狭い路地を歩いてみよう
アーミゼスト北部、グラスポート温泉街。
広場には霊水を利用したドリンクや土産物の屋台がいくつか並んでいる。
シルバとキキョウはそこでゆずのジュースを飲みながら、『透心』による三回目の走査を行った。
「――引っかかった」
「で、あるか」
シルバが向いた先をキキョウも見て、顔をしかめた。
「もしかして、厄介な場所であるか?」
「正解」
「ふぅむ……」
ずず……とジュースをストローで吸い込みながら、キキョウは唸る。
温泉街や鍛冶通りからは少し離れた場所に、やや治安の悪い区域があるのだ。
キキョウの察しの通り、ノワはその辺りにいるようなのだ。
「荒っぽい連中の多そうな酒場があったり、故買屋もあったり、廃墟になった空き家も多いはず……潜むにはうってつけの場所だな」
シルバは、使っていた『透心』を切った。
あまり続けていると、相手にも何となく探っていることが悟られてしまうのだ。
「してシルバ殿、如何する。パーティーのメンバーを集めるには、やや遠いと思われるであるが」
「ちょっと厄介な場所だよな。教会から人手を集めるにも、不向きなんだ。温泉街の教会は、年取った神父さんが一人だけだから、荒事には向いてない」
シルバは残ったジュースを飲み切り、コップを屋台に返した。
「『透心』で引っかかる冒険者の知り合いが何人かいるけど、黒鉄級か……。ノワ達相手だとちょっと荷が重いな。ちょっとウチの面子に声を掛けてもらうよう、頼んでみよう」
シルバは『透心』で連絡を行い、ここからの行動をキキョウに話した。
「連中が所有していると思われる、人造人間。アレの危険性を認識しているかどうかだけでも、すぐにでも聞かないとやばい」
「うむ。しかし、某達だけで挑むのであるか?」
「いや、ある程度まで近づいて、様子見にしたい。さすがに二対四はきついだろう」
「で、あるな」
「……実質、キキョウ一人で四人を相手にすることになるしな」
「それは……某も避けたいところであるぞ」
シルバが支援特化型である以上、攻撃はキキョウ一人が担当せざるを得ない。
商人であるノワ一人なら、戦闘のエキスパートであるキキョウ一人でも何とかなるかもしれない。
けれど、行動を共にしているという黒髪と金髪の二人の青年の戦力がほとんど分からない。
いや、カナリーの話では金髪の方は半吸血鬼のクロス・フェリーだ。
となると、後方からの魔術攻撃。
それだけでも避けたい相手だ。
黒髪の方は推測だが、近接戦闘を得意としているとみていい。
それに加えて、人造人間が彼らを守るとなると……ちょっと、ゾッとしない相手である。
理想をいえば、周辺を冒険者達や教会の戦力で取り囲み、そのまま捕らえることだ。
「でも最悪、やるしかないんだよなあ……」
何にしても、さすがにこの温泉街からでは、ノワ達の動きは探りづらい。
できれば、今の生活ぐらいは把握しておきたい。
何より、一番の目的は人造人間をどう運用しているかは知っておく必要がある。
なので、シルバ達はこれから、少々治安の悪い場所へ、足を踏み入れなければならなかった。
「そんな訳でキキョウ。用心棒を頼む」
「……うむ、任されよ。シルバ殿は、某の命に代えても守ってみせよう」
「いや、命失うぐらいなら、二人で尻尾巻いて逃げようよ。キキョウに死なれたら困るし」
「む、むう……心得た。しかし、可能な限り、お守りするのである」
「うん。まあ、そこはすごいアテにしてるから、近道で行こう。絡まれそうになったら、その相手は頼む」
「承知した」
久しぶりに、キキョウの尻尾が元気よく揺れ始めていた。
薄暗く細い路地。
シルバ達の行く手を、柄の悪い男達が五人ほど遮った。
「ほら、来たよ」
シルバは、うんざりとした顔をした。
何しろ、ゴドー聖教の司祭に狐獣人の美形剣客である。
目立たないはずがないのだ。
「へっへっへ、兄ちゃん達――」
「すまぬな。急いでいるのだ。通してもらうぞ」
キキョウは、声を掛けてきた先頭に立つ男の手を握ると、軽く振った。
「――ぎゃっ!?」
勢いよく男はその場で回転すると、周りの仲間達を巻き込んで倒れた。
「キキョウ、素手でも結構いけるんだなぁ」
「うむ――シルバ殿、後ろ!」
「この――」
大柄なスキンヘッドの男が、シルバを捕まえようとする。
「おおっ!」
とっさにシルバは、籠手を嵌めた左の手を後ろに向けた。
その手から勢いよく放たれた水流が、スキンヘッドの大男を後退させた。
一方シルバも無理な体勢から水流を放ったので、脇の壁にぶつかってしまった。
「ぶっ!? テ、テメエこの糞ガキが……!!」
「――シルバ殿に何という口を利く」
跳躍したキキョウの振るった鞘付きの刀が、スキンヘッドの大男の顔面を強かに叩いた。
「シルバ殿、無事であるか?」
着地したキキョウは、よろけたシルバに手を差し出した。
その手を握り、シルバも体勢を立て直した。
周りをみると、荒くれ者達は皆、キキョウに伸されたようで地面に倒れ伏していた。
「ああ、何とか。ありがとな」
「れ、礼には及ばぬよ。当然の事をしているまでなのだ」
ぴこぴこばっさばっさと耳と尻尾を揺らしながら、頬を赤くしたキキョウは路地の先を見据えた。
シルバも視線を追うと、古ぼけた酒場が見えた。
「そうか? おっと、ノワの気配がある酒場が目の前だし、そろそろペースを落とそう。『回復』掛けとくぞ」
シルバが指を鳴らすと、青白い聖光がキキョウを包み込む。
「うむ。こちらこそ感謝である」
活力の満ちるのを感じる様子で、キキョウは頷いた。
「当分、誰も来そうにない……か?」
「様子を伺っている様子であるな。某達に手を出すべきか、迷っているといったところであるな。してシルバ殿、此奴らは如何いたそう? さすがに酒場を見張る場所と近すぎるようであるが……」
シルバはスキンヘッドの大男の身体を探った。
「お、酒とロープを持ってる。結構強い酒だな。キキョウ、そっちの連中の身体も調べてみてくれ」
「うむ、承知した」
シルバとキキョウは手分けをして、男達の懐を探った。
小銭の入った財布以外は、ナイフやピッキングツールが見つかった。
「こちらにもロープと手錠があったのだ。ナイフや葉らしきモノは如何いたそう」
「武器は適当に捨てといて。葉っていうのは?」
「これなのだ」
シルバはキキョウから、幅の広い葉を受け取った。
嗅いでみると、かすかに甘い匂いがした。
「……幻覚作用のある薬になる葉だな。乾燥させて煙を吸うと、気持ちよくなれる奴だ」
「シルバ殿、詳しいであるな」
「乾燥させた後、もう一工夫したら麻酔薬になるんだよ。『回復』だけじゃ追いつかない時、使うことがあるから、知ってたんだよ。まあ、どっちかといえばカナリーの分野になるんだけど」
教会に籍を置くシルバは、施療院とも縁が深い。
医療に役立つ知識も、それなりに有しているのだった。
「ふむ、では役に立たぬか」
キキョウが少し、しょんぼりした。
けれど、この葉はそのままでも使い道があった。
「いや、そのまま噛ませよう。麻痺効果がある」
「ほほう、つまり此奴らを痺れさせるということであるな。承知した」
「こっちは大男に酒を飲ませとく」
二人は、荒くれ者達を麻痺させ、大男も酒を飲ませてグデングデンにさせた。
その上で、ロープでまとめて縛り上げ、建物の一つが廃屋のようだったので、そこへと押し込んだ。
これで、当分は大丈夫だろう。
「んじゃキキョウ、本来の仕事に戻ろうか」
「うむ」
路地を抜ける少し手前から、シルバとキキョウはノワの気配がある酒場を伺った。
「……といっても、酒場の中の様子までは、分からないんだけどな」
「ここは、地道に援軍が来るまで、見張りであるかな?」
「そうなりそうだな」
長期戦、というほどではないが、退屈な時間になりそうだ。
そんなことをシルバが考えた時だった。
、破壊音と共に、酒場の扉が内側から破壊された。
「!?」
「ぬう!?」
扉の残骸と共に大柄な戦士が宙を舞い、無様に地面に転げ落ちた。
「すごーい☆ ヴィクターって、すごく力持ちなんだね!」
薄暗い店の向こうから屈強そうな銀髪の青年が現れた。
その後ろに、懐かしい商人の娘の姿を認め、シルバは頬を引きつらせた。




