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第一話 旅に道連れ

 さて、事の一連は御本家のアレスが王城よりお召しを賜ったことに端を発する。


 この場合、王城というのは当然王国の王都にある瀟洒な城のことであり、其処には言うまでもなく国一番のいと尊き御方が御座されておられる。

 そのようなおっかない場所に『本来田舎者とでも評すべき』彼のような小者が出頭を命じられたのには、実に深い深い因縁があるのである。


 ――すなわち、『御本家のアレスは勇者の直系の子孫なればこそ』であった。





「……どうしよう、なんだか大変なことになっちゃったよ!」


 当代の勇者さま『アレス』は、帰って来るなり何とも情けない声を上げる。


「落ち着けアレス、とりあえず村の皆と相談するのが先だよ」


 私は彼をなだめながら今後について考えを巡らせているとやがて、


「――ちょっと! いきなりお城から召喚だなんてどういうコトよ!」

「アレスは未だ冒険者登録もしてないハズでしょ!」

「無理なんか、させられないんだからね!」


 年長――と言っても僅かな差、の冒険者姉さん達はいきりたって集まり、


「お、おい、王様から呼び出しだなんていったい何事だよ!?」

「ま、まさか誰か御定法に背いたなんてことが……」

「おっ俺は知らない! 知らないからな!」


 村の商店街の跡継ぎ連中、つまり幼馴染み達も現れる。

 どうやら噂というのは意外な程広がるのが早かったようだ。


 ――ともあれ状況を整理しておこう。


 まず、私達の住むこの村は王都近郊に位置する小さな小さな存在である。

 本来ならば王領の一辺として万事一片等普通にして適当に扱われるべきもの。

 が、それにもかかわらず特別な格式を誇り、地域自治権すら認められている。

 それは何故かと問われれば、偏に『ご先祖様の御功績』に依るものであった。




 ――遡ること数百年前、『世界』は一度滅びかけた。



 厳密に言うと、『人間の世界は』一度滅びかけた。

 再び何故かと問われれば、それすなわち『魔王の所業なり』と謂えようか。


 魔界より現れし『魔王』の脅威凄まじく、兵は敗れ軍は退けられ、

 村は焼かれ街も焼かれ都は完膚無きまでに破壊され、

 数多の国々忽ちのうちに滅ぼされ、人は殺され奴隷に落とされ、

 怨嗟の声は地に満ちて、嘆きの涙天を曇らし、人界修羅の巷と化す、

 其は正に地獄の有様なり哉。


 だが、世界を絶望が覆わんとしたその時、希望の光は現れたのだ。


 聖剣を佩び輝く鎧を纏いし勇者、

 壮絶なる闘いの果て魔王を滅ぼさん。


 ――斯くして『世界』は救われた。

 世界を救った勇者さまは、その後故郷に凱旋し、幸せな一生をおくりました。

 めでたし、めでたし。




 といった訳で、爾来『勇者の故郷』であるこの村には特権が与えられ、自治すら認められているのだ。

 勇者の一族についてはその直系が『御本家』を名乗り、村内では特別な存在として相応の敬意を払われている。

 そしてその当代が……眼前に居る気弱な少年、アレスという次第だ。

 彼は素質的には十分に相応しい、いやそれ以上のものを持つのだがどうにも気が弱いのが欠点なのだ。


 で、そんな特別な存在の現状は小者、が何故王様から呼び出されたかと言うと――



 アレス曰く、

「ええと、王様から『魔王が現れたからこれを討て』って言われた」


「魔王――? まさかいきなり魔王を討伐しろっていうの?!」

「……ってかホントに居たんだ、魔王」

「そりゃ伝説になってるぐらいだから本当にいるんでしょうけど――」

 冒険者姉さん組は騒々錚々と相談だか雑談を始める。


 アレス続いて、

「それで……仕度として『剣と金貨』を頂いたんだ。これがそう」


「…………」

 武器屋のジョンは剣を眺め回して複雑な表情をして、

 その他私達商店連合も金貨の枚数を見て渋い顔をせざるを得ない。



「……最後に『勇者の末裔の誇りを忘れず使命を果たせ』って言われた」

 アレスは不安と誇らしさがないまぜになったような微妙な貌をしていた。



(……おい、コレ王家の印章こそ打ってあるけど完全に『数打ちの普及品』だよ)

(鋳造りで……鉄はそこそこ良いヤツかね。相場は金貨二枚)

(っていうかこっちの『金貨三枚』ってのもありえなくないか?)

(仕度金なら『桁が』一つ二つ足りんよな)

(いくらなんでも無茶だろこれは……)

 さすがに本人が可哀想なので小声でひそひそと意見を交わす。



 つまりまとめると

・『魔王』――多分とっても強い――が出現したらしい。

・当代の『勇者』――気弱なアレス――がその討伐を命じられた。

・仕度として『鉄剣』――一応王家の印章付き、でも安物――を授けられた。

・ついでに『金貨三枚』――どう見てもはした金――も頂いた。

・勇者の『使命』――どう考えても命懸けです――について訓示を受けた。


 これは……どう考えてもあれ、だよな。

 困難な任務、僅かな報酬、精神的意義の強調……状況証拠としては充分だろう。

 奥底に在るらしき意図すら透けて見えるようで、いっそ天晴れですらある。

 ともあれ、『王国が』そのつもりならばこちらも覚悟を決めねばならないようだ。


 ――覚悟を決めよう、運命や状況と闘う覚悟を。




 ゆえに『当代勇者の幼馴染』である私は、


「心配いらない――アレスの旅は、村の皆で支えるから」


「――っ!」


 決意を口にすれば、その思いは実体を持ち始める。

 アレスの顔が紅潮して、唇が少し嬉しそうな形に歪んだ。

 その場に居る者達には緊張が走ったが、それでも逡巡の色は無く。


「任せて! アレスのことは――」

「あたしたちが守る、ぜったいに!」

「魔王だって倒してみせる、イチコロだよっ!」

 冒険者は声を合わせる。


「武器のことなら任せろ」

「道具はオレが、何とかするから」

「情報集めなら出来るかな……」

「え、えと……よくわかんないけどとにかく手伝うよ」

 商人は知恵を集める。


 或いはきっと、これが皆の心が一つになった美しい瞬間であろう。


 であれば次に必要なのは、確かな戦略と将来への先見。



「……とりあえず落ち着こう。まずは皆、自分の家に何か『使えそうなもの』がないか捜しておいてくれ。勇者の故郷なんだから在るだろ伝来の武具とか魔道具とか……」


 まず必要なのは方向性。



「取り敢えずうちは『コレ』を出すから。秘伝の呪文書だよ」


 大事な事は重要な局面では先んじて費用を出すこと、必要な負担を厭わないこと。


「――こっこれ! 『転移の魔法』じゃない、どうしてこんなものが?!」


 代々続く『勇者の村の土産物屋』には、こんな家宝が継承されていたのだ。



「それで、アレスはいきなり外に出ても魔物に殺されるだけだろうから、まずは村周辺で実戦経験を積んで欲しい。細かいことは――冒険者の姉さまたちに任せる」


 すなわち我が意を得たりとばかり冒険者の少女達が頷く。



「あとは商店街の皆でとにかく金稼ぎだね――冒険には資金が必要だから」


 一方で若い商人達の顔には苦笑が浮かんだ。

 何はともあれ今はただ、勇者と村の未来のため前に進むのみであろう。



      * * *



 冒険者のリーン姉さんが「まずは軽くもんであげる」とアレスを連れ出す。

 彼女は既にいっぱしの戦士として独り立ちしていて実力には定評がある。

 ここで少年の情けない視線がこちらに向くが敢えて無視した。まあ、その頑張れ。

 裏方の私達としてはそれよりも大事な『はかりごと』が沢山ある。


「それよりも宿屋、何か気になる情報は入ってないのか――」

「あ、いやこないだ行商人が言ってた動員準備とか食料の備蓄命令ってのがようやく合点が行ったよ。あれはそういう事だったんだね」


 成る程、王国も単に『博打』を打つだけではなかったらしい。

 仮に魔王出現――いや復活か、が真実だとして、いずれ魔物の軍勢が攻めて来ると予想されよう。

 そのような『将来の危機』に対して、『たかが勇者一人送り出してお終い』となるまでには王国も太平の夢に呆けてはいなかったようだ。

 その裏でしっかりと順当に『兵の動員準備や食料備蓄』を進めているのなら。


 だからこそ尚更、


 ――わたしたちの予想は、『やはり』間違ってはいなかったのだ。



 仮にも勇者の末裔に対してこのような酷薄とも言える対応、つまりこれは


 ――王国は、勇者を『捨て駒』にするつもりなのだ。



 万が一か億が一か、首尾良く魔王を討伐出来ればよし。そうでなくとも


 ――準備のための『時間』が稼げればそれで十分。


 そのぐらいの思惑なのだろう。



「……国としては正しいんだろうな、小を殺して大を生かす――まったく、政治としては完璧だ。間違ってない、全く間違っていない」


 でも、だからと言ってそれに従容と従わねばならぬ道理が、


 ――わたしたちには、在ろう筈も無いのだ。





「さて、そんなことよりブツについては揃ったのか? 直接役に立つ武器防具なんかがあると良いんだが……」


 私の一声にその場の空気が少し動く。あるものは誇らしげに、あるものは気弱に。



「へっへっ、そういうことならうちが一番だな! 見てくれ、これが有名な『マジンガの魔斧』だっ!」


 何というか、不気味で禍々しい造形の斧が出て来た。


「……それ、会心の当たりか外れしか無いとか言う呪いみてーな武器じゃねーか」


 無いよりはマシだが役に立つかは微妙なところだ。



「そんなのよりこっちはスゴいぜ。じゃーーん、『ぱいるばんかあ』とかいう伝説の武器だ! なんと! こんなにデカい杭を一発で打ち込めるんだぞ!」


 武器というよりは大道具とでもいうべき代物が披露される。


「……そんなもん何に使うんだよ。土手の修繕でもするつもりか?」


 至極真っ当なつっこみである。



「え、ええと……こんなのでゴメン。これ『プッスンの針』っていって威力は全然大した事無いんだけど急所に当てればどんな奴も一刺しで倒せるらしくて……その……」


 これ外見はパッとしないんだが……確か記憶が正しければ……


「だあああっっっ!! テメぇーー何でそんなもん持ってやがるっ! そいつはアサシン・ギルドが懸賞金かけてずーーっと捜してた超お宝だぞっ!」


 案の定武器屋がブチ切れた。

 困ったものだ、商人というのは常に冷静でなければならぬというのに。


「ええいそれこっちによこしやがれっ! 俺に任せりゃ金貨五百、いや千枚にしてやらぁーー!! (バーサークモード)」


 時にお宝とは、人の心を醜く変えるのであろうか。



「ご、ごめん、うちは……ほら零細の宿屋でこんなものしか無くて……ホントにごめん」

 宿屋の倅ハフマンがおずおずと差し出したのは、剣でも鎧でも無く一見貧相な……


「なんだこの巻紙……?」

「呪文書かい?」

「……いや、こ、これはひょっとして」






「えと、『世界地図』、ご先祖様たちが使った……」



 ……


 …………


 ………………


 アアアア嗚呼あぁぁぁぁぁぁぁぁァぁーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!


 何ィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!



 てめぇこの宿屋ーーーーーっっ! ハフマーーーーーーン! 何でてめぇがこんなもの持ってんだよこちとら『これ』は先代の頃からずぅーーーーーーーっっと捜してた最高のお宝なんだぞおいこら洒落になんねーぞ持ってるなら持ってると何で早く言わねーーんだ今までえれぇ時間と金無駄遣いしちまったじゃねーかよどうしてくれんだコラぁ!



 ――精神の均衡というものは、ふとした切っ掛けから崩れてしまうものです。



 畜生ちきしょう馬鹿にしやがって! 我が屋の長年の苦労が阿呆みたいじゃねーーーか何だよ世界地図って世界地図って!

 ハフマーーーン! お前幾ら『やの付く自営業』だからってこの世には許される事と許されない事があるんだよそんなことも分かんねーーのかーーーーーっっ


 ※やどやの倅 → やの付く自営業



 うおーーーーーーっっ!! (バーサークモード)




 ――こののち精神的再建を果たすのには多少の時間が必要でした。

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