最終話 そして最後は
「それでは、先の非礼を詫びさせて頂こう、勇者に連なる者よ」
――そなたらは確かに実力を示してくれたと、魔王太子は頷く。
以前とはうって変わった丁重かつ真摯な態度で、彼は礼を示したのだ。
随分と鮮やかな掌返しには少々呆れを感じるが、まずは話を聞くことにする。
その思惑、考え、とにかく疑問を覚えることが多過ぎるのだから。
「それでは『我々の側』の説明と行こうか――」
魔王太子、ルグラーム殿下はとうとうと語る。
かつての魔王ラバンサラが『勇者』マールスに討たれ、その後どうなったか。
すなわち、魔界大陸は再び乱世へとまい戻る。
五つの種族、十六の国、沢山の沢山の有象無象、それら全てが再び、
血で血を洗う、修羅の世界へと戻ってしまう。
そして争って争って争い続けて、やがてひとりの英雄が生まれた。
その英雄の名は…………
「なるほど、それが『魔王』アングムーア陛下ですか。その陛下のお力で魔界は再び統一出来た、と」
「――然り。そなたらにとっては遠い『魔界』の出来事かも知れぬが、余らにとっては生まれ育った母なる土地、其処にある現実なのだ」
決して楽なものでは無かったのだぞ、とそれは愚痴にも聞こえた。
そうだ、それは良い、『そこまでは』良い、だが、
「……そうなると私などには余計『理解出来ない』ですね。何故そこで立ち止まってくれないのです?」
私は敢えて魔王太子ルグラームに問いかける。
――何故わざわざ、人間の世界を侵略するのだ?
商人の論理ならば、投資のあとには必ず回収の工程が入る。
苦労して手に入れた大陸統一と平和を、何故充分に味わおうとしないのか。
あの陽気なラミアたちと触れ合って分かった。私達は少なくとも話し合うことが、
話し合って、商売でも交渉でも出来るではないか!
こうして話をしている世界の片隅で、今も誰かが血を流している。
しなくても良いはずの戦いで、今も誰かが血を流している。
余は何度も止めようとしたと彼は言う。
余はもはや血など見たくないのだもう沢山だと彼は言う。
ならば何故ですあなたには出来るはずと私は言う。
勇気を振り絞る必要があるのはあなたの方だと私は言う。
あの優しいアレスが世界を背負うなんてそんな可哀想なこと。
それでも止まらない止められないのだと彼は言う。
魔王は一度欲と熱情に駆られたならばもう誰にも止められないと彼は言う。
ならばどうするつもりだと私は叫びそうになる。
だからだ、だからなのだ、余は勇者に……
「――あの『邪聖剣』で、魔王アングムーアを討って欲しい。それが余の頼みである」
ルグラームは血を吐くようにそう言った。
哀しそうな顔で、そう言った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて、その後のことは概ね歴史書や物語に書いてあるとおりである。
魔族の軍勢は人間連合との合戦に臨むべく全軍挙げて動き出した。
だがその過程で、魔王とその周辺に僅かな手勢が居るのみの軍事的空白が生じた。
そしてその僅かな、本当に僅かな『隙』に勇者たちは突入を果たす。
魔王との決戦は、天地を揺るがすほどの壮絶な闘いであったそうだ。
「……いやぁ、あれは本当に苦しかった。何度も死ぬかと思ったよ」
アレスは普段と変わらぬ呑気な調子でそれを振り返る。
最後に『聖剣』の刃が魔王の首にとどいた時、悲鳴のような慟哭のような大音声が発せられたらしい。
――斯くして勇者は、魔王討伐を成し遂げた。
* * *
それでその後、多少ごたごたとした些事があった。
動揺する魔族軍を人間連合も追撃しようとしたが、その殿は堅く守られている。
敵将にやはり優れた者が残っているようであり、深追いは危険と判断された。
やがて全てが魔界大陸に引き上げたので、当座はそれで手仕舞いとされる。
にらみ合いは暫く続くのだろうが、軍の主力は既に解散の途上であった。
勇者達の帰還はそれはもう大変な騒ぎとなった。
この際持ち帰ったのが魔王の『兜』だけだったので、何故首級を持ち帰らぬのかと各国から随分と問い詰められたが、結局、
「――遺体は還しました。これ以上遺恨を残したくなかったので」
というアレスの『もっともらしい奏上』に各国の王達は不承不承納得する。
でもなあ、私は思うのだよ、あいつ多分『その事忘れてた』んじゃないかと。
アレスはいつも肝心なところで抜けがある。
今は凱旋だ祝宴だ褒章だなんだかんだと、あちこち引き回されている最中であろう。
きっとあちこちで『モテて』いるだろうから、面倒事を増やさないと良いのだが。
とりあえず、まあその、がんばれ。
魔王太子のルグラーム殿下とはその後一度だけ対面した。
やはり後始末で相当に忙しいらしい、体が十は必要だとこぼしていた。
でも今の彼には慰めもお悔やみも、激励も或いはお礼の言葉も、果たして何を言ったらいいのか途方にくれそうになる。
だって彼は結局、自分の親を殺さなければいけなかったのだから。
「しけたツラをするな『勇者のオマケ』よ……」
「今は全てを呑み込むのが余――『魔王のオマケ』の義務である」
彼が強い意志で言い放った言葉が、きっと唯一の救いなのだろう。
その後私達の方も、我等が『王国』の国王陛下とようやくお目通りを果たしている。
褒美について問われたので、ここは思い切って
「――それでは、私達の村にはこれより『永久に無税』の特権を頂きたく存じあげ奉ります!」
流石に大きく出たので相手【国王陛下!】の唇の端が微妙に引き攣った。
――ざまあ見ろいい気味だ、なんて思ってもいませんよ?
しばし逡巡があったようだが結局願いは『受理』された。
小さな村だから大したこと無いと思われたのかも知れない。
だが、これは我が村と商人の未来に於ける『百年の大計』である。
村が無税であるということは、『この村で幾ら稼いでも』それは無税という事。
例えば世界を又にかけた貿易、例えば国が傾くような取引、或いは数多の黄金財宝、
それらに対しても、『此の村に居る限り』それらは全く無税となる。
――斯くして此の地に、商人にとっての『夢の場所』が出来上がったのだ!
この特権は、いずれ我が村を末永く発展させてくれることだろう。
なんと言うか、夢が広がるね。
ふと手持ち無沙汰になったので近くの丘に登ってみた。
ここからは村が一望出来、そしてさわやかな風が吹いている。
今はまだ変わり映えのしない村の景色、家々の佇まい、それらはいずれ、
これから変わってしまうのだろうか
何もかも変わってしまうのだろうか
全て変わってしまうのだろうか
ともだちも変わってしまうのだろうか
ひとびとも変わってしまうのだろうか
おさななじみも変わってしまうのだろうか
そしてわたしも流されてしまうのだろうか?
そんなふうにおそろしいことを考えてしまう。
けれど、
「――ただいま! 帰ってきたよ!」
アレスが何事も無かったかのようにほいとやって来て私はとても驚かされた。
なんで帰ってきたんだゆうしゃなんだからもっとふさわしい場所にいるもんだろう、
そう私は言い返すのだがアレスはそっちこそ何をいう僕のふるさとはここなんだから
ここに帰ってくるに決まっているじゃないかひどいこと言うなよと、
アレスは口を尖らせて、そのあとそれは優しい形へとけてゆく……
こちらを見て照れたように微笑んだ一瞬の、それは確かに、
それは私の大事な幼馴染の、『幼馴染のアレス』であることに、
…………私はとても、とてもほっとしたのだった。