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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
人造人間を追って
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破壊と撤退

 まだ晴れていない煙幕の中に、一人飛び込んできた。

 ロンは、匂いで分かった。

 後衛にいた聖職者、かつてノワと同じパーティにいたという司祭、シルバ・ロックールだ。


「……馬鹿じゃないのか?」


 獣人や、ロンのような狼男(ライカンスロープ)ならともかく、ただの人間がこの視界の効かない煙幕の中で、まともに動けるとは思えない。

 ならば、とロンは判断した。

 今は厄介な狐獣人の剣客よりも、浅はかにも己のテリトリーに踏み込んできたシルバを倒す方が、容易い。

 こちらを先に、倒してしまうべきだろう。

 方向転換をし、シルバに向かってロンは駆ける。

 その時、背後からノワの声が響いた。


「っ……まずいよ、ロン君。煙が晴れちゃう!」

「っ!?」


 煙が、晴れる。

 それも自然に薄れるそれではなく、まるで風が意思を持ったかのように周囲の煙幕を、根こそぎ奪っていくかのように晴れていっていた。


「『悪いな。ちょっと頑張ってくれ。この邪魔っちい煙をはらしてくれると助かる』」


 シルバが、誰に対して呟いているのか、ロンには分からない。

 だが、今分かっているのは、目眩ましが最早通じないということだ。


「このおっ!」


 背後からの気配に、ロンは走りながら身を屈めた。

 その頭上を、強い回転を伴った斧が通り抜けていく。

 それはまさに、シルバの顔を粉砕しようと迫っていた。


「おおおっ!?」


 慌てて、背を仰け反らせるシルバ。


「シルバ殿!!」


 そして、うっすらとした煙幕の中から、キキョウが隙だらけになったシルバのカバーへと入った。

 だが、無理な体勢で飛び込んできたキキョウに、付け込む隙ができたということだ。


「もらうぞ……!」


 ロンは腕を伸ばし、キキョウの仮面を剥ぎ取った。


「しまっ……!?」


 慌てて顔を覆うがもう遅い。

 ロンは仮面を懐に収めると、そのまま大きく飛び退った。


「やった! 全員撤退!」

「分かった」


 ロンはノワを抱え上げると、そのままキキョウから背を向けて逃げ出した。

 酒場のわずかな出っ張りや(ひさし)を何度か跳躍し、屋根へと駆け上がった。

 そして、ノワも屋根へと下ろす。

 地上からは、クロスがロン達を見下ろしていた。


「残りはいいんですか、ノワさん」

「これ以上は無理! それよりクロス君!」

「分かっていますよ。まったく、実に腹立たしい……!」


 クロスは、聖水で濡れた地面を駆け、縄で拘束され強い眠りの魔術でウトウトし始めたヴィクターへと向かう。

 吸血鬼にとっての聖水は、人間でいうところの汚水に等しい。

 背筋を這う怖気に耐えながら、クロスは自分の両手の鉤爪で、両腕を傷つけた。

 吹き出た鮮血は即座に霧と化し、縄を持つ大鬼ヤコフと鬼女イブキへと絡みつく。


「なっ……」

「力が……アクミカベ!」


 二体の鬼が膝をつき、代わりにクロスの身体には鬼達の精気が流れ込んできた。

 吸血鬼の種族特性の一つ、血流操作の一種である。

 当然、己の血を消耗するが、対象の精気を吸うことができるならば、損得でいえばプラスとなる。

 アクミカベが風の魔術で血煙を吹き飛ばそうとするが、それは難しいだろう。

 何しろ、クロスが使っているのは種族特性であって、魔術ではないのだ。

 容易に打ち消すことはできない。


「ソイツは魔術じゃねえ! 清めろ、ヨセフ!」

「おおっ!」


 一旦膝を屈した大鬼ヤコフが立ち上がり、腰にあった陶器の酒瓶の蓋を口で外した。

 そして一気に中身を口に含んだかと思うと、それを霧のように噴き出した。


「ぶふぅーーーーーっ!!」


 これはたまらない、とクロスは血流操作を解いた。

 ヤコフが噴いた液体は、東方の島国ジェントに伝わる清酒(セーシュ)と呼ばれる酒の一種だ。

 ただ飲むだけではなく、神聖な儀式にも用いられるといわれている。

 当然、半吸血鬼(ダンピール)のクロスとも相性が悪かった。

 だが、縄は緩んだ。

 さらにクロスは弱い雷撃の魔術をヴィクターに与え、彼を襲っていた睡魔を祓った。

 クロスは跳躍し、そのままヴィクターの頭の高さの位置で静止した。


「時間は与えましたよ、ヴィクター。やってしまいなさい」


 銀縁眼鏡の位置を直しながら、クロスがヴィクターに命じる。


「わかった。やる」


 縄を解いたヴィクターの両手には、緑色をした強い光が宿っていた。

 それを見たシルバが、ギョッと目をむいた。


「全員伏せろぉ!!」


 叫ぶが、もう遅い。

 シルバ達は、ヴィクターの両手から水平に放たれた精霊砲の直撃は避けることに成功していた。

 だが、破壊の光は周辺の建物を破壊し、その瓦礫が雪崩のようにシルバ達に殺到したのだ。

 派手な破砕音と濛々とした埃が立ち上り、酒場の周囲が大きく開けた。

 建物が軒並み、瓦礫と化してしまったためである。

 その中に、シルバ達や、(オーガ)族のパーティーも巻き込まれてしまった。


「急いで逃げますよ、ヴィクター」


 クロスはヴィクターを促した。

 精霊砲を一気に解放したので、これ以上のヴィクターの戦闘は厳しいだろう。

 シルバから受け取り目を通した資料のことを考えると、まだ余力はあるのかも知れないが、暴走の危険があるというのならば、その見極めも必要だ。


「しんでるか、かくにんはいいのか」


 ヴィクターの問いに、クロスは首を振った。

 それよりも、気になることがあった。


「全部後回しです。……してやられたかもしれません。ノワさん、ロン君、急ぎましょう!」


 クロスは、屋根に待機するノワ達に声を掛けた。

 ノワが頷く。

 その様子から察するに、どうやらノワはクロスの懸念に気づいているようだ。


「うん! さ、ロン君、早く!」

「……何を、急いでいる?」

「走りながら説明するよ! とにかく、まずいかもしれないの!」


 ノワ達は屋根伝いに。

 クロスはヴィクターを先行させ、酒場のスイングドアをぶち抜かせた。

 中はただの古ぼけた酒場だ。

 丸テーブルの一つには、クロス達の食事の名残はあるが、店主もいない。


「割と気に入っていたんですけどねえ、ここ」


 ヴィクターが何やらここが落ち着くというので利用していたに過ぎず、拠点は別にあるのだ。

 言われてみるとなるほど、確かに何やら落ち着くのだ。

 だがそれはクロスだけであり、ノワやロンはあまりピンとは来ていないようだったが。

 だがシルバ達に場所を知られてしまった以上、もう利用することはできないだろう。


「ヴィクター、扉もそのままぶち抜いて裏道に出ます。いいですね」

「わかった」


 クロスの指示通り、ヴィクターは扉を周囲の壁ごと破壊して、狭く汚い裏通りに出た。


「だけど、もう手遅れかもしれませんね……」


 クロスは呟きながら、自分達の拠点としている古い建物を目指した。

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