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想い出は秋風に乗って~雪よしの~

作者: 日下部良介

『笑ホラ2017』企画に参加していただいた雪よしのさんへのギフト小説

 北海道の夏は短い。九月に入る頃から風は秋色に変わり始める。その短い夏を私は海沿いの小さな町で過ごしている。あの人の想い出と共に…。

 今日は朝から雨。夏の終わりを惜しむかのようにしとしとと雨が降っている。

 もう何年経ったかしら…。

「あの日もこんなふうに雨が降っていたわね」



 両親が離婚し、私は母に連れられて母の実家があるこの町にやって来た。夏には毎年訪れていたこの町は私にとって見知らぬ町ではなかった。

「久しぶり」

 そう声を掛けて来たのは近所に住む地元の少年だった。ここへ来る度にいつも一緒に遊んでくれた。私より二つ年上だった。

「大ちゃん!」

 恋心というにはあまりにも幼い。当時のそれはきっと憧れの様なものだったのかも知れない。私は1年ぶりの再開に胸が躍った。

「可愛いサンダルだね」

「今日、お母さんが買ってくれたの」

 私は買ってもらったばかりのサンダルを褒められて嬉しかった。


 私たちは早速遊びに行った。近くの海岸で貝殻を拾ったり砂でお城を作ったり。そうして遊んでいるうちに雨が降り始めた。私たちは浜辺の漁師小屋で雨宿りをすることにした。小屋に向かって走り始めた途端に私は砂浜に足を取られて片方のサンダルが脱げてしまった。サンダルはあっと言う間に波にさらわれて海の上を漂い始めた。

「俺が取って来てやるよ」

 大ちゃんはそう言って海に入って行った。雨が強くなり、波が荒れてきたところだった。大ちゃんは波にのまれてしまった。

「大ちゃん!」

 私は助けを呼ばなきゃと思い、一目散に母の実家へ戻った。

「あら、よしのちゃん。どうしたの?」

「大ちゃんが…」

 私は怖くなって、泣きだして、声が震えて、それでも伝えることを伝えた。

「そりゃ大変だ!」

 話を聞いた祖父や近所の人たちが大急ぎで海岸へ向かった。



 海辺の雑貨店でサンダルを見つけた。あの日、小さかった私が履いていたのと同じ色のサンダルを見つけた。私はそれを買ってはき替えた。はいていたヒールをぶら下げて海岸へ出た。雨が少し強くなってきた。

「風邪をひくよ」

 不意に私の前に傘が差し出された。

「大ちゃん…」



 幸いにも大ちゃんは沖へは流されず、海岸に打ち上げられていた。祖父たちが見つけた時、大ちゃんは気を失ってはいたけれど、呼吸も脈拍もしっかりしていたと言う。そして、そのまますぐに病院へ運ばれた。

 翌日、退院した大ちゃんが父親と共にやって来た。私の母と祖父母がしきりに頭を下げていた。

「気にすんな。大輔は男として当然のことをしただけだ」

 大ちゃんの父親が胸を張ってそう言った。

「ほら。取って来てやったぞ」

 大ちゃんが差し出したのは私が流したサンダルだった。



 私は高校を卒業すると札幌の大学へ進んだ。大ちゃんは中学を出てから父親の後を継いで漁師になった。


 差し出した傘を広げて大ちゃんが言った。

「よしの、この町は嫌いか?」

「ううん。好きだよ」

「そうか…。じゃあ、嫁に来ないか」


 厚い雲の隙間から日差しがさした。海からの風はもう秋の空気を運んで来ている。





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― 新着の感想 ―
[一言] さわやかな夏の恋物語、ありがとうございます。大ちゃんって、素朴な男の人ですね。タイプです(^◇^)
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