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第三話 廻る廻る世界を廻る

 そして現状はなかなかに多忙な日々を送っている。

 魔法の袋のおかげで船は小さめの快速船が使えるとはいえ、通商経路と各地の最適な産物の確立にはそれなりに努力と観察を要するのが道理。

 畢竟『世界地図』では、細かい地理情報やまして土地の産物など分からないのだ。

 そして『転移の魔法』は、その性質上『一度は』その地点を訪れている必要もある。

 そんな訳で私は、世界を巡る一角の商人となったのである。


 ――嗚呼偉大なりかのマルク・パウルスよ、我が旅路に晴天と幸いのあらんことを!


 つまり私は『荒天は大嫌い』である、特に船旅においては。





 この場合何が悪かったのかというと多分あれであろう。

 この先にある島々は香料が特産だと聞きこれは買い付けに赴かねばならんと思った。

 外洋航海といえど通常ある程度陸づたいに行くのが堅実なやり方なのであるが……


 せっかく全面の地図があるのだからと大洋を真っ直ぐ突っ切ることにしたのだ。




 ――結果、現在位置は『大きな嵐の真っ只中』である。


 風はびうびうごうごうで、船は前に後に右に左にとそれはもう大した有様だ。

 私自身、『木の葉のように』というのは比喩でも何でもなかったのだな、と改めて他人事のような感想を抱いている。

 ちなみに、既に胃の中は空っぽなので最早悪臭等の心配をする必要は無かった。

 そろそろヤバイかな最悪転移魔法で脱出かな、などと思っていると……





 急に風雨が途絶え、辺りの波は静かな様相となる。

 雲が円形に切れており、青空と日差しが眩しく感じられた。


 ――そして、其処には島が在ったのだ。


 面積はそれなりのはずなのに、そいつは何故か縮尺が奇異に感じられる。

 その原因は、中央部から無造作に伸びている幹と枝葉の存在にあるのであろう。


 島には巨木が在った。それも、雲をも貫く遥かな梢を持った大樹だ。

 幹周りがいやこれは最早そんなものではない、天に向かって伸びる絶壁である。


 近付いて見上げたとき、空の蒼と大きな葉と小さな葉と光と翳と

 水色と白が複雑に編みあがって緑と黄緑と深緑と虚と闇とそしてまたひかり

 島は穏やかな気候らしく柔らかなかぜは目に映るすべて全てをやさしく揺らす

 何だかいつまでも眺めていたいと思った。



「……ひょっとして、ここは」


 そしてもう一度地図を確認する。


 ――間違い無い。


 これは『世界樹』だ、世界樹の島だ。

 私達は、伝説をまた一つ『真実』と確認することが出来たのであった。





 後は本当に『世界樹の葉』に死者復活の効果があるかどうかが問題だろう。

 だが幸いにして『このご時世』、検証の機会には事欠かず――


「こ……ここは俺に任せて先を急げ! うおおおぉーーっっ! (突貫)」


「あぁっーー、戦士! お前の尊い犠牲は無駄にしないっ! (号泣)」



「はーーーい、そんなあなた方に耳寄りなお薬! 復活の薬草~~! 今ならお試し期間で特別無料進呈中で~~す☆」


 適当な迷宮にて通りすがりの冒険者たちに下心のある親切を施す。

 そうして、伝承はやはり真実であったという確認が取れた。

 取り敢えずアレス達には潤沢に供給出来るよう手配はしておこう。



 それと……ふふふ、金の匂いだ。これは商人として腕が鳴るな……。



      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 アレスたち勇者組の様子は定期的に見に行くようにしているのだが、その中で妙な噂を耳にする。


 何でもこの地、ナンタラ王国伝来の『王冠』が盗まれたというのだ。

 勿論それだけなら「そりゃあ大変ですねふ~~ん」で済ますような話なのだが、アレスからは追加で興味深い情報がもたらされた。



「国王陛下と謁見したあとで、内密に相談というか――依頼を受けたんだ。盗賊がその王冠を持って領地外れにある塔に立て篭もっている、是非とも取り戻して欲しいって」


 アレスは「内密のお話だから秘密厳守でね」と念を押した。




 ――これはちょっと、というか色々とおかしくないか?


 盗まれた物品の『奪還』を外部の人間に頼む事からして既におかしい。

 普通は『その国の』騎士や兵士がそれを行うものだ。


 だいたいその『盗賊』とやらがわざわざ塔に『立て篭もっている』のもおかしい。

 盗賊の類なら盗品は直ぐに処分してさっさと逃げている筈である。


 と言うか――王冠が盗難、どう考えても『国の恥』になる事件だぞこれは!

 いくら『勇者』だからといってそれを表沙汰にする程に此処の王は迂闊なのか?

 どうにも何か陰謀臭い、私だったらまず断ってるなこれは。



「……ちょっと情報を集めて来る。アレスは未だ動かないでいてくれ」


 ともあれ、これは『裏から』も色々事情を探るべきであろう……。



      * * *



「塔に篭る者よ! 我が名はアレス! 勇者マールスの血統が末裔にして、当代を受け継ぎし者なり!!」


 古風な名乗りの音声が響き渡る。


「王国より不当に奪われし王冠を取り戻さんが為、此の地に来たれり! 汝らに未だ義の心あらば冠を置いて直ちに去れ――」


 彼方より微かに動揺の声音が伝わって来る。


「さなくば――己が正義を武勇に依って示すが良い! さあ! 勇あらん者は誰れ哉! いざ、尋常に立ち合わん――――!」


 勲しの誉れ、剣をかざすと、それはぎいらりと輝いた。

 若き勇まし、彼の者こそ当代の勇者。




 問題の塔までやって来た私達、というかアレスが馬鹿正直にときの声を上げる。

 私などからすれば懐古趣味というか迂遠の窮みのような気もするがこれで良い。


 やがて扉から、おっとり刀といった体でわらわらと人間が出て来た。

 こうまであからさまであっても一人も逃げ出す者はいないらしい。


 ――つまり、裏経由で押さえた『あの情報』は正しかったようだ。




「そなたが勇者か――その意気や良し!」


 巨体に鎧、戦斧を持った男が此方へと一歩踏み出す。そして、


「我はこの地サンスィーンの正統なる主に忠義を尽くす者! 名はドゥルガー! 客人よ、先ずは良くぞ参られた!」


 低いが良く響く大音声はそう喚ばわる。



 そしてずういと唸りがするように大型の戦斧が構えられる。

 大きい、そして黒い、壁のように立ちはだかる鎧の騎士がそこにあった。


「だが間違いが一つ――訂正せよ! 王冠は『不当に』奪われたのでは無い! 正当なる持ち主が元にただ戻っただけのこと!」


 巨漢の啖呵――いや口上にアレスの眉が微かに動く。

 或いは相手にそれなりの理が在るのかも知れず、不審、迷い。

 心確かめるように呼吸が一度あって、剣を握る手が少し開いて閉じた。




 されど今や是非もなし、只ちからを以って己が義を示さん

 めては剣を構え静かにやや腰をおとし動かざるかに見えて微かに輪郭は揺らぐ

 ゆんては斧を振り上げ半身を少し前に出し呼気を練り闘の機をうかがう

 先にうごくは果たしてどちらか

 力まかせに振り懸かる太い腕と鍛えし筋、ぶおうと斧は瞬く間叩きつけ

 構えも見せず流水の、はつの間も無きくぐり抜け、体は直ぐさま入れ替わる。


 攻める、攻める、攻める、攻める、

 流す、避ける、かわす、動く、抜ける、決して留まらず、

 やがてぶぅはぁと気が抜けた僅かな、その隙を狙いたちまちに、


 ぴかりと光ったようなそれは目で追えぬほどの神速――剣筋。


 そして次にどうと戦斧が地面に落ちていた。





「――――っ!!」


 声にならぬため息、あるいは悲鳴、その場に満ちて。


 ドゥルガーと名乗った騎士は腕を押さえ膝を落として、アレスは喉元に剣を突きつけている。そこから暫しあって、


「…………我の負けだ」


 宣言と同時にふうと空気が弛緩した。



 それにしても、アレスは本当に強くなっていた見違えそうなほどに。

 素質がある事は分かっていたし、存分に鍛えられていたのも知っていた。

 でも、それがこれほどとは。


 けれどこちらを見て照れたように微笑んだその一瞬だけは、それだけは確かに、

 私のよく知る幼馴染の『アレス』であることに、私は何故かほっとしたのだ。




「もはやこれまで。王冠は引き渡そう――だが」


 ドゥルガーが膝をつき、居住いを正す。


「勇者よ、頼みがある――どうかここは我が首一つで免じてもらえぬだろうか?」


 言葉には既に覚悟が込められていた。しかしそこで、



「――ドゥルガー!!」


 少し高い声が響いて小さな影が走り込んで来る。

 私達と巨漢の騎士の間に割り込んで、その子はちいさな両手を肩一杯広げた。


「待て、待ってくれ勇者殿! ドゥルガーを殺さないで!」

「――若様っ!」


 未だ幼さの残る少年の整った貌には、悲壮の色合いがあった。

 これは「天使が通る」ならぬ蒼褪めた天使が飛び込んで来た、という所だろうか。

 一瞬の虚を突かれてアレスも騎士ドゥルガーも表情を取り繕う暇が無い。


 ――そして、どうやら『ここから先』こそが私の領分のようであった。




 さて、一仕事の前には『情報収集』は欠かせないものである。

 それが『うさんくさい』ものである場合には特に。

 梃子摺るかと思ったが事が事だけに、事情の断片を知る者は案外数多く。

 それらをまとめれば自ずと全体像は見えて来るのだ。



「――その通り! 我等忠義の者たちは、あの簒奪者に与することは有り得ない!」


 忠義の騎士ドゥルガー殿は斯く壮語するが、こちらとしては苦笑しそうになる。



(……要するに、お家騒動で国ごと乗っ取られたってこと?)

(そういうこと)



「……なれば再興に先立ち、伝来の王冠だけでも取り戻さねばと思ったのだ!」


 だからと言って『窃盗』はやっぱりよくないと思いますよ。




 つまりはありふれた、と言うほどでは無いが稀に耳にするような顛末だ。


 先の少年、ブライドン・フレーガー・デア・サンスィーン君というのが元々この地を治めていた王家の正統であったらしい。

 しかし残念ながら、彼の家は乗っ取りに遭い君主権を奪われてしまったとか。

 ゆえに、ドゥルガーを始めとした旧臣達は御家再興を誓いこの塔に集っているのだ。

 ついては、先ずはその足懸りとばかりに『伝来の王冠』を手に入れた次第となる。

 ……牽強付会かつはた迷惑な方法論と物理的な手段によって。



 つまり此処にいるのは元王族並びにその臣下の者たち、何れも『青い血』の身分であるのだ。

 そして『青い血の者』である以上は、建前で以って真正面から来られた場合にそれを避けることが出来ない。

 だからこそ、あのような古風な決闘口上から彼らは逃げなかったのだ。



「正々堂々の一騎打ちにて負けた以上はそちらに従おう……だが、それでも若様に累が及ぶことだけは看過出来ぬ。ゆえにここは我の首一つにて――」


「もう……もう止めようドゥルガー」


 再びの殊勝な台詞を小さな声がさえぎった。



「もとよりどうにもならんのだ……確かにあやつらに領地を奪われたのは悔しい。だが、そうまで至ってしまった件には、我が家にもそれなりの責任がある――」


 えづくような声と悲しみ。


「王冠――これが我が許にあったからといって、それで今更どうにかなるものではないだろう。それよりも私は、私はお前たちが傷つくことの方がずっとずっと哀しい……」


 少年の声は小さかったが、それでもこの場に静かに響く。


「……だからもう、終わりにしよう。いまさらどうしようもないんだ」


 綺麗な瞳から涙がひとつ、零れた……。



「……ええと勇者殿、それではお願いしたい。それで、その、なるべく痛くしないように処して頂けるとありがたい……」


 彼がおずおずと剣をこちらに差し出して来るとアレスは困ったような、本当に困ったような顔を私に向けてくる勇者はまものは倒せてもひとを殺すことはぜんぜん、ぜんぜんじょうずではないのだから。


 ならばこれは、きっと商人の仕事。


 叡智が賢者の徴ならば、商人は弁舌と駆け引きこそが身上であるのだから。





「――さてと若様、ご立派ですが少々気が早過ぎです。そういう覚悟というものは、もっと大事な時のために取って置いたほうがよろしい」


 商人の口述は、偉大なる能弁を伴いて。



「実な所、まだ『打つ手』が無いわけではないのですよ――」


 若様の可愛らしい目が丸く開いた。何か問おうとする口を直ちに、


「ですがそれには『覚悟』が要る。若様にはございますか――全てを捨てる覚悟が、如何なる労苦をも厭わぬ覚悟が」


 やや脅しめいた台詞で引き止める、大事なのはここからなのだ。




「ここより遥か東の果て――」


 海を渡った先、そこには土地があります。

 広がる草原と深い森、大きな河と険しい山、そういったものがあるのです。

 すなわちそれは、未だ人の手の入らぬ場所――未開の地。


 さるお国、ここでは『某国』とでも称しましょうか。

 その某国は、そんな新しい大地への殖民を考えております。


 参加は自由、誰でも結構大歓迎、身分所属は問いません。

 労苦は相応、土地は拓いた分、全ては自分のご器量次第。

 おっと今なら特別に、税の猶予も付けましょう。

 始めは五年、その後は定法、期間については応相談。


 首尾良く土地を拓けたならば、その後の引き立てにもご期待を。

 全ては働き次第となりますが、爵位褒美も有り得ましょうか。




「……ただし、当然の事ながら若様とご一党は、今持つもの殆ど全てを捨て、汗に塗れ土に塗れる暮らしを送る必要がございます」


 一同は息を呑む、絶句する。


「それはとても苦しいものとなるでしょう」


 彼らの顔が沈んでいた、周りを見回す。


「ゆえに私は『覚悟が要る』と申し上げたのです……お分かり頂けたでしょうか?」



 その時場内は沈黙しそのまま暫く答えは無かった。

 だがやがて長たる少年は……



      * * *



「さぁて、実際はこれからが大変なんだけどね。移動一つとっても馬車の手配、船の手配、荷物はどれ位――まったく、問題なんて後から後から幾らでも湧いて来る。殖民請負人の真似事なんてするとは思わなかったよ。それとアレス、王冠を返しに行くのはいいけどついでに変なコト頼まれたりしないように!」


「分かってるよ……でも今度のこと、キミがいてくれて本当に助かった」


 照れ隠しに愚痴めいた台詞を飛ばすと、アレスが微笑んで答える。

 まあいいってことさ、うんそれじゃあ行ってくる、そんなやり取りが続いた。

 これで暫くは忙しくて彼とも会えなくなるだろうか。


 王冠を盗み、塔に立て篭もっていた盗賊は勇者によって成敗された。

 勇者は褒美として沢山の財宝や恩賞を提示されたが、その殆どを断っている。

 ――嗚呼、高潔なる勇者の旅路にせめて幸運のあらんことを!


 一件を総括するとそういうことになる。





 そろそろ『彼ら』を載せた船が出発する頃だろうか。


 少し幼い顔をした少年は全てを捨てることになっても希望は残っていますと、

 林檎のように頬を染めて言っていたそこだけは立派に大人のようであった。

 彼には忠実な黒い騎士や頼れる仲間がいるのだからきっと大丈夫。

 今はそう信じることにしている。



「――それでは行ってきます! ありがとう勇者の皆様!」


 別れの前に交わした、旅立ちの言葉だ。

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