分断
「――ともあれ、助かったのであるシルバ殿」
キキョウは袖から取り出した狐面を、顔に嵌めた。
ふわふわの尾が二本に増え、高ぶっていた戦意が、静かで鋭いモノへと研ぎ澄まされていく。
距離の開いたキキョウとロンであったが、ほぼ同時に互いへと駆け出していた。
「ロン君、その人絶対倒して! そのお面、すごく高いよ!」
「……やれるだけのことはするつもりだが……っな!」
妖狐の刀と狼男の爪が、ぶつかり合う。
ノワが、キキョウの狐面に気を取られた隙を、シルバは見逃さなかった。
前衛の大鬼ヤコフと鬼女イブキと相対しているのは、ヴィクター。
厄介なのは一歩退いた位置にいて、仲間の支援を行っている半吸血鬼のクロス・フェリーであるが、逆にいえば彼さえどうにかすれば、ヴィクターを捕らえられるかもしれない。
「アクミカベ、チャンスだ」
「みたいだな。おい、アイツ賞金は出てなかったが、大丈夫なんだろうな」
アクミカベの問いに、シルバは自分を親指で指した。
「ゴドー教会の司祭。上司は司教」
冒険者ギルドでも、ヴィクターのことはまだ詳しくは出ていない。
けれど、学習院で分かったことを伝えれば、高い賞金が掛けられるだろう。
もしそれより前に捕らえてしまい、支払いで揉めるというのなら教会で持つ、というのがシルバの答えだった。
もちろんその辺りの責任はシルバではなく、上司のストア・カプリスの判断になるのだが、普通に請け負ってくれるだろうと、シルバはストアを信頼していた。
「よーし、頼むぜ。ヤコフ、イブキ、やれ!」
「お、おおおぅ!」
前衛の二人の鬼族の身体が、禍々しいオーラを放つ黒いモノへと変色していく。
そして熱気にも似た戦闘本能の高ぶりは、シルバの肌にも伝わってきていた。
鬼族に伝わる種族特性、理性と引き換えに戦闘力を高める『凶化』である。
「やっぱり凶化使えるんだな」
「鬼族の冒険者なら、普通に必要だからな。テメエもしっかりアレを牽制しろよ!」
二人の鬼族戦士と共に、アクミカベもヴィクターに集中するつもりだ。
そうなると彼のいうアレ、すなわち指揮官でもあるクロス・フェリーの相手はシルバが行うことになる。
「そりゃ、もちろん」
シルバは空に向けて、左手に嵌めた鱗の籠手をかざした。
そして、水の飛沫をクロスに向けて放った。
細かい水の粒が、場違いな虹を生み出していた。
「チッ……! 小賢しい技を使いますね……!」
クロスはマントで己の身を守りながら、水を浴びないように後ろへと下がった。
クロスが立っていた場所に降り注いだ水は、ただの水ではない。
聖水だ。
吸血鬼にとっては汚水に近い。
生理的に受け付けないのだ。
何にしても、ヴィクターとクロスの距離は開いてしまった。
「今だ、捕らえろ!」
アクミカベが叫び、風の魔術を放った。
「う、お……!?」
ヴィクターの身体に風が巻き付き、その動きを拘束する。
「これでも、食らえ……っ!!」
凶化で強まった大鬼ヤコフの巨大な骨剣が、ヴィクターの脳天に叩き付けられた。
「が……っ!!」
これにはたまらず、ヴィクターも声を上げた。
「こっちもいくよぉ……!!」
首、肘、手首、胸、腰、膝、足首と踊るような動きで、鬼女イブキの二つの刃が斬り付けた。
「あだだだだ……」
「ヴィクターしっかり! 少しだけ、我慢して!」
「おう、おれ、がんばる」
一瞬揺らいだヴィクターだったが、ノワの声に応えて青い光が包み込む。
ヴィクター自身の使う、回復術だ。
「これでも倒れないなんて、マジ……!?」
イブキは悔しげに、顔をゆがませた。
さっきの攻撃は、会心の一撃だと思ったのだ。
大抵の相手は、その場で倒れ伏していただろう。
その横で、ヤコフが太い縄を用意していた。
「イブキ、手、貸せ……!!」
「しょうがないねえ!!」
ヤコフの投げつけてきた縄の端を受け取り、イブキはヴィクターの側面に回り込んだ。
そのまま二人掛かりで、あっという間にヴィクターの身体に縄を巻き付けた。
「おおお、ふといこれ、つよい……」
ヴィクターは何とかそれを引きちぎろうとするが、両腕を身体と共に縄で縛られてはそれも難しそうだ。
「ドラゴン捕縛用の縄だよ! そう容易く千切れたりするもんかい!」
イブキが笑う。
しかし、内心はそれほど余裕はない。
ヴィクターの力は、凶化した鬼二人の力でやっと、何とか制しているという状態なのだ。
「ぬううううぅ……!」
「よし、今眠らせる!」
アクミカベが、眠りの魔術を練り始めた。
一方、目にもとまらぬ動きと共に鋭い連撃を加えてくるロンに、後ろからノワが加勢をしようとしていた。
「一対二であるか。だが、そう容易く倒せるとは思わないことであるな」
狼男の攻撃は確かに速い。
けれど、ここにノワが加われば逆に、その身体が妨げになり、むしろキキョウとしては楽になるという読みであった。
ただ……シルバから『透心』で伝えられたもう一つの可能性もあり、キキョウは決して油断はしなかった。
「ふふん、それはどうかなっ! ロン君、お願いね!」
「……ああ」
キキョウの思惑に反し、ノワは攻撃に参加してこなかった。
代わりに腰の道具袋から取り出した、丸い球を投げつけてきた。
キキョウに届く前に、その球は破裂し、濛々とした煙が周囲に広がった。
「っ、煙幕……!? 本当に来たのである……!」
煙に紛れて、ロンの手がキキョウの顔に迫る。
それをキキョウは刀を垂直に立てて、受け止めた。
「コイツ……!?」
目を瞑ったロンが、慌てて距離を取った。
ロンはノワが何をするか分かっていたので、事前に目を瞑っていた。
狼男の持つ鋭い嗅覚で相手の位置を探り、攻撃をする。
コンビネーションとしては、完璧だったはずだ。
だが、まさか相手も同じことをするとは。
「……お主と同じことを、某ができぬと思ったか?」
目を瞑ったまま、キキョウが刀を振るった。
シルバはもう一度、鱗の籠手から聖水を引き出し、空へと放った。
量としてはさほどではないが、霧雨のような水滴がクロスへと降り注いでいく。
倒すには至らない。
そもそもシルバのそれは、相手を傷つけることができない。
けれど、鬼族の時間稼ぎと嫌がらせとしては、充分だ。
「んじゃ、そっちはよろしく頼む」
シルバは煙の中へと駆け出した。
「おい、お前が前に出るのかよ!?」
後ろから、眠りの魔術を唱え終えたアクミカベの、慌てたような声が掛けられる。
「ああ、このままだと、キキョウがヤバいからな」
今はキキョウが有利のようだが、何だかんだで一対二、というのは危険だ。
シルバは煙幕の中、キキョウの元へと急いだ。
今回で決着をつけようと思いましたが、間に合いませんでした。
すみません。




