……何だっけ、『墜落殿』? 今更だけど、心配よねぇ……」
「こっちの仕事よりは、幾分マシだと思うよ?」
それは同感、とサファイアは思った。
毎回毎回、死にそうな目に遭っているのだ。
こんな所に弟を置いておくよりは、迷宮探索の方が遙かにマシだろう。
「厄介よねえ、海って」
弟が今、行っている(はずの)探索を思い、サファイアは何とはなしに呟いていた。
「うん。これ以上は進めないモンね」
「かといって、なくなっても困る」
「だよねぇ」
紫色の霧のずっと先には、魔王の棲む城があるはずだ。
「……あそこにいる魔王の正体。言っても、絶対誰も信じてくれないもんねー」
「そりゃそうだよ。何でそんなことを知っているんだって言われて、おしまいだもの」
「魔王本人? 本柱? から聞きましたって言いたいなぁもー。歯がゆいったらありゃしない」
魔族の祈りによって万能たる聖霊から生じた、神と等しき存在。
そして、人々の恐れや絶望の強さによって、その脅威もより高まる。
積極的にそれを推し進めようとしている『トゥスケル』という思想集団も、暗躍している。
それを知っているのは、サファイア達ほんのごく一握りの人間と、ゴドーやストアのような人間ではない、これまたごく一部の者達だけだ。
倒しうる存在は限られている。
魔王に対する人類のカウンター的存在である勇者。
聖なる武器と防具。
これらもまた、この世界のどこかに生まれているはずなのだ。
シルバや、ルベラント聖王国の高位聖職者は、各地でそれを探している。
「シルバ君には頑張ってもらわないとねぇ」
などと二人でのんびりしていると、果実や薬草を実らせ終えた木人ユグドが近づいてきた。
「サファイアさん、姫ここにいましたか」
「……何?」
すごく嫌な予感がするサファイアだった。
「次の任務です。東の山を越えた部隊から、補給要請だそうです」
「……確かあの山って、サンダーウルフの群れがいるって有名じゃなかったっけ」
「突破しろという事でしょうね」
サファイアは、後ろ向きに倒れた。
「もー! 帰る-! 絶対故郷に帰るんだからもー!」
大の字のまま、絶叫するサファイアであった。
昨日も書きましたが、明日と明後日は『生活魔術師達~』の書籍化のため、お休みませて頂きます。
次回更新は火曜日となります。
よろしくお願いします。




