お姉ちゃんは反省せねばならないようです。
Ⅶ.
「わたしはもうそれはそれは一日千秋の思いでお姉さまと再会出来る時を待っていましたの。ログには無い場所。プログラムもシステムも働かず、未知の状態に陥って、不安と混乱に身を苛まれて。それでもエリスが一緒だったからなんとか耐えて、耐えて……。使徒の相手をすることになるわ、立ち寄った街はモンスターハウス化してるわ、モンスタースタンピードに巻き込まれるわ……。もういっそ闇落ちとか悪落ちとか、そういう風になってやろうかしらと思う時があっても、お姉さまとの再会だけを希望にして……それが……それがっ、そ・れ・がっ!」
空中正面衝突という、セラフィムもちょっと予想していなかった再会方法に面食らうも、そこはそれ。お姉ちゃんの意地と矜持でチャージングしてきた妹二人を、少なくないダメージを負いながらもなんとかキャッチし、妹たちに被害が及ばないように自分を下にして背中から着地。追加ダメージに一瞬息が出来なくなるも、気合いで持ち直し、妹二人の無事を確認。ほっと安堵したものの、ゆらりと立ち上がったケレスに「正座」と短く命じられ。
「なんなんなのよこの再会は!? わたしは感動的な再会になると思ってたのに! したかったのに! 頑張ったことを一杯お話しして、頭撫でて貰って、頑張ったご褒美にエリスと一緒にお姉さまのはじめてを貰う予定だったのに! なによこれ! なんでこんな事故みたいな……あああああ、もうっ、もうっ!」
その据わった目付きには素直に大人しく従う以外の選択肢などあるはずもなく。セラフィムはケレスからお説教されていた。お姉ちゃんの矜持? ないない。
そのケレスも言いながらヒートアップしたようで、お説教から恨み節、欲望垂れ流し、ヒステリーからの地団駄と移行していった。
「だいたいお姉さまっ!」
「はいっ!」
びしぃっ、とケレスに人差し指を突きつけられ、セラフィムは反射的に背筋を伸ばした。
「お姉さまは今わたしに怒られているのよ! ちゃんと反省して猛省しなければいけないの! それなのに、それなのにぃ……っ、なんでエリスに膝枕なんてしているの! 贔屓だわ! そもそもエリスが暴走して【フレアブラスター】ジェット飛行なんてすっとんきょうなことをしなければこんなことにならなかったのに! 加害者を甘やかして被害者を蔑ろにするなんてあんまりなのだわ!」
「ええー……、いや、ほら、だってエリス気絶しちゃってるし、瓦礫の上に寝かしておくのはちょっと……」
「それならばわたしも平等に膝枕すべきなの! ずるいずるいずーるーいーっ!」
「お、おう。じゃあ、ほら、ケレスもおいで?」
「今はそんなことをしている場合じゃあないの! わたしは怒ってるのよ!」
「……えー。お姉ちゃんもう、どうすれば良いのかわからんよ…………」
興奮冷めやらぬ様子のケレスは、もう自分がなにを言ってるのかすらわかっていないのか、言を二転三転、七転八倒、行ったり来たりさせながら、その後も暫く説教なんだか愚痴なんだかよくわからないことを叫び倒し。
そろそろ脚が痺れてきたセラフィムが、反省の証しとしてお願いを一つなんでも聞く、という条件でケレスを宥めるまで続いたのだった。
いい加減日も完全に沈みきり、夜の帳が降りた廃都はさながらゴーストタウンの様相だった。しかも今は、妹たちの使った魔法で焼き殺された死体やら、セラフィムのこしらえた惨殺死体やら、それらがセラフィムの使ったスキルであちこちに散らばったりしてるわ……。なかなかどうして酷い有り様だった。
空気を読んだのか、一段落した頃にランディルとエリナの二人も三人に合流した。
この頃にはいい加減エリスも目覚めており、ケレスがやけに上機嫌なことに首を傾げるも、お姉さまと再会できて嬉しいのね、と納得してニコニコしていた。
「よろしいですかな? セラフィム殿、そちらが例の――」
「はい。私の最愛の可愛い妹たち、エリスと」
ランディルの問うような言葉に、セラフィムは笑顔で二人の妹たちの肩を抱いて。
まずは、ピンクブロンドをアシンメトリーのツーサイドアップにし、瞳の色が左右で琥珀色と朱色の愛らしい雰囲気の女の子――エリスを紹介し。
「ケレスです」
次いで、同じピンクブロンドをふわっとしたセミショートに、瞳の色が左右で朱色と琥珀色の、どこか大人びた雰囲気の女の子――ケレスを紹介した。
「どうです? 最高にかわいいでしょう? 私の自慢の妹たちなんです。もう目にいれても痛ないくらいっ!」
ぎゅう、と抱き締めるセラフィムにエリスは「きゃー」と嬉しそうにしているが、ケレスの瞳がまたもやセラフィムを疑うような剣呑な光を放っていた。
そのことに気付いたセラフィムがどうしたのかと問う。
「……まさかお姉さま。こちらの方々とパーティ組んで冒険していたから時間がかかったとか、言わないわよね?」
「うぇ!? ないないない! なに言ってるのさ、ケレスってば私のことそんな風に思ってるの!? ひどいっ、お姉ちゃんは悲しいよ!」
「だって、基本的にぼっちのソリストであるお姉さまが他の方と親しくしているとか、違和感が……」
「いやいや、そりゃ確かに二人と一緒に居る時はそうだけどさ、それはシステム的にどうしようもないじゃないの」
『スペクトラム』ではNPCであるファミリアとパーティを組むことは当然可能だが、二人以上のNPCを同行させる場合は特殊なクエストを除き、他のプレイヤーとパーティを組めない仕様になっていた。二人のファミリアを持つセラフィムは、それ故当然のように二人と一緒であるときはセラフィム、ケレス、エリスの三人のみのパーティであり、ケレスはそのことをぼっちだからだと解釈していた。
そんな風に思われていたなど、セラフィムとして晴天の霹靂ちっくなひどい誤解だった。
「けれどお姉さま。お姉さまの居たギルドって、基本的にソロプレイヤーの溜まり場だったよね」
「うぐぅ……」
反対方向から発せられた鋭いツッコミに、セラフィムは返答に窮した。
「やっぱり孤高のソリスト……」
「違うから! あのギルドはほら、多人数でつるむのは煩わしいけど、レイドにはガッツリ挑みたいっていう奴等の集まりでね? 基本的にイベントにさえきちんと参加すれば他にルールもなかったから楽で……。あ、ほら! だいたい私がぼっち拗らせてるなら、そもそも初対面の人とパーティ組めるわけないじゃんさ!」
「……言われてみれば」
「たしかに……」
セラフィムの必死で渾身の弁明が奏功し、不名誉な認識を妹たちに持たれるのは回避できたようだった。
「それよりもほら! 二人ともきちんと挨拶くらいしようよ。この二人は迷子の私を救ってくれた恩人なんだから! お姉ちゃんはきちんと行儀よく出来る子が大好きですよ」
セラフィムは強引に妹たちをズイと押し出した。
当初の印象とは異なりやたらとテンションの高いセラフィムに困惑していた風だったランディルとエリナだったが、巷で噂の幼魔王と対面したことによる緊張感からか姿勢を正した。
とつぜん身構えるような雰囲気になった二人の男女に、エリスとケレスは首をかしげるも、些細な問題とすぐに疑問を放り捨て自己紹介を始める。
「はじめまして、ミスタ、ミス。お姉さまがお世話になったようで、感謝いたします。わたしはお姉さまの妹、ケレスエリス。以後お見知りおきを」
「はじめまして、おにいさん、おねえさん。あたしはエリスケレス! よろしくねっ!」
揃いのゴスロリ調の服を装う二人。ケレスは上品にカーテシーで挨拶をし、エリスはスカートの前で手を会わせてぺこーとお辞儀をしての挨拶だ。
そんな魔王という異名には似合わぬ見た目相応の態度と様子に戸惑う、ランディルとエリナ。
先に我に帰ったのはランディルだった。
「これはご丁寧に。自分はランディルと申します。お二人の姉君、セラフィム殿には危ないところを救って頂きまして。むしろお世話になったのは我々の方なのですよ」
ランディルは胸に手を当ててそう返した。その仕草はいやに様になっており、まるで騎士や執事などを思わせる。
「……エリナよ。ねぇ、聞いても良いかしら?」
一方でエリナは未だ若干の緊張感を漂わせながらも、すっと目を細めて問いを切り出した。
短く無愛想な名乗りと、直後の問いかけにケレスは眉をひそめ、エリスはコテンと首をかしげる。二人がセラフィムへと目配せするも、セラフィムにも思い当たる節はない様子。
「ええ、よろしくてよ。答えられるかはわからないけれど」
代表してケレスが応えると、エリナはゴクリと生唾を飲み込んでから改めて口を開く。
「あなたたちは、どうしてこの街を壊滅させたの?」
最高にかわいい挿し絵を 瑠紺様 より頂き、使用させてもらいました。
テンション上がるぜ!