補給部隊が行く(上)
一段落ついたので、少し閑話的な内容になります。
前エピソードでノワ達と対峙したシルバが言ったとある女性も登場するので、ここに挟ませていただきます。
なお、短編作品『生活魔術師達、ダンジョンに挑む』の元ネタでもあります。
コロリオ大陸の中央部。
内海に存在する、瘴気に覆われた島は一般的に、『魔王領』と呼ばれていた。
魔王討伐軍『オルレンジ』が確認した、魔王が住むといわれる巨城。
そこを中心とした『魔王領』は、ただの島ではない。
この地に棲む魔族と呼ばれる存在と、人類との相互理解は不可能である。
人を見れば、ただ殺す。
そういう存在である。
また、島内に蔓延する膨大な瘴気は、そこにある生態系を乱し、人間なら魔人へ、獣なら魔獣へと作り替えてしまう。
そしてこれらの魔物は、瘴気に満たされたこの空間で、より強力な力を得続けるのだ。
故に、人類はこれより先に近づけない。
神からの天啓で知った、魔王が住まうという巨城の存在をその目で確認した『オルレンジ』も、その時点で即座に撤退したという。
聖なる力を以てジワジワとその魔力を中和するが、当然それらは魔物達によって邪魔をされてしまう。
かといって、人類がそれをやめれば、さらに魔王領は範囲を広げていく。
魔王領と人類の住む大陸は、海を隔てている。
幸いといえるのは、この海のお陰で魔族の侵攻が防げているということだろう。
だがその一方で、人類の攻勢もこの海がまた、妨げているのだ。
不可侵な領域の境目で、人類と魔物達はもう何十年もにらみ合いを続けていた。
そんな魔王領との境目にある、魔王討伐軍『オルレンジ』が有する海岸基地の一つ。
司令部のある大天幕を、サファイア・ロックールとイオ・フォルテの二人は出た。
年齢はどちらも二十代の半ばといったところか。
「あんの糞タヌキ親父! 何つー無茶な命令出すのよ!」
栗色のポニーテールの軍服娘、サファイアの足取りは怒りに満ちていた。
空は晴天だというのに、彼女の気分は大荒れ空模様であった。
「ね、ね、サッちゃん、今回のお仕事ってそんなに大変なの?」
やや遅れて、おっとりとしたイオがサファイアについてくる。
野営地には不釣り合いな、白地に青の軽装ドレス。ウェーブの掛かった金髪も、いかにもお姫様だ。
実際、ルベラント聖王国の王位継承権をもった、れっきとしたお姫様である。
もっともその順位は軽く二桁台なのだが。
「あー、やる事はいつもと変わらないわよ。補給物資を目的地である前線基地まで運んで、ご飯作って怪我人いたら治療する」
聖王国においてサファイアは、イオの護衛騎士ということになっているが、口調は親友同士のそれであった。
「同じだね?」
「……問題はその経路よ。アンタも聞いてたでしょ」
「んー、森を通るってのは分かったよ?」
「はい、正解。その森が厄介でね……」
自分達の天幕に戻ったサファイアは、今回の作戦を補給部隊の仲間であるみんなに伝えた。
答えは一斉に返ってきた。
「故郷に帰っていいか?」
「無茶です」
「ありえませんね」
「ははっ、面白ぇ。ぶち殺すぞ」
「……はい。これがみんなの答え」
うんざりと、サファイアは隣に立つイオの方を向いた。
「はぇー……難しいんですねぇ」
ローブ服の痩せた青年が、やれやれと首を振った。
ウィル・スーダは、医療担当だ。
本来の職業は錬金術師である。
「どうやら姫は知らないようだな。ロスタルド樹海。ここには、多くの魔獣が巣くっているという危険地帯だ。遭難者多数。何よりドラゴンが森の主というのが、一番厄介な点だ」
それに頷くのはタキシードを着て髪を後ろに一束ねにした眼鏡の青年、コウ・マーロウ。
担当はコック。
本来の職業は見たまま、執事だ。
その胸には『家』を形取ったメダルが飾られている。
「確かに、樹海を突っ切れば最短ルートですよ? ですが無謀としか言いようがありません。僕らに死ねと言っているようなモンです」
コウが気弱そうな表情で肩を竦めるその隣で水を飲んでいるのは、葉で出来た緑色の髪に木の皮で出来た茶色の肌を持つ木人のユグドだ。
服装は腰に織布を巻いただけの、医薬品補給担当。
本来の職業は魔術師である。
「というか上層部の狙いは明らかですね。私達に補給物資運搬の名目で、樹海の開拓を要求しているのです。あの森を拓ければ、軍の移動が格段に楽になります」
「失敗すれば?」
イオの問いに、ユグドは即答した。
「私達が死にます。それはそれで、喜ぶ人がいるという事でしょう」
「本当に故郷に帰りたくなってきた」
「……あたしも同感」
サファイアは、ウィルと一緒に溜息をついた。
そして、いかにも好戦的な面構えの赤毛の魔術師、サリカ・ウィンディンがイオを見据えた。
補給物資運搬担当。
本業は巫女なのだが、言っても誰も信じてくれないだろう。
雰囲気が明らかに、暴力の専門家である。
「でもよそれ、どうせ断れねーんだろ?」
「……うん。命令だからね」
イオは言い、ぐっと両手で拳を作った。
「でも、やらないと! 前線で、わたし達を待っている人がいるのは、確かなんですから!」
拳を突き上げ主張するイオに、ウィルとサファイアは何度目になるか分からない溜息を吐いた。
「……いい子だ」
「いい子なんだけどねぇ……」
荷物をまとめると、イオはドレスの上から 魔王討伐軍『オルレンジ』の証である、オレンジ色のローブを羽織った。
木箱の上に乗り、魔物達との戦いから帰還したばかりの兵士達の前で大きく頭を下げた。
「という訳で皆さん、短い間でしたがお世話になりましたっ」
すると、兵士達は一斉にわき上がった。
「そんな、水くさい! 俺達こそ姫様に散々世話になったんだ! 礼を言うのはこっちの方だぜ!」
「そーだそーだ!」
「くそー、上層部め! せっかくの綺麗どころを!」
別れを惜しむ声と恨みがましい声が、野営地に響き渡る。
「あー、あたしはそれ、カウントされてないんだ?」
その様子を脇で眺めていたサファイアが、ボソッと呟いた。
補給部隊の全員が、オレンジ色のローブを羽織っている。
「いや、サファイアはどっちかっつーと、こっち寄りなキャラだから」
「それはそれで失礼な!?」
兵士の一人に言われ、サファイアはすかさず突っ込んだ。
だが確かに、どちらかといえばみんなと酒を飲んでいる方が向いているので、否定できないのであった。
その兵士は調子に乗って、赤毛の魔術師にも言った。
「ちなみに、姉御は論外な」
「……おーし、ちょっとそこのテントの裏に行こうか」
強引に首根っこを引っ張られたその兵士はテントの裏に強引に連れ込まれると、鈍い音と共に殴り飛ばされた。
その間も、安っぽい壇に乗ったイオの話は続く。
「それじゃ、ここでの最後のお務めになりますので、怪我されている方は周囲にお願いします」
「いえっさ!」
イオを中心に、兵達が円を描いて取り囲む。
すると、兵達を青白い聖光が満たし、彼らの身体に活力を満たしていく。
ルベラント聖王国の王族の中でもごく一部の者が持つ特異領域『聖域』である。
イオを中心とした数十メルトは、ただ彼女がいるだけで癒しの性質を持つ領域と化すのだ。
一方痩せた錬金術師、ウィル・スーダも負けてはいない。
「余った連中はこっちへ。さっさと終わらせてやる」
「へーい」
ウィルの袖から、無数の黒い霧が出現したかと思うと、兵士達にまとわりついた。
霧の正体は、ウィルが改良に改良を加えたごく微細な蟲の群れであり、兵士達に回復物質を注入していっていた。
少し離れた野外厨房では、無数の調理器具が誰の手も触れていないまま踊っていた。
操っているのは、執事でありコック、生活魔術師のコウ・マーロウである。
いくつものフライパンが炎の上で舞い、一度に何十ものオムレツを作っていく。
「コーさんの美味しいご飯も食べ納めかぁ……」
スープにパンを浸しながら、兵士の一人が名残惜しげに呟いた。
コウは、お世辞にも豪華とは言えない食材で、相当な料理を作り上げる事で有名だ。
そしてその技術は、料理だけに終わらない。
「一応レシピは残しておきますので、後は料理長に頼んで下さい。あと、ベッドメイキングと装備一式ワックス掛けも全員分、終了してます。これからお休みの方は、ごゆっくりおくつろぎ下さい」
「さすがコーさん、完璧すぎる!」
一礼するコウに、兵士達は拍手を送った。




