反省会と暴かれた者達
ノワ達が去ってから、しばらくして。
「おい、三人とも……生きてるかー……?」
シルバは頭上の瓦礫を押しのけ、外に出た。
頭上には二枚、『小盾』サイズの薄く透明な鱗盾が浮かんでいた。
これがシルバとキキョウを、瓦礫から守っていたのだ。
「ふはー、空気が美味い。……いや、埃っぽいだけだな」
シルバは、鱗の籠手を確認した。
チンピラ相手に一回、ロンに一回、クロスに聖水を二回。
そして、瓦礫から身を守るために盾として二回。
合わせて六回。
これで、水を補充するまで鱗の籠手は、ただの籠手としてしか役に立たない。
……いやまあ、この籠手は、これはこれでそれなりに防御力があるのだが。
ずいぶんと見晴らしのよくなった路地を見渡すと、少し離れた二カ所で瓦礫が持ち上がった。
「……こっちも無事だ」
「助かったよ、ヤコフ。アンタがいなきゃ完全に生き埋めだったね」
「おう」
大鬼ヤコフが姿を現し、その下から鬼女イブキも出てきた。
いかにも頑丈なヤコフの身体が、イブキを守ったのだ。
続いて瓦礫を押しのけたアクミカベも、無事のようだ。
身体が輝いているのは、おそらく身体強化系の魔術だろう。
「こっちも助かったが……何でお前らは無事なんだ?」
彼を守っていたシルバの『大盾』も、空気に溶けるように消失した。
「そりゃ秘密だ。戦闘中ならともかく、そうじゃないなら、な」
シルバは肩を竦めた。
一時的に手を組みはしたものの、自分の切り札について語るような仲ではないのだ。
「確かに野暮なことを聞いちまった。それにしてもクソ、逃がしちまった。すまねえ」
「いや、こっちもいくつか見誤った。……あそこまでやれば普通、ヴィクターは置いていくと思ったんだけどな。まさか、本当に全員で逃げ切るとは思わなかった。ところでキキョウ、大丈夫か?」
シルバはまだ、瓦礫の下にへたり込んでいるキキョウに声を掛けた。
とっさに押し倒し、鱗の籠手で守ったので、怪我はないはずだ。
見たところ、外傷は見当たらない。
ただ、なんか、放心しているっぽい。
「ハッ! い、いや、うむ、大丈夫であった! 助かったのだ、シルバ殿!」
シルバの声にハッと我に返り、キキョウは弾かれたように起き、瓦礫の上に這い上がってきた。
「何よりだ」
どうやら、完全にノワ達は去ってしまったようだ。
まだ無事な建物の影から、この辺りの住人らしき者達がこちらの様子を伺っているが、シルバは無視した。
警吏が来たら、この惨状を説明する必要がある。
ノワ達を追おうにも魔力は相当に消耗したし、警吏が来るまでシルバ達はここで待機した方がいいというのが、アクミカベとの一致した意見だった。
ちなみにその警吏は、序盤に気絶したアクミカベのパーティーメンバーが呼びに行っているらしい。
シルバは大きめの瓦礫に腰を下ろした。
「ひとまず、いくつか分かったことがある。一番ビックリしたのは、思ったよりノワが仲間思いだったってことだが、多分これで笑うのは今んとこカートンぐらいだろうなあ」
うんまあ、ビックリするより笑うだろうなーと、シルバはその光景を頭に浮かべた。
「ノワのパーティーは特に戦闘には執着してない。あくまで目的を達成するための手段でしかない。今回の場合は、俺の眼鏡とか籠手とか。キキョウの仮面を手に入れたら、さっさと撤退しただろ」
シルバが言うと、アクミカベも同じく瓦礫に座り、渋い顔をした。
「俺としちゃあ、むしろあそこでアンタ達の装備を狙いに来たのが驚きだったんだがね。最初の時点でも、俺達とアンタら、手は組んでないにしても、戦力としてはあの女を上回ってたはずなのによ」
「そこはまあ、ノワクオリティだな。ある意味本当にブレないんだよ、アイツ」
「方針が明確っていうのはまあ、強さの一つだな。追う側が犠牲者になるとか、どんな冗談だよ」
アクミカベは吐き捨てるように言った。
「加えるなら、狙ったブツを一つ手に入れた時点ですぐに逃げたのも悪くない。数の上では負けてたしな。ノワのことだから、全部手に入れるまで、徹底的にやると思ったんだが、そこもまた読み違えた」
「それは分かるけどさ、敵を褒めてどうすんのさ」
シルバの呟きに、イブキが突っ込んだ。
それを訂正したのは、アクミカベだ。
「褒めてねーよ。ただコイツは、純粋に分析してるだけだ。そういうことなら、ヴィクターってあの人造人間のスペックを生で感じられたのも、割と大きいぜ。ヤコフに匹敵する怪力に、頑丈さ。自己回復能力に、手からは大出力の放出系能力。動きはそれほどでもねえが、肉壁としちゃあ、かなりヤベえ」
「あと、パーティーのスタイルもな。大体予想通りだったが、狼男のあの速度は、並の剣士じゃ歯が立たない。まだ前衛ができる戦闘力のある盗賊の方が勝ちの目があるだろ」
シルバの指摘に、アクミカベは頷き返した。
「ノワって女も、思った以上に使うな。あとアイテム類だ」
「そこは、商人だからな。基本ケチだけど、使うべき所じゃ出し惜しみしないんだよ。あれとクロスっていう雷魔術を使う半吸血鬼はまだ、いくつか手札を持っているとみていい」
鬼女のイブキは立ち上がると、シルバとアクミカベから距離を取りながら、キキョウに近づいた。
「……なあ、あれ、二人だけで話が弾んでいないか」
イブキに小声で問われ、直立不動で待機状態にあったキキョウは首を振った。
「いや、あれは違うのだ」
「何?」
「少なくともシルバ殿は奴らに逃げられて、腹を立てているのだ。だから今度はそういうことが無いように、今、分かっている奴らの情報を徹底的に分析しているのだ。おそらく、そちらのリーダーも同じであろう」
「……少し、楽しそうでもある。俺達には、無理だ」
大鬼ヤコフが、アクミカベを見て、ボソッと言った。
「ウチら馬鹿だからねえ。アクミカベみたいに、考えるの苦手なんだよ。反省会も実質ただの飲み会だし」
イブキは首を左右させると、通りの方を指さした。
「んー、長くなりそうなら、どっか表の酒場にしない? アンタ達だって、さすがにもう追いかける余力は無いんでしょ?」
イブキの誘いに、キキョウは頭を振った。
「ああ、いや、某達はまだやるべき別件があるのだ。……というかであるな、某達が奴らと戦ったのは捕らえるのとは別にもう一つ、理由があったのだ」
「あん?」
「時間稼ぎである」
日が傾き始めていた。
ノワ達が本当の拠点としていたのは、崩れた地下通路を潜った先、高い塀に遮られているが実は距離的にはかなり近い、貴族街の外れにあった古びた邸宅だった。
持ち主が首を括ったとかで、以来住んでいる者もいない、荒れた建物である。
何やら呪われているとか憑いているのではないかという近隣の噂もあったようだが、少なくともノワ達はそんなモノに遭遇したことはなかった。
本来なら閑散としたその隠れ家には今、多くの警吏が出入りしていた。
「……やられた、な」
かなり離れた、比較的大きな建物の屋上からその光景を眺めていた狼男、ロン・タルボルトが呟いた。
館の中から、ドレス姿の女性達が連れ出されていく。
護衛しているのは、白地に金の刺繍が施されたマント――背にはホルスティン家の紋章が編み込まれている――を羽織った、青年達だ。
ドレスの女性達は、半吸血鬼であるクロス・フェリーが保護した食料兼嗜好品の、女性冒険者達や最近都市内で失踪していた女性達である。
「……」
ロンの傍らに立つクロス・フェリーは、ただただ無言だ。
細目になったその視線の先を追うと、ホルスティン家の青年を指揮する、ひときわ目立つ金髪の吸血鬼の姿があった。
クロスの腹違いの兄弟、カナリー・ホルスティンだ。
クロスは反応こそ淡泊ではあるが、その身を覆う魔力が荒れ狂っているのが、ロンにも伝わってきていた。
一方騒々しいのは、パーティーのリーダーだ。
「あああああ、もおっ、絶対絶対許さないんだからね、シルバ君! 今度根こそぎ奪ってやるんだからぁ!!」
「のわさま、もうちょっとしずかにする。このままだときづかれる」
地団駄を踏むノワを、人造人間のヴィクターが後ろから押さえつけていなければ、拠点を出入りしている警吏やホルスティン家の関係者に、嫌がらせの一つもしていたかもしれない。
ノワが荒れ狂う大きな理由は、隠れ家を押さえられたのもあるが、何より邸宅から木箱を抱えて出て行く、聖職者達の姿だろう。
木箱の中身は、ノワ達の集めた『古代遺産』だ。
素人が迂闊に触れると危険なモノもあるので、警吏ではなく聖職者達が運搬を担当しているのだろう。
他にも、骨剣を背負った鬼族の子どもや大鎧、ハンチング帽を目深にかぶった仔虎の獣人らしき姿も、雑草だらけの庭に見える。
ノワの話では、シルバという司祭は『透心』という、遠距離でも可能な念話を使えるのだという。
つまり、ロン達があの酒場の前で戦っている間に、シルバは仲間と『透心』で連絡を取り、周辺を探らせていたのだろう。
そして、ロン達の隠れ家を発見した。
「……取り戻すのは、無理だ」
ロンは、出入りする人員を見て、そう結論を出した。
警吏が数人程度なら、どうにかできる。
が、今あそこにいる者達全員を、ここにいる四人で相手取るのは、不可能だ。
特に仔虎の獣人の傍にいる大柄な男と、何故か屋根をうろうろと彷徨い歩いている白い聖職者には、ロンの本能が絶対手を出すなと、最大限の警告を放っていた。
「……別の隠れ家に潜む必要がある」
ロンの呟きに、クロスが嘆息した。
「……そのようですね。いつまでもここにいても、仕方がありません。また、一から集め直しというのは、業腹ですが。ノワさん」
ロンはクロスと共に、ノワを見た。
パッと見感情的で、実際感情的で無鉄砲で俗物そのモノだが、同時にノワは計算高い。
非常に危なっかしいが、勝算のない戦いはしない。
涙目になりながらもヴィクターの拘束から脱すると、ロンに手を突き出した。
「ううううう……!! ロン君、お面!」
「……分かった」
今回の唯一の成果だ。
ノワの話では、東方の島国ジェントに伝わる狐面衆の装備品であり、強い魔力を秘めているのと同時に工芸品としても高い評価を受けているのだという。
ノワ自身のコレクションとするのか、伝手の好事家に売り捌くのかは分からないが、少なくとも今のノワの慰めにはなるだろう。
ちなみにノワ達の財産は、いくつかの場所に分散して隠してあるので、飢えて死ぬということはない。この辺りは、クロスの用心深さに感謝するべきなのだろう。
ロンは、薄らと晴れゆく煙幕の中、キキョウから奪った狸の面を懐から取り出し、ノワに渡した。
「まー、シルバ君に一泡吹かせてやれたのが、せめてもの救いだよね! でも、絶対絶対許さないんだから。このお面、どうしよう。大事にしてたっぽいし、お金にならないけど売っ払うより目の前で壊したりとか……狸?」
ノワが目を瞬かせ、仮面を見た。
ロンも見た。
白地に赤い隈取りの狐面ではなく、茶色い狸のお面である。
「タヌキ面ーーーーーーっ!!」
夕暮れの下、ノワはタヌキの仮面を足下に叩き付け絶叫したのであった。
珍しく補足。
ちなみに『大盾』は本来は一度攻撃を受けるとしばらく残った後消えますが、ここで長く残ってたのは演出ということで一つ。
鱗の籠手の盾機能は、確か新人冒険者達との合同演習だったかの時に伏線張ってたと思うんですが、勘違いだったらすみません。
狸のお面はシルバとキキョウがノワ達を探しにあちこち移動してた最中買ったモノで、実はすり替えた時点で『仮面』と描写してます。普段は誤字でない限り『狐面』と描写してます。
余談になりますが、この狸面と同じデザインのきぐるみが存在していたりします。




