シルバとキキョウ、昼飯を食べてからノワ達を探す
シルバは上司であるストア・カプリスに挨拶と報告を済ませ、教会からもノワ達の捜索に人を割いてもらう事となった。
そして二人は早足で学習院を出た。
「それでどうするのだ、シルバ殿。この辺境都市一つとっても広いぞ。それに加え、彼奴等は冒険者である。となれば『墜落殿』も範囲に入ってしまうではないか」
大通りを歩きながら、キキョウが尋ねてくる。
シルバは頷きながら、キキョウの意見を補足した。
「さらに加えるなら、他の小さな遺跡の探索の為、他の街や村に移動しているかも知れない」
「うむ、その通りだ」
「もしそうだとしても、そのまま余所に行くってことはあまり考えにくいんだ。調査団の装備品を売り捌かないとならないだろう?」
「しかしシルバ殿。売り捌くというのならば、むしろこの都市以外の方がよいであろう? 余所の小さな村や街の方が足がつきにくい」
「キキョウ。それは、常識的な考え方だ」
「むむ?」
「この辺境は、西へ行けば行くほど辺鄙になる。村や街は小さくなるんだ」
「うむ」
「そんな田舎じゃ、買い取ってもらえるにしても限度がある。ブツを売り捌くなら、この都市が一番高く買い取ってもらえるんだよ。なら、アイツはこの都市内で売り捌く。常識なんか知らん。足がついたのなら、追ってきた奴を返り討ち。俺が知ってるノワ・ヘイゼルって女なら、絶対そうする。カートンにも聞いてみろ。同じ意見だと思うぞ」
「そ、そこまでであるか……」
「腹立たしいことに、分かっちまうんだよ。ったく……」
シルバは、不機嫌に息を吐いた。
「何にしろ必要なのは情報だ。故買商を調べなきゃならない」
「となると……盗賊ギルドであるか?」
キキョウは、横の通りに目を向けた。
盗賊ギルドは、この先にある。距離は少々遠いが……。
しかし、シルバはその通りをやり過ごした。
「普通ならな。けど、状況が状況だしもうちょっと効率よく行こうと思う。実は、ノワの居場所は、ある程度なら分かる」
「何……!?」
「だって俺、前のパーティーの連中と、『透心』切ってないからな。放置してただけで」
「な、なるほど……」
「まあ、向こうから連絡が来ても、繋がらないようにはしてたけど……お陰で、思い出したのもついさっきだったんだが」
広場に入ったシルバは、屋台に足を向けた。
いくつかの屋台が固まっていて、簡易的なテーブルとベンチも用意されている。
噴水の縁に腰掛けて、食事を取っている市民も何人かいた。
そういえば、まだ昼食も食べていないことを、キキョウも思い出したようだ。
シルバの後ろをついてくる。
「いや、実は最初は、人海戦術で行こうと思ったんだよ。この都市と、『墜落殿』を探索している『透心』を契約してる連中と、一斉に接触する形でな。――すみません、チーズドッグのセット二つ」
「あいよ!」
注文を受けた、屋台の親父が威勢のいい声と共にホットドッグを焼き始める。
「一斉に接触とは……なにやら聞いただけで死にそうな話なのだが。それは、シルバ殿は大丈夫なのであるか?」
「うん。精神強化する薬飲んでやっとって方法だから、その前にノワと繋がったままなのを、思い出してよかった。直接、精神接触しないで、居所だけを走査する。ちょっと試しに、リフでやってみるぞ」
「チーズドッグセット二つお待ち! 十カッドだよ!」
「あいよ」
シルバは懐から財布を出して、小銭を親父に渡した。
「あいや、シルバ殿。ここは割り勘にするべきであるぞ」
「これぐらい、いいって。とにかく席に座って話を続けよう」
シルバはトレイを持って、さっさと空いているテーブルに向かった。
シルバが選んだのは、パラソルで日陰になった席だ。
テーブルの中央に、都市の地図を広げ、キキョウと向かい合わせの席に座る。
チーズドッグを頬張りながら、シルバは自分の額に指を当てた。
リフの意識に同調するよう、精神を集中させる。
「うん。今、リフが盗賊ギルドでカートンから講義を受けてるな。それに何かすぐ傍で、フィリオさんが見守ってる。……ま、この辺の感覚は俺一人よりキキョウも直接感じた方が早いな。手繋げば共有しやすい」
目をつぶったまま、シルバは手を前に出した。
「て、手であるか!?」
キキョウは何だかわたわたしているようだった。
「……足でも構わないけど、歩けなくなるぞ?」
「こ、心得た」
「まあ、ちょっと目立つから、占いでもしている風にしようか」
シルバは首から提げている聖印を外すと、左手に持ち地図の上に置いた。
モノ探しのダウジングのように見えるが、単にそう見えるだけである。
「で、ではシルバ殿……これでよいのであるか?」
ひんやりとした手が、シルバの手を握り返してくる。
その手目掛けて、シルバは自分が感じているリフの位置を、送り込んだ。
地図でいえば今、シルバ達がいる広場から少し歩いた、小路の中程にある酒場が盗賊ギルドである。
「……おおう」
驚愕の声に、シルバは目を開いた。
シルバの意識と同調したキキョウは、衝撃に目を見張っているようだった。
「ま、普通はやらない方法だ。プライバシーの侵害になるしな。けどこれなら、ノワの居場所ぐらいなら」
さっきと同じ要領で、シルバは覚えているノワの意識の感覚を探り出す。
自分を中心に精神の幅を可能な限り薄く広げ、周辺を探った。
「……おらぬな」
「この辺りにはな。いくつかポイントを絞って、走査したい。まあ、人造人間なんてのを連れてるなら目立つだろうし、あまり人の多い場所にはいないだろうな」
シルバとキキョウは手を離し、地図を覗き込んだ。
シルバの『透心』もさすがに、都市全域をカバーするとまではいかない。
ノワ達が拠点としそうな怪しそうな場所を、ピックアップすることにしたのだった。
「いやしかし、確かクロスとかいう半吸血鬼が認識偽装なる術を使えたのではなかったか?」
「使えるだろうけど、ずっとって訳にはいかないだろ? それに個別で行動することだってあるはずだ。ウチだとカナリーで当てはめてみたら、どうだ?」
「……となると、この辺りの、大きめの家屋も想定に入れるべきであるか?」
「うん。しばらく、引きこもるってことはあり得るな。でも、貴族の区画は後回しでいいだろう。そういう支援者がいるって話は今のところ、聞いていないしな」
そんな話をしながら、二人は『透心』で探るポイントを検討しあった。
「じゃあ、行くか」
「うむ」
シルバは、チーズドッグの残りを一気に口に放り込んだ。
キキョウも手を合わせ、立ち上がった。
シルバとキキョウは、大通りを歩くことにした。
天気はよく、人や馬車の行き来も多い。
「こうやって二人で歩くのも、何だか久しぶりであるなあ」
「ああ、こういう視線も久しぶりだ」
道行く女性達が皆、キキョウを見ては足を止めるのだ。
そして、頬を赤らめ、隣を歩くシルバを見て、何だあれ? みたいな顔をするのである。
今のパーティーを組む前、『プラチナ・クロス』の休息日には、よくあった状況である。
「……左様であるなあ」
「まあ、実害がある訳でもなし、放っておいてもいいだろ」
以前と少し違うのは、一部の冒険者はシルバ達と目が合うと、軽く手を上げたりと挨拶をしていくことぐらいだろうか。
シルバ達もそうして挨拶を返しながら、通りを歩く。
「こんなにのんびりしていて、よいのであろうか」
「回るポイントは多いからな。駆け足で巡っても、最後ヘトヘトになるだろ。どこで当たるか分からない以上、ペースを保った方がいいと思うんだ」
「ふぅむ、それもそうであるなぁ……しかし、こうも暖かだと、どこかで昼寝でもしたくなるのである」
尻尾を揺らしながら、キキョウは目を細めた。
「さすがにそこまでする訳にはいかないけど、ボチボチ休憩は入れていこう。この先は商業区画だから、ついでに道具類も見ておきたいな」
そんなのんきな話をしながら、二人は目的の走査ポイントを目指して、やや早足で歩くのだった。




