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ミルク多めのブラックコーヒー  作者: 丘野 境界
シルバ、パーティーを離脱する
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こんなパーティーやめてやる!(上)

 ガラガラガラ……。

 森の街道を、幌付き馬車が三台進んでいた。

 殿(しんがり)の馬車の荷台に揺られながら、どうにもやりづらいなとゴドー聖教の戦闘司祭であるシルバ・ロックールは思っていた。

 収まりの悪い赤っぽい髪を、ボリボリと掻く。

 原因は、荷台の反対側に座る先月から入ったパーティーメンバーの少女にあった。


「それでぇ、昨日は都市に戻るのが楽しみでほとんど眠れなかったの。それでノワ寝坊しちゃって……二人とも、ごめんね?」


 すまなそうに目を伏せ、悪戯っぽく舌を出す少女、ノワに、金髪の軽薄盗賊と眼鏡の学者風魔術師が慌てて首を振る。

 揃ってシルバの所属するパーティー『プラチナ・クロス』のメンバーである。


「いーっていーって、気にしないで。ちゃんと時間には間に合ったんだからさ」

「そうですよ。問題ありませんでした。結果オーライです」

「……」


 何だかなーと思う。

 二人はああいうけど、間にあったのはたまたま、護衛すべき商隊(キャラバン)の雇い主が、ノワと同じく寝坊しただけに過ぎない。

 それに、口ではああいうモノの、彼女があまり反省していない風なのが明らかなのも妙に引っ掛かる。

 が、それをわざわざ口に出すのも大人げないな、とも思うシルバだった。

 しかしその自分の呆れた様子が表情に出たのだろう、盗賊テーストと魔術師バサンズに愛想を振りまいていたノワと、バッチリ目が合ってしまった。

 一瞬だけ、ノワは鋭い目を、シルバに向けた。

 しかしすぐに表情を和らげ、テーストとバサンズにニコニコと微笑みかける。


「……昨日、寝不足で、ノワちょっと眠いかも」


 ……寝坊するほど寝てたんだよな?

 シルバは内心突っ込んだ。

 敢えて口には出さない。

 ノワのアクビに、テーストは素早く荷袋を取り出していた。


「だったら、オレのこれ貸してやるよ。ほら、枕代わりに使って」

「じゃ、じゃあ、僕はこの寝袋を」


 同じくバサンズが、荷台に寝袋を敷き始める。


「二人とも、ありがとー」


 嬉しそうなノワに、男二人は蕩けそうな表情になった。

 うん、傍から見ていると、大変気持ちが悪い。


「さすがにそれはないんじゃないか、バサンズ」


 荷台の中でただ一人冷めていたシルバは、寝袋の準備を終えた魔術師をたしなめた。


「何がですか?」

「仕事中だろ。仮眠するぐらいならともかく、本格的に寝るのはどうかと思う。依頼主に示しがつかないんじゃないか?」


 シルバの言葉に、テーストは小さく舌打ちした。


「ったく、小言多いな-、シルバ。大丈夫だって。依頼主は御者やってるし、ここを確認するなら馬車は止まるだろ。そもそも他パーティーとのローテーションで、オレ達は待機の時間だしさ」


 同じく、バサンズも不満そうだ。


「そうですよ。馬車が止まったり、何か問題が発生したら、すぐに僕が起こします。外はリーダー達が見張っているんですから、敵の襲来があればすぐに分かるでしょう。第一、眠いままじゃ仕事になりませんよ」

「……寝ちゃ、駄目なの?」


 そしてノワは、ぺたんと尻餅をついたまま、拗ねた上目遣いの表情でシルバを見た。


「……普通、駄目だろ」


 心底苦手だ、この子とシルバは思う。

 大体風紀の取り締まりみたいな真似は、自分のキャラクターではない。もっと緩いのが、本来の自分の性格なのだ。

 しょうがないので、シルバは小さく印を切り、聖句を唱えた。

 即座に青い聖光が、ノワを包んだ。


「あ……」

「何、どうしたノワちゃん」

「彼が何かしたんですか?」


 詰め寄る盗賊と魔術師に、ノワは目を瞬かせた。


「眠気……取れちゃった」

覚醒(ウェイカ)の祝福。悪いけど、寝るのは休憩か仕事が終わってからにしてくれ。あとそこの男二人。そんな不満そうな顔するなよ」

「……空気読めよなー」

「……そうですよ、まったく」


 ブツブツと、テーストとバサンズはぼやいた。


「ありがとー、シルバ君」


 ふにゃっと笑うノワの様子に、テーストとバサンズがシルバに向ける視線が一層きつくなった。


「……どういたしまして」


 頬が引きつるのを自覚しながら、シルバは何とか返事をした。

 お前目が笑ってねーよ、コエーよ。




 その時、馬車が停止した。

 一番素早かったのは、さすがというべきか盗賊であるテースト。


「敵か」

「だろうな」


 次にシルバだった。

 馬車から飛び出ると、森の緑の臭いが鼻を突いた。

 木々の間から漏れる日差しが強い。

 リーダーである聖騎士イスハータと無骨な雰囲気の戦士ロッシェは、馬に騎乗したまま既に武器を抜いていた。他の、護衛任務についている冒険者パーティーも、臨戦状態になっていた。

 矢が何本か飛んできたが、負傷者は見当たらない。


「テースト!」


 イスハータの声に、幌の上に飛び乗り屈んだテーストは、すぐさま気配の探知を開始した。


「……小さく、声が聞こえる。なら、敵はモンスターじゃなくて人間、おそらく山賊団だろうな。包囲網はまだ完成してねー。敵の包囲網が完成するより早く、叩いた方がいいぜリーダー」

「だな! 蹴散らすぞ、テースト! ロッシェは皆と一緒に、商隊のみんなを守れ!」

「らじゃ!」

「了解!」


 白金の聖騎士と、幌から飛び降りた革鎧の盗賊が駆け去っていく。

 護衛を務めるパーティーの中では『プラチナ・クロス』が一番の格上だ。

 他のパーティーも馬車の周りを固めていく。

 一方、長剣を抜いたロッシェは手綱を操りながら、次第に包囲を狭めてくる山賊達の気配を、目で射竦めていた。

 その威圧に、敵の気配はあるが、まだ出てくる様子はない。


「あわわわわ……」


 雇い主である商隊長は、先頭の馬車の御者席ですっかり腰を抜かしていた。

 頬のすぐ脇を、一本の矢が突き刺さっている。


「『沈静(アンティ)』」


 シルバが印を切り、聖句を唱えると、商隊長の震えがようやく鎮まった。


「……は」


 商隊長は目を瞬かせた。


「冷静になる聖句を唱えました。今動くと、目立ってしまいます。大丈夫ですか?」


 外向きの微笑みと口調で問うと、商隊長はコクコクと頷いた。


「な、何とか。わ、我々はどうすれば……」


 商隊長と話している間にも、既にシルバは作戦を立て終えていた。


「心配要りません。ウチのリーダーが正面を崩します。周りも護衛が固めています。敵の襲撃が成立する前に、突破しましょう。私が合図をしたら、馬車を走らせて下さい。進んだ先にはウチのリーダーがいますから、大丈夫ですよ」

「わ、分かりました」


 商隊長を安心させ、シルバは御者席から離れた。

 ソッと、こめかみに指を当て、呟く。


「『透心(シンツ)』」


 シルバが『契約』しているパーティーメンバーの視界や状況が、頭の中に投影されていく。

透心(シンツ)』は他者と精神を共有する、ゴドー聖教の秘奥の一つである。

 本来は説法向けの技能なのだが、ある程度離れた相手とでも、会話無しで情報の伝達が可能になる。

 リーダーであるイスハータとは、笛や発光弾などの必要なく連携ができるようになるのだ。

 シルバは、森の正面を駆け抜けていく、イスハータに意識を集中させる。

 イスハータや騎乗している馬に矢が飛んでくるが、イスハータはこれを剣で弾いていた。


「テースト、弓手が邪魔だ。排除してくれ」

「あいさ!」


 イスハータは正面の山賊達に疾駆しながら、テーストに指示を送っていた。

 その時点でもう、テーストの投げナイフによって木の上から弓手が一人、落下していた。

 ――テーストの索敵能力は一級品。

 どうやら、飛び道具に対する心配はないようだ。

 そう、シルバは結論づけた。

 無理に殲滅する必要はない。

 リーダーが敵を倒すまで、馬車を守りきればいい。

 それも、そう時間は掛からないだろう。

 何人かの山賊が森の中から飛び出してきているが、周りの冒険者が危なげなく倒している。


「今回はスピード勝負か。次のターン、持ちこたえれば決着だな」


 そう判断して、シルバはさっきまでテーストがいた幌の上に飛び乗った。

 ここが一番、周囲の状況を把握できる。

 少し離れた所では、いつの間にか馬車から降りていたノワが、斧で敵の剣を弾き飛ばしていた。


「たやっ!!」


 返す刀で相手を吹き飛ばす。


「実力はあるんだよなぁ……」


 本職は商人のはずだが、戦士としても充分な力量だと思う。

 そのノワの後ろに従うように駆けていたバサンズが、何やら呪文を唱えようとして。


「っ……!」


 突然、喉を押さえた。


「どうした、バサンズ!」

「……っ! ……っ……っ!」


 苦しそうに、無言でバサンズがシルバを訴える。


(声が、封じられました!)


透心(シンツ)』のお陰で、バサンズの状態は声に出せなくても分かった。

 どうやら、呪文で声を封じられたようだ。

 つまり。


「敵の魔術師――! ロッシェ!」


 最も見晴らしのいい場所に立つシルバには、魔術師の居場所はすぐに分かった。

 シルバの認識と同時に、戦士であるロッシェは馬を走らせていた。


「承知!」

「薬は……治療は、俺の方が早いけど、ここは……」


 ノワは商人であると同時に薬剤師でもある。


(バサンズの治療を頼む、ノワ)


 念波を飛ばしながら、シルバは次の手を打った。

 印を切り、神の祝福を口にする。


「『加速(スパーダ)』!!」


 直後、ロッシェや遠くのイスハータの動きが一気に速まった。


「おおおおおっ!!」


 魔法を発動しようとしていた敵の魔術師が、ロッシェの剣で斬り伏せられる。

 後は、ノワがバサンズの治療を終わらせれば、敵を一掃できる。


「……って、いないっ!?」

「とおっ!!」


 喉を押さえて苦しむバサンズを無視して、ノワは逃げ惑う山賊達を切り倒すのに夢中になっていた。


「バサンズの治療してやれよ……ったく! 『発声(ヤッフル)』!」


 幌の上から、シルバは祝福を飛ばした。


「は、ぁ……」


 バサンズの唇から、声が漏れる。


「いけるか、バサンズ!?」

「はい、ありがとうございます! ――疾風(フザン)!!」


 魔術師バサンズが、杖を青空に掲げる。

 その途端、巨大な渦が発生する。

 強烈な魔力の突風に、山賊達が空高くへ吹き飛ばされていく。

 どうやら、これで終わりらしい。

 シルバが念のため温存しておくつもりだった魔力も、今の発声(ヤッフル)で底を突いてしまった。

 後はもう、索敵を中心に、足手まといにならないように防御に専念するしかない。


 一方、リーダーであるイスハータも、正面の主戦力であった山賊の集団をほぼ、蹴散らし終えていた。

 敵が完全に、こちらを包囲する前に叩く事ができたお陰か、イスハータに目立つような負傷はないようだ。


「いいぞ、シルバ!」


 刃の血を振り払いながら、イスハータは叫んだ。

 もちろん、声に出さなくてもシルバには伝わっている。


「今です! 馬車を進めて下さい!」


 シルバの指示に、商隊長が急いで、部下達の声を掛けた。


「わ、分かった! おい、行くぞ、みんな!」

「撤収! バサンズとノワも乗り遅れるなよ」


 ガクン、と馬車が動き始める。

 しかし、バサンズとノワが追ってこない。


「おい!?」


 見ると、ノワが倒した山賊達の財布の回収をしており、バサンズもそれを手伝っているようだった。


「……アイツら」


 あの二人は放っておいても大丈夫だろうが、馬車の方が心配だ。

 結局、シルバが馬車の殿(しんがり)を最後まで見張り続ける事になった。

という訳で古い作品の再投稿始まり始まり。

細かいところで修正したりしてます。

しばらくブランクがあって書くペースのリハビリもあり、小出しになりますが、どうぞよろしくお願いします。

あと(下)は明日の朝七時予定です。通勤通学途中にでも楽しんでいただけると幸いです。

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[気になる点] >「テースト、弓手が邪魔だ。排除してくれ」 >テーストの投げナイフによって木の上から弓手が一人、落下していた。  ◇ ◇ ◇  『弓手』は「きゅうしゅ」とは読みませんよ? 「ゆんで…
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