戦い終わって
シルバたちや初心者パーティーに囲まれる中、ネイサン一味は傷だらけパンツ一丁の姿で正座させられていた。
武器や鎧は、全部シルバたちが没収した。
道具類から有り金まで、全部である。
「……じゃあ足りない分はこれで、勘弁してやるという方向で」
「タイラン、すごいよね。シルバさんの道具袋……」
「ええ……あの鎧三つが、全部入っちゃいましたよ。あれ、相当容量のあるマジックバッグです」
俺のじゃなくてキキョウのなんだけどな、とシルバは後ろのヒイロたちのやり取りを聞いて思った。
ちなみに当然、戦闘が終わると同時に、全員の解毒は済ませてあった。
ついでにポールも解毒しておいた、シルバである。
「してシルバ殿、彼らの処遇はこれでよいのか? どうも、彼らの側に不満があるようだが……」
ふてくされる彼らを見下ろしていたキキョウが問うが、シルバは頷いた。
「まあ、そっちの不満はどうでもいい」
彼らがやったことと言えば、それこそ有り金全部巻き上げた程度だ。
装備品を全部売り払っても五万カッドにはならないだろうが、その半額ぐらいには余裕で届くだろう。
元々は五千カッドの予定だったし充分だと、シルバは思う。
「くっ……」
ネイサンは悔しそうに、シルバを見上げた。
「それでさ」
正座する彼の前に、シルバはしゃがみ込んで目を合わせた。
「アンタら、誰に頼まれた?」
ぐ……と詰まるネイサン。
シルバは残りのメンバーを見渡したが、皆顔を背けた。
「……まあ、大体の察しは付いてるんだけどさ」
シルバは立ち上がり、息を吐き出した。
「どういうことだ、シルバ殿」
キキョウは眉根を寄せた。
シルバは腰の道具袋を外した。
すると、ネイサンの肩がピクリと揺れた。
ポールはもっと反応が顕著で、道具袋に釣られるように視線どころか頭が揺れていた。
「ほら。これのこと知ってる人間なんて、限られてるんだぞ」
「某とシルバ殿。それにシルバ殿の前パーティーぐらいであるか。……となると、前パーティーの関係者と考えるのが、妥当であるな」
「そういうこと。でも、イス――リーダーやロッシェがそういう性格じゃないし、テーストならその場で交渉するだろ。バサンズはそもそも友達が少ないから、こんな連中にコネもない」
「となると……」
「……ノワにはこの道具袋が俺のだって言ってなかったからな。考えてみろよ。仮にこの道具袋がパーティー共用のモノで、荷物を管理してた俺がいなくなったら?」
「その、ノワという少女が手にしていたことになる。しかし、計算が狂った。シルバ殿と共に、この道具袋もなくなってしまったのだな」
シルバは頷いた。
「何より、この初心者訓練場で、俺たちに絡んでくる理由なんてないんだよ。初心者狩りやりたいのなら、楽に勝てるのがそこらじゅうにいるんだ。俺を抜きにしても鋼鉄級のキキョウがいるパーティーに因縁をつける必要なんて無い。実際、他の連中には紳士的に接して、いざ勝負って時になってやっと本性出したらしいだろ。なのに俺の時だけ断ると、いきなり暴力に訴えてきた。本命の俺たちは、力ずくでも絶対に逃がしたくなかったんだよ」
再び、シルバはしゃがみ込んだ。
「で、どうなんだ? 大方『ノワの為に、あの道具袋手に入れてきて♪』みたいなノリで、頼まれたんじゃないかと思うんだけど」
仏頂面のまま、ネイサンが口を開いた。
「……依頼人の素性を話すと思うか」
「へえ、依頼人ってことは、金もらったんだ」
シルバの指摘に、しまったとネイサンは顔を顰めた。
「……ま、いいよ、別に。明確な証拠なんて、特にいらないし」
リーダーであるネイサンはともかく、ノワという名前を聞いた他の連中の挙動不審ぷりから、シルバは彼女で間違いないという確証を得た。
イスハータかテースト辺りに話を通せば牽制ぐらいに……は、無理か。
今の色ボケ状態のアイツらじゃ、こっちの話なんて聞いてくれそうにない。
「ただ、こちらのリーダーが誰かぐらい、調べといた方がいいな。お陰で、ウチのパーティーの個々人の性能を全然知らないのが、丸わかりだぞ。大方新米パーティーって聞いて甘く見たんだろうけど、いくら何でも油断しすぎだろ」
好き放題に言われて、さすがにネイサンも悔しそうだ。
だが、それを堪えて立ち上がろうとする。
「じゃあ、僕たちはもう用済みだな?」
「うん、俺たちはな」
「俺たち?」
「払いきれなかった金額分は、身体で払ってもらおうじゃないか」
シルバは立ち上がり、大きく手を叩いた。
そして高らかに、腕を突き上げた。
「さあ! 装備一切なくなったパーティーがここにいる訳だが――このチャンスに、誰か模擬戦申し込む人ーっ!」
「おーーーーーっ!!」
シルバの声に応え、周囲のパーティーが一斉に腕を突き上げた。
周囲の好戦的な雄叫びに、パンツ一丁の六人が慌てふためく。
「ま、待て! ちょっと待ってよ!?」
困惑するネイサンの両肩を、笑顔のシルバが元気よく叩いた。
「俺に言うなよ。頼むなら、周りの奴らだろ? お前らがさっき倒した新米パーティー連中」
「ぼ、僕たちは負傷しているんだぞ!」
「そうか。なら、回復してやるよ。心配しなくてもまだ、魔力に余裕はある」
「いえ、司祭様にお手を煩わせる訳にはいきません。ここから先は私たちにお任せ下さい」
名乗り出たのは、助祭のチシャだった。
「ああ、助かる。それじゃ、ローテ組んで回復をやってくれ」
「はい」
ネイサン達は絶叫と共に、初心者パーティーの中に埋もれていった。
「んでまー、俺達だけど。ん、キキョウどうした?」
「シルバ殿。アレだけで本当によかったのか?」
「アイツらはあれ以上喋らないよ。でも、連中の根城にしている酒場は分かったし、調べればノワの目撃情報ぐらいは掴めるかも知れない。と言っても、それも状況証拠だけどなぁ……防犯対策ぐらいはあるけど、もしかしたらまたみんなに、迷惑掛けるかもしれない」
「某は別に構わぬが……二人はどうだ?」
「んー、ボクは、難しいことはよく分からないや。トラブルが来たなら、迎え撃てばいいんじゃない?」
ヒイロは首を傾げ、タイランはおずおずと手を挙げた。
「わ、私も別に……素性の知れない私を拾っていただけただけで、御の字ですので……」
「ま、我ながら甘いと思うけど、なるべく早く尻尾を掴んで、決着をつけたい所だな」
面倒くさいし、と付け加えながらシルバは肩を竦めた。
「じゃ、この件はひとまず決着の方向で。本来の訓練の続きだな。まずはヒイロは複数人から攻撃された時のパターンをまだ見てないから、それやってみようか」
シルバの提案に、何故かヒイロは姿勢を正して頷いた。
「う、うん!」
「……どうした? 妙にかしこまって」
「いえ! そんなことはないです!」
まるで鬼教官を前にした、新米兵士のようだ。いや、鬼なのはヒイロなのだが。
「変な奴……ま、いいや。誰か手伝ってくれる人ー」
周りに誘いを掛けてみると、パーティーの一つが進み出てきた。
「なら、俺たちが手伝おう」
「お、カルビン、助かる。っていうかみんなもすまないな。どうやら、俺の私事に巻き込んだみたいなんだけど……」
頭を下げようとするシルバに、カルビンは首を振った。
「加害者は彼らで、貴方達も被害者だ。気にするな」
「や、そう言ってもらえると助かる」
「しかし、どういう事情かは、少々気になるな。どういう恨みを買った?」
「あー……」
シルバは困り、キキョウを見た。
「ちょっと、言いにくい事情だな」
キキョウも苦笑する。
「難しい問題なのか」
真剣な顔をするカルビンに、キキョウはヒラヒラと手を振った。
「いや、真面目に語ると、相手に対する悪口みたいになってしまうので、説明が厄介なのだ」
「それはこちらで片付ける問題として……それじゃタイランも防御の稽古付けてもらおうか」
「は、はい。承知しました、シルバ様」
ヒイロと同じく姿勢を正す、タイランだった。
「……何で様付け。呼び捨てでいーって」
「そ、そういう訳には……」
ヒイロとタイランが、カルビンらに付き合ってもらうのを眺め、キキョウはシルバに声を掛けた。
ぶんぶんと、狐の尻尾が揺れている。
「ではシルバ殿には、某に付き合ってもらうと……」
しかし、それを最後まで言うことは出来なかった。
「キキョウ・ナツメ様ですよね!」
「うおっ!?」
押し寄せてきた女性冒険者達に、たまらずキキョウは後ずさった。
「これまで誰ともパーティーを組まなかったのに、どうして司祭様と組むことになったのですか?」
「や、そ、それはその、シルバ殿の人徳と言うか……シ、シルバ殿! 助けて下され!」
手を振ってシルバに助けを求めたが、人の波に押されてずいぶん離されてしまった。
シルバとしても相手は女性であり、手荒に押しのける訳にもいかないのだ。
困惑するキキョウに構わず、女の子達は頬を赤らめながら、主張を強めていく。
「せっかくですから、アタシたちにも稽古を付けて下さい!」
「あ、ズルイ! わたしもーっ!」
「よろしいですよね、司祭様!」
全員の真剣な視線が、一斉にシルバに集中した。
超怖い。
「え、あー、ちょっとキキョウが困ってるから、落ち着けみんな」
「順番ですね!? みんな、クジを作るわよ! 恨みっこ無しだからね!」
妙に殺気だったクジ引き大会が開催される。
「……こ、これだから、某は自分でパーティーを組みたくなかったのだ」
メンバーを募集すればあっさり人は集まるだろうが、困るのはキキョウ自身なのは目に見えていたからである。
「やれやれ……」
すっかり蚊帳の外に置かれたシルバだった。
「司祭様……」
「ん?」
近付いてきたのは、何組かのパーティーだった。
彼らはシルバの前でゴドー聖教の印を切り、頭を垂れた。
「有り難い冒険者の心得、痛み入りました。よければ、違う説法も頂ければと思うのですが……」
「い、いやいや、別にそんな大した話はしてないし!」
ドン引くシルバだった。
「それにしても、毒の魔術をそのまま放置して戦うというのは……相当に勇気のいることではないですか?」
冒険者の一人の問いに、シルバはホッとした。
そういう質問なら、答えられる。
「毒の魔術には、三つの効果があるんだ。一つは本来の効果、対象の体力を少しずつ減らすこと」
「はい」
「もう一つは、焦りを生ませること。体力が徐々に減り続けていくっていうのは、一度に減るのとは別のストレスがある。通常の回復じゃ、体力の減少は打ち消せないし」
「分かります。『解毒』が必要ですからね」
「最後に、治療をする人間の手間が掛かる。一人ならまだしも、複数人ともなるとそれで手一杯になっちゃうだろ。毒状態に仲間からせっつかれると、さらに焦りも入るしな。味方への強化もできなくなっちゃうんだよ」
「……なるほど」
「もちろん、今回毒を無視したのは、一回の短い戦闘だったからであって、毎回こんな方法を使っていいってことじゃない。お前ら毒を食らうけど我慢しろ、なんて作戦は事前に話しておかないと、あとで仲間から袋だたきに遭うぞ」
「それは確かに」
シルバの答えに、周りから笑いが起こった。
こうしてシルバは、冒険者の先輩としての講義をしばらくこの場で行うこととなったのだった。
数時間経過した夜、某酒場。
ドン、と勢いよくカウンターにジョッキが叩き付けられた。
「はぁ!? 何で、そんなことになってんの!?」
商人の美少女は、仲間から入手した話に声を荒げていた。
「信者増やして、新米パーティー十九組と協定結んで、しかもその団体の相談役に……? 訳分かんないわ……何それ?」
彼女……ノワの狙いは、シルバの持つ収納の魔道具である道具袋だ。
こっそりと『鑑定』で確かめてみたところ、その容量は通常のそれとは比べ物にならないほどの破格。
高ランクパーティーでも、馬車一台分の容量の道具袋が精一杯だ。
それも、数年単位の借金が必要になるほどの高値である。
冒険者パーティー『プラチナ・クロス』がそれを所持していたのは、おそらく冒険の途中で、稀少な宝箱か何かから入手したのだろうと踏んでいたのだが、それがシルバ個人の所有物(しかも借り物)だったなんて、想像する方が難しいではないか。
稀少度、性能どちらにしても、ノワとしては是非とも欲しい逸品だ。
そこではた、と気がついた。
「……道具袋がどこにあるかは分かっているんだから、盗賊ギルドにちょっとお願いして、掏ってもらうってのは、どうかな?」
ノワの呟きに、部屋の暗い隅でクスリと小さな笑いが漏れた。
「やめておいた方がいいでしょうね」
「むー……どうしてよ、クロス君」
クロスと呼ばれた、金髪に銀縁眼鏡を掛けた紅瞳の青年が、テーブルに指を向けた。
するとテーブルに、小さな四人の幻影が出現した。
「今日の夕方、初心者訓練場を出たあとの彼らを、映したモノです。雑貨屋で買い物を済ませたところですよ」
幻術であり、投影されている四人はシルバたち一行だった。
クロスが指を回すと、幻影の腰の部分だけが拡大された。
「んー……?」
ノワが目を凝らして、それを見た。
クスクスとクロスは苦笑いを浮かべた。
「単純に、どれを狙えばいいか、分からないようにされたんです」
シルバ、キキョウ、ヒイロ、タイランの四人の腰には、同じような革袋が引っ掛けられていたのだ。
 




