それぞれの戦い
「おおおおおっ!!」
咆哮と共に、大鬼ヤコフは巨大な骨剣を人造人間ヴィクターに叩きつけた。
「おお」
ヴィクターは太い腕で骨剣を受け止めるも、さすがにバランスを崩し、倒れそうになった。
……いや、真っ二つにならなかったことの方が、この場合はむしろ驚異か。
そして構わず、ヤコフへと立ち向かっていく。
ヴィクターの拳を、今度はヤコフが骨剣で受け止める番となった。
「ぐ、う……おおらっ!」
一旦真正面から受け止めたヤコフだったが、このままでは吹き飛ばされると感じたのか、途中から弾く方へと切り替えた。
無理な体勢からの弾きのせいで、ヤコフの身体が軽く浮く。
一方のヴィクターも、拳を弾かれてバランスを崩した。
両者ともに、腕も足も使えない。
使ったとして相手に大したダメージは与えられない。
同時に、そう判断したのだろう、大鬼と人造人間、どちらも取った手段は同じだった。
頭と頭がぶつかり合う。
頭突きである。
あまりの衝撃に、周囲の土が二人を中心に吹き飛んだ。
鬼女イブキの振るう二本の剣を、ノワは何とか必死に受け止めていた。
「わ、ととと、速い速いもうちょっとゆっくりして!」
道化めいているが、その動きは尋常ではない。
イブキの剣は短剣に近いいわゆる双剣ではなく、鬼の膂力を活かした長剣なのだ。
これを斧一本で迎え撃つのは、かなりの技量が必要になる。
ノワは商人、すなわち冒険者の職業の中で戦士職といわれるモノではないのだ。
けれど、純粋な戦士、しかも戦闘のエキスパートといわれる鬼族の鬼女と張り合えているというのは、驚くべきことなのであった。
そして、想像以上の相手の粘りに、イブキは苛立っていた。
「この、鬱陶しい……!」
「動きが雑になっていますよ」
大振りになったイブキの耳に、涼しげな青年の声が響いた。
思わずそちらに気を取られ、声の主の紅瞳に引き込まれてしまう。
「あ……」
イブキは、放心状態に追い込まれた。
ノワの後ろにいたクロス・フェリーの『魅了』である。
「ありがとっ、クロス君!」
その一瞬の隙ができれば、ノワには充分であった。
腰だめにした斧を、横薙ぎに振るう。
鋭い刃がイブキの腰へと――
「『小盾』!!」
――届く前に、魔力の盾がイブキを守った。
しかし斧の衝撃は完全に殺しきれず、イブキは真横に吹き飛んでしまう。
「イブキ、大丈夫か!?」
「問題ない、感謝するよ!」
今の衝撃で放心状態から我に返ったイブキは、再びノワへと躍り掛かった。
「もうっ! シルバ君本当に邪魔!」
文句を言いながら、ノワもイブキの剣を受け止めた。
ノワとイブキのすぐ横を、風の刃が飛んでいく。
小さな鬼族の魔術師、アクミカベの放った風の魔術『旋刃』である。
「――『雷閃』」
しかし、風の刃はクロス・フェリーが紡いだ雷術の一閃によって、迎撃されてしまっていた。
キキョウは、ロンとの戦いに専念しているようだ。
忙しなく位置を入れ替えながら、時々目で追えない速度でぶつかり合っていた。
何とか張り合えてはいるが余裕はない、というのが『透心』で届いたキキョウの言葉であった。
「鬼族の三人にも『透心』が使えれば、もうちょっと楽なんだけどなあ……」
シルバはボヤいた。
さすがに戦闘に入ってしまってから契約を結ぶのは、不可能だった。
そのシルバの髪に、強い風が吹き付けられた。
アクミカベの二度目の風魔術だ。
アクミカベが狙ったのは、イブキと戦っているノワだ。
「『疾風』!!」
その声に、振り向くことなくイブキは横へと跳んだ。
荒れ狂う竜巻が、ノワへと向かい、それはまたしても雷の一撃が掻き消していた。
「ちっ、やっぱりまともにゃ通らねえか」
悔しげに、アクミカベが頭を掻いた。
頭目であるノワを倒すには、やはり後衛の半吸血鬼、クロス・フェリーが邪魔のようだ。
しかし、魔術の技術はどうやらクロスの方が上のようだ。
「ほい」
シルバはアクミカベに、琥珀色の液体の入った小さな瓶を渡した。
「何だこりゃ、回復薬か?」
「いや、酒。それも割と濃い方の。ここに来る途中に絡んできたチンピラからくすねたやつだ。そして――風の魔術」
シルバは、酒瓶とアクミカベを順に指さした。
シルバの意図が伝わったのだろう、アクミカベは引きつった笑いを浮かべた。
「聖職者のくせに、えげつないこと考えやがるなあ!?」
小さな鬼族の魔術師を中心に、再び風が吹き上がった。
それを見て、クロスは鼻で笑った。
「ふん……同じ魔術を二度使うとは、芸の無い。所詮、鬼族の魔術師ですか」
風の渦で対象を吹き飛ばす魔術『疾風』だ。
だが、クロスの『雷閃』の方が遙かに速いし、これで撃ち抜けば、クロスに届く頃にはそよ風程度になっている。
何より、クロスは魔術耐性の高まる指輪を嵌めている。
もし万が一、アクミカベの魔術を食らっても、無傷とまではいかないが、深手には届かない。
その余裕が。クロス・フェリーに落ち着きを与えていた。
そして、鬼族の風の魔術が放たれる。
クロスの見積もり通り、やはり『疾風』だった。
「無駄ですよ」
なので、クロスも『雷閃』を放った。
詠唱短縮の効果のあるネックレスを装備しているお陰で、相手の魔術を見てからでも、クロスは迎撃ができるのだ。
風の渦は雷に撃ち抜かれ、無残に散った風の魔術の残滓がクロスを包んだ。
――直後、クラリと頭の中が揺れた。
「な……」
たまらず、クロスは膝をついた。
喉と肺が焼けてくる。
頭の中の揺れは止まらない。
不快ではないが、戦闘の最中にこの状態は危険だった。
これは何だ、と回らない意識で考えたクロスの頭が出した結論は、『酩酊』であった。
「クロス君!?」
クロスの異常に気づいたノワが、珍しく本気で焦った声を上げた。
その隙を、目の前の鬼女、イブキが見逃すはずがない。
「余所見できるとは、余裕だねえ!」
ノワは後退しながらイブキの攻撃を受け流し、腰に片手を当てた。
道具袋だ。
「むぅー……これでも食らえ!」
道具袋から取り出した、手から投げ放たれたそれは、黒い球だった。
爆発物か? とイブキにはそれを見極められるだけの視力があった。
なので、とっさに退こうとしたが、黒い球はその場で強い光を放ったのだ。
閃光玉であった。
「なっ! く、くそ……!」
なりふり構わず、イブキは後ろに下がった。
ノワの目的は牽制だったので、追撃はなかった。
イブキと距離を取ったのは、ノワも同じだった。
クロスの傍まで下がったノワは、道具袋から液体の入った細長い薬瓶を取り出した。
「もー、クロス君油断しすぎ! はい、気付薬!」
「す、すみません、ノワさん。まさかこういう手で――ヴィクター、こっちへ来なさい!」
「おう……?」
大鬼ヤコフと戦っていたヴィクターは、素直にクロスの指示に従おうとする。
「させるか……!」
もちろん、振り返る余裕などないし、ヤコフだってそれを許すはずがない。
「――紫電!!」
距離を詰めようとするヤコフとヴィクターの間を、雷の雨が壁を作った。
酔いから醒めたクロスの放った、雷撃魔術である。
「ぬうぅ……!?」
鬼族は、魔術が苦手なのだ。
これにはたまらず、ヤコフはそこで足踏みすることとなった。
「次から次へとやってくれますね……ロン、早く決着を!」
「……できるなら、やっているんだがな」
後ろから聞こえるクロスの指示に、黒ずくめの男ロン・タルボルトは小さく呟いた。
だが、危機なのは間違いない。
不本意だが、ロンも力を放つことにした。
「ぬ、気配が……?」
目の前の狐獣人の剣客が、眉をひそめた。
「フォローは、ちゃんとしてもらうぞ……?」
ロンは、己の中に封じている衝動を解き放った。
全身から硬い毛が生じ、顔が狼のモノへと変化していく。
鋭い牙と爪が生え、体内の筋肉が引き締まるのを感じていた。
「狼男……っ!?」
「悪いが、終わらせてもら……っ」
ロンはキキョウに跳びかかろうとしたが、その顔に強い勢いで水がかかった。
「キキョウ、今だ!」
「承知したっ!」
ロンに水を掛けたのは、鱗の籠手から水を放ったシルバであった。
「シルバ君、空気読んでくれないかな!?」
「知るか、そんなもん!」
ノワの抗議に、シルバは怒鳴り返した。




