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森の中の小さな依頼

「たああぁぁーーーーーっ!!」


 森の中、骨剣を大きく振りかぶったヒイロが、敵に向けて勢いよくそれを振り下ろした。

 しかし、小さな影は素早く骨剣を回避し、空へと逃れる。


「う、わ……だ、駄目、先輩これ当たんないよ!! 迎撃失敗!」


 ヒイロが頭上を見上げると、小馬鹿にしたように()は細かい旋回を繰り返した。


「ぐぬぬぬぬ……」


 敵の正体は、ハチの群れだ。

 一匹一匹がとても小さく、ヒイロの骨剣ではほとんど倒すことができないでいた。

 悔しそうに歯軋りするヒイロの後ろで、シルバは吐息を漏らした。


「……だから、先に俺、言っただろ。どう考えてもこれ、ヒイロには不向きだって。大体、迂闊に相手の縄張りに入っちゃ駄目だろ。ほら、また襲われるぞ!」


 ブン、と羽を震わせ、ハチの群れがヒイロ目掛けて、急襲を掛けてきた。

 赤子の拳ほどもある身体は赤く、鋭いシルエットを持っている。

 レッドクローバチと呼ばれる種類のハチ型モンスターだ。


「タイラン、頼む」

「は、はい……あとヒイロ、落ち着いて。シルバさんが事前に鉄壁(ウオウル)施してくれてますから、蜂の針ぐらいなら刺されることはないはずですよ……ただ、目にだけは気をつけてください」


 ヒイロを守るように、タイランが前に出た。

 動く鎧(リビングメイル)であるタイランには、ハチの刺突などまったく問題にならない。

 そういう意味では今回の依頼には、うってつけの人材だった。


「ううー……! て、撤退っ!!」


 そんなタイランから少し距離を取っていた、シルバとキキョウのもとに、ヒイロも戻ってきた。


「骨剣を振り回して当たっても、空を舞うハチが相手では威力も半減。ヒイロとは、相性が悪すぎるのだ。某でも少々荷が重い」

「ぬぅー……」

「ヒイロ、特に怪我はないな。それじゃ、後はタイランに任せよう。頼んだぞー」


 シルバは数メルト先にいる、タイランに声を掛けた。

 タイランには、まるで黒い雲のように大量のレッドクローバチがまとわりついている。

 しかし、鋼の身体には、完全にノーダメージだ。


「は、はーい……あの、別に殺さなくてもいいんですよね?」

()()()()からの依頼は、『追い払う』だからな。縄張りの外に巣を移せばいいだろ」

「分かりました。……すみません、ここには既に先住のハチがいますので、よそに移動してもらいますね」


 幸いなことに、蜂の巣は低い位置にあり、タイランがつま先を伸ばせば何とか掴むことができた。

 一抱えほどあるそれを抱きかかえると、ますますハチの数は増えてきたが、タイランは気にすることなく、森の奥へと足を進めていく。

 距離を取り過ぎないように気をつけながら、シルバたちもその後をついていった。

 巣があった場所と似たような木を見つけると、タイランはそこに巣を抱えた両手を伸ばした。

 レッドクローバチたちはタイランの意図に気付いたのか、何やら粘液的なモノで巣を木に固定していく。

 人間ならば持ち上げっぱなしも疲れるだろうが、タイランは辛抱強く最後まで、腕を伸ばしっぱなしだった。




 仕事が終わり、シルバたち一行は森の中を引き返し、歩いていた。


「いや、今回はタイランがいて助かったな。何しろ刺される部分がまったくない。全部任せるのはちょっと心苦しかったけど」

「い、いえ、こんな仕事でしたら、いくらでも……そんなに、重い物でもなかったですし……」


 タイランは謙遜するように、その身体を縮める。

 ……もっとも、元が大きいのでその効果はあまり見えないが。


「はい、先輩!」

「何だよ後輩」


 何故か勢いよく挙手したヒイロに、シルバは付き合った。


「こういう敵の場合、ボクはどうすればいいのかな?」

「逃げる?」

「逃げるのは、や!」


 戦闘種族・(オーガ)族の矜恃であった。

 ふーむ、とシルバは腕を組んで唸った。


「じゃあ、点じゃなく面での攻撃だな」

「面?」


 ほにゃ? と首を傾げるヒイロ。


「キキョウ」


 シルバは、少し後ろに控えるように歩いていたキキョウに、視線をやった。

 ピンとキキョウの耳が立ったかと思えば、その尻尾が大きく揺れ動いた。


「うむ、単体相手ではなく、いわゆる範囲攻撃であるな。某の場合は、風で切り刻む攻撃がそれに当たる」

「よろしくお願いします、師匠!」

「師匠……いい響きであるな。が、まあ某とヒイロでは武器の使い方も異なるし、斧や棍棒といった武器の熟練者に教わる方がよいであろう」


 クールに語っているが、キキョウの尻尾はちぎれんばかりに左右に振れていた。


「なるほどー」


 どうしよっかなーと、ヒイロもシルバを真似るように腕を組み、考え始めるのだった。




 さて、とシルバはやや大きな木の前で、足を止めた。

 シルバたちの周囲に、低い羽音が漂い始める。


「そもそも、自分で戦うことに拘る必要もないんだぞ。催眠剤とか殺虫剤を用意すれば、今回の仕事も普通にできるんだし」

「あ、あの、シルバさん……! 殺虫剤と聞いて、ちょっとこの子たち怯え始めてるんですけど……!」


 タイランの注意に、シルバはしまった、と髪を掻いた。

 レッドクローバチの蜂の巣の移動を頼んだのもまた、ハチなのだ。


「っと悪かったな」


 シルバが詫びると、タイランの背中や木の陰に隠れていた、小さなハチの群れが怖ず怖ずと姿を現した。

 ヨツバチと呼ばれる種類のハチ型モンスターだ。


「このタイランが、ちゃんと森の奥の方に連中の巣を移動させた。もう、レッドクローバチに襲われることはないぞ」

「ちょ、シ、シルバさん……!」

「いや、でも本当のことだろ?」

「ボクは襲われた!」

「そりゃ、いきなり突っ込んだからだっつーの! 反省しろ!」


 そんなやり取りをしていると、ハチの群れが動き『ありがうと』と文字を作った。

 若干間違っているのは、ご愛敬である。

 続いてハチたちが矢印を作ったので、そちらに向かうと木の洞に黄金色の蜂蜜が溜まっていた。

 ヨツバチのそれは、店で買えば高値がつく高級蜂蜜だ。


「……キキョウ、ヒイロ、パンケーキはお好きかな?」

「大好物なのである!」

「ボクも!」


 シルバは腰の道具袋から、ポーション用の瓶をいくつか取り出した。

 直接掬って、蜂蜜を回収していく。


「タイランは、何かドリンクでも作ってもらおうか」

「あ、ありがとうございます!」


 蜂蜜の回収を終えると、シルバたちは帰途につくことにした。


「とにかくこれで、依頼達成だな」

「冒険者ギルドを通さぬ依頼であるがな」

「しょうがないだろ。本来は薬草採取が仕事だったんだから」


 薬草採取は、冒険者ギルドにおいては常時依頼と呼ばれる種類であり、事前に受付を通さなくても採取後の持ち込みで報酬が手に入るのだ。

 同じようにいくつかの野生のモンスターの素材を集める依頼も、常時依頼としてある。

 対人戦は初心者訓練場で行ったが、モンスター相手の戦いはまた違う。

 パーティーの連携を馴染ませること、同時に素材を採取して稼ぎも得よう、というのが今日の目的であった。


「まさか、そこで小さなハチに助けを求められるとは想定外だったけどな」

「……某としては、昆虫を相手に『透心(シンツ)』が適用されたことの方が、想定外であったぞ」

「分かる。それ超分かるよ、キキョウさん」

「ゴドー聖教において『透心(シンツ)』は相手と心を通わせる祝福だ。たとえ相手に言葉が通じなくても、ダイレクトに意思を伝えることができるとか、布教を目的とするならすごい術だろ? まあ俺は布教よりも連絡手段として使ってるのが主だけど」

「あの、ゴドー聖教の他の神官さんたちも、やっぱり昆虫と意思を通わせあったりとか……してるんですか?」

「しないしない。今回は明らかにレアケースだよ」


 シルバはヒラヒラと手を振った。


「動物相手も、まあしないんじゃないかなぁ。野良の犬猫とか街中での情報収集には助かるんだけど、『透心(シンツ)』習う神官って、冒険者とかあまりやらないから」

「……う、うーん、それ、冒険者かどうかと関係ない気がするんだけどなあ」

「便利なんだぞ。捨て猫とかいたら里親を紹介しやすいし、今回みたいに戦闘にならずに済む場合だってある」

「それは分かるけど、何か消化ふりょー……」


 ヒイロは不満そうだ。

 イレギュラーな頼まれごとで、結局まともな戦闘は行っていないのだ。

 かといって、今から訓練をするには少々時間が中途半端。

 一旦戻って、訓練は明日に延ばすことになったのだった。

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[気になる点] >レッドクローバチ レッドクロービーとか、赤爪蜂とかじゃなくて…?
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