補給部隊が行く(中)
補給部隊の六人は、名残惜しげな兵士達に見送られた。
「生きて帰ってこいよー」
「……え、縁起でもない」
サファイアが頬を引きつらせ、イオは困ったような笑みを浮かべた。
「心配してくれてるんだよ」
「分かってるけどさーもー、洒落になってないっつーのもー」
「もーもーもーもーうるせえなぁ……牛かお前は」
「牛おっぱいに言われたくないやい!」
空を優雅に舞うサリカ・ウィンディンに言われ、サファイアは鋭く突っ込んだ。
数日後。
サファイア達、補給部隊の一行はロスタルド樹海の真っ直中にいた。
そして、樹海のモンスター達に取り囲まれていた。
アサシンラビット、ダブルホーンウルフ、ジャイアントホーク、レスラーベア。
そうそうたる面々である。
おまけに、その後方には十数メルトはあろうかというドラゴンが控えていた。
「つーか無理無茶無謀! 帰ろう! 今からでも遅くないから、もう軍やめて家に帰ろう!」
ちなみにサファイアは、護衛騎士と言ってもごく一般的な戦闘技能しかない。
『魔王討伐軍』に属する騎士の多くは、それぞれが剣や槍の技術を極限まで磨き上げ、独自の必殺技を有している。
一振りの斬撃波でモンスターの群れを両断したり、魔族の築いた城塞の門を貫いたりするのだ。
サファイアは、そんなモノ、まったく持っていない。
できてたまるか、とも思う。
サファイアは、騎士ではあるが普通の人間なのだ。
少なくとも本人は、そう信じている。
あと、腰の後ろに剣。
装備してこそいるが、これは鉈であり包丁だ。
人どころか魔族の血にすら濡れたことはない。
あ、でも獣系のモンスターの血は別だ。
包丁だから、捌くのに使う。
硬い鱗や骨すら易々と断ってしまう辺りは、さすが軍隊仕様だなあとサファイアは思っているが、軍隊で使われる装備は多くが量産品であり、そんな業物が支給されることなどまずないのである。
この辺、本人が自称しているほど常識人ではないということは、お分かり頂けると思う。
ちなみにこの鉈の出所がどこかというと、親友である。
まあ、どれだけ武器が優れていようと、サファイアが通常の訓練しか受けておらず、剣技で目の前のモンスターの群れを相手取るのは不可能という事実に、変わりはなかった。
剣技以外で勝てる手段は、あるにはあるが。
「ここまで来たら、もう手遅れだと思うよサッちゃん」
一応仲間の戦闘力を信じているイオは、それほど焦ってはいなかった。
とはいっても、彼女も『聖域』を持っているとはいえ、生身の人間だ。
モンスターに襲われればひとたまりもない。
「あーもー! 分かってるわようコンチクショー! 言ってみただけだしーっ!」
「愚痴ってないで、働け。死ぬぞ」
袖から、黒い蟲を吐き出しながら、ウィルが言う。
「らじゃってるわよ、もー!」
その時、サファイアの頭に、木人のユグドの声が響いた。
『雑魚は、ウィルさんとサリカさんが担当して下さい。ドラゴンの相手は、コウさんとサファイアさんでお願いします』
事前に飲まされていたユグドの種。
それが、彼女や仲間達に精神念波と同じ効果を与えているのだ。
サファイアは、ドラゴンを見上げた。
目があった。
ぶわっと、全身から汗が噴き出した。
「死ぬ……絶対、死ぬ……」
「サッちゃん、ふぁいと!」
グッと、イオが握り拳を作った。
『倒す必要はありません。突破口さえ開けば、一気に駆け抜けます』
「ユグドさんの仕事は?」
ユグドの姿は見えない。
おそらく、取り囲むモンスター達の範囲の外にいるのだろう。
木人の彼は、森の中に潜むと他の樹木とまるで区別がつかないのだ。
『ウィルさんらと一緒に雑魚担当ですね。あのドラゴンは火属性。木人の私は炎の息吹を浴びると、即死です』
「あたしだって死んじゃうわよ!?」
『サファイアさんの能力があれば、大丈夫です。それでは作戦スタート』
「もー! やってやるわよくそうっ!」
声と同時に、敵と味方が同時に散った。
「俺の本職は錬金術なのだが……」
ウィルの飼う黒い無数の蟲達が唸りを上げて、モンスター達に殺到する。
鋭い牙がモンスター達に食い込み、あっという間に彼らを血まみれにした。
それを眺めるウィルのローブが、吹き始めた突風に大きく揺れる。
「まあいい。使い方が増えるのは、悪い事ではない。だがしかし台風娘。これはたまらん。もう少し、力を弱めろ。味方ごと吹き飛ばすつもりか」
ウィルは天候を操る巫女、サリカ・ウィンディンに抗議した。
「はっはーっ! 吹き飛べ屑共! テメエらの力はその程度かよ!」
風の渦の中心で、サリカは高らかに吠えていた。
強風に巻き込まれたモンスター達が、高い空へと舞い上がっていく。
ウィルの抗議など、まるで耳に入っていなかった。
「……聞こえていないようだな」
ウィルはその様子を見上げながら、不満げに息を吐いた。
「うぅー……やだよー。こんなのあたしの仕事じゃないよーもー」
軍服のポニーテール娘と執事は、巨大なドラゴン目指して、敵と敵の間を高速で駆け抜けていく。
怯えてはいても、動きは鈍っていない。
この無意識の肝の据わり方は、実は周りに割と評価されているのだが、その評価している人達も直接褒めたりしないので、本人は全く知らないことであった。
「我が侭言っていないで、動いて下さい。一回攻撃を防ぐだけで、充分ですから」
「その一回が命懸けだってのにー!」
コウの言葉に、サファイアは走りながら両手のグローブを外すと、尻ポケットに突っ込んだ。
ドラゴンは、自分に迫ってくる二つの小さな存在に気がついた。
喉から唸り声を上げながら、首をもたげる。
微かに開いた口からは、炎が漏れていた。
「はぁ……」
炎の息吹の前触れにも、サファイアの全力疾走の勢いは衰えない。
いや、むしろ加速した。
今更逃げてもしょうがない。
ならば、このまま突っ込むのみ。
サファイアのクソ度胸が魂に火をつけ、その動きを強めていた。
これは特に、特殊な技能というわけではない。
誰だって持っている――要するに「ヤケクソ」であった。
「ったくもー!」
ドラゴンが大きく口を開いた。
無数の牙が並ぶ巨大な口腔から、膨大な量の火炎が一斉に吐き出される。
迫る炎に、サファイアの髪が舞い上がる。
サファイアは開いた両手を前に突き出した。
「えび――」
手のひらが、炎に触れる。
その途端。
「せんべい!」
炎は無数の桜色のスナック菓子に変化した。
「!?」
ドラゴンは異常に気がついたが、今更炎の息吹を止める事は出来ない。
そしてその炎は片っ端から、やたら軽い米菓へと変化し、桜の花びらのように周囲へと舞い散った。
一方、足を止めたコウの手は、黒いフライパンを握りしめていた。
「フライ――」
水平に持ったフライパンの柄を、もう一方の手が叩きつけた。
「返し」
もしもフライパンの中にオムレツがあったなら、それは華麗に宙返りをしていただろう。
しかしフライパンの中身が空であった代わりに、宙返りをした(させられた)のは炎を吐き終えようとしていたドラゴンであった。
問答無用で高らかに空へと舞い上げられたドラゴンは、受け身も取れずに頭から地面に落下した。
大きな地響きと共に、ドラゴンは目を回して気絶してしまった。
「さて、ドラゴンが気絶している内に通りましょう」
森の中から木人ユグドは姿を現した。
蟲使いウィルと天候使いのサリカの活躍もあり、森のモンスター達も大分、減っている。
「サッちゃん、おつかれー」
イオがその場にへたり込んだサファイアに追いつき、首根っこにしがみついた。
活動報告にも書かせて頂いていますが、日曜日と月曜日の更新はお休みさせて頂きます。
これまでゴニョゴニョという表現を使用していた、いわゆる書籍化作業の大詰めです。
それでは、よろしくお願いします。




