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姉と敵と妹とグッダグダ

Ⅵ.


 セラフィムの魔眼・蒼――透視千里眼が視界に収めたのは尋常の軍隊ではなく。

『閃律のスペクトラム』に於けるエネミーの中でも通常のカテゴリーの枠に収まらない存在の郡れだった。

 それを最も簡単に表す言葉は“天使”だろう。だが、『スペクトラム』に於いては少し異なる。


『使徒』。


 それがセラフィムの視界の先で群れを成すものたちの、モンスターとは異なる分類として存在する高位エネミーの名称だ。

 使徒はグランドクエスト終盤と、高難度以上のイベントクエストにのみ登場する存在である。

 その特性は強力だ。

 光属性を主として幾つもの属性を備えているため属性による有利が取れず、最高レベル以下のデバフ、状態異常を無効化し、ある条件下では常時持続回復が働く。これが共通する基本性能であり、偽ディオニュシオスに倣った位階の中位以上の存在はさらなる個性を有している。


妹たち(あの娘たち)のレベルは二百オーバー。とは言え、レベル差はアレには当てにならない)


 強力な種族特性の幾らかを有する半吸血鬼とは言え、弱点属性である光は致命的だ。ましてや相手は高難度以上の敵である。レベル差などあってないようなものである。

 そうでなくとも、強力な敵――モンスターだろうがなんだろうが――と妹たちだけを戦わせるなどセラフィムにとって看過できることではない。信用している、していないの話とは別に、もっと感情的な次元の話として心配過ぎて気が狂いそうになるのだ。

 だから、セラフィムが放ったのは少数を確殺するようなスキルではなく、一先ずの牽制としての効果に優れ対多戦闘に適したものだった。飛距離と有効射程レンジが広大なスキル――ガングニール・ロアは雷撃そのものよりも、着弾時の衝撃波による無差別ダメージと強力なノックバック効果こそが本命の対軍スキルである。雷撃も雷音も雷光も、それらによる状態異常も副次効果的な意味しかない。

 それでも、レベルカンストプレイヤーの一撃としてならば、最下級の使徒であるエンゼリオンには副次効果ですら十分に有効であることを、セラフィムは経験として知っている。

 先の一撃でエンゼリオンの幾らかは無力化出来ただろう。そして、そうでなくとも奴等が魔王なんて呼ぶ妹たちと、今まさにその脅威を知らしめた自分による挟撃を意識するはず。そう考えながらセラフィムは駆ける脚を止めない。途中で効果時間の切れかけたルーンのバフを再施行し、速度を維持する。


(ここは現実だ。ゲームじゃない。ならばお前らにも意思があるはず。お前たちは知っているでしょう? 自分達に効果を及ぼすデバフを仕掛けることができる強者が、どれだけの脅威か。さぁ、どう出る? 『エクスシアン』)


 セラフィムの魔眼は、使徒の郡体の指揮者である中級下位の使徒、エクスシアンを視界に収めていた。

 確かに光属性は妹たちには脅威だ。けれど、セラフィムには逆に効果が薄い。ましてや幾ら強力なエネミーと言えど中級下位程度ならばセラフィムが負ける道理はない。ハイエンドプレイヤーは伊達ではないのだ。何より、姉妹が揃ったときのシナジーをセラフィム自身がよく理解している。

 故に。駆ける脚を一切緩めることすらせず、セラフィムは新たな武器をコールする。

 腕輪が輝き、セラフィムの両手には翠緑色に艷めく一対の片手剣が握られていた。

 撤退するならば良し。そうでなければ、妹たちに害を成そうとした落とし前を、その命でつけさせる。

 セラフィムは強くそう意識して。

 接敵した。

 片手剣の刃圏に入ったエンゼリオンをすれ違い様に切り裂きながら、脚を止めることなく駆ける。

 突き出される剣の下を潜り、顎下から切り上げ。

 振り抜かれた剣を自らの左の片手剣でパーリング、右の片手剣で首をはねる。

 降り下ろされた剣よりも速く、その腕を諸共に切り飛ばす。

 強力な使徒とは言え、下級下位のエンゼリオンはレベルカンストプレイヤーには十把一絡げの雑兵と変わらない。

 そうやって踊るように、あるいは獣道を切り拓くが如き容易さで進撃を続け。

 気付いた時には、既に残存エネミーは居なくなっていた。


「……逃げた?」


 ようやく脚を止め、汗の一つもかくことなく呟くセラフィム。

 呟きに応える声が響いた。


「そう、逃げさせて頂くとも。流石にプレイヤー三人の相手は我には辛い。雪辱はいずれ灌がせてもらう故、覚えておきたまえ」


 虚空に反響し残響する声は、どこから発せられているのかが容易にはわからない。

 透視千里眼を持つセラフィムであっても、出所を探すのは難しかった。

 引き際は見事と言わざるを得ない。痕跡を残さず言うだけ言ってさっさと気配を完全に絶った敵に、セラフィムは内心で苦虫を噛むような思いを味わう。

 出来ることならば、この場でサクッと落とし前をつけさせたかったのである。


「ふん、チープな捨て台詞」


 セラフィムは吐き捨てるようにそんな言葉を落とすと、視線を廃城に向けた。

 スキルを使わなくてもわかる。

 居る。妹たちが。体感時間では数時間程度でしか無い筈なのに、それでもとんでもなく長い時間を離れ離れになっていたような気がして。


「はぁはぁ、ふぅ。ようやく追い付きましたぞ――ってなんですかなこの気味の悪い人形の残骸は――ってセラフィムどのぉぉぉおおお!?」

「……うっわ、気色わるっ。ってか、よく見たら王国兵の死体まであるじゃない。なにこれ、ゴーレムとの戦闘でもあったの? それともあの娘のさっきのスキル? それにしてはどれも斬られた傷、よね……。 なんか手足が変な方に向いてるのもあるけど」


 おいてけぼりを食らい、今ようやくセラフィムに追い付いたランディルとエリナの二人。セラフィムの施したルーンの効果が切れたからか、ランディルは汗を流し息も絶え絶えといった様子だ。一方でエリナの方は軽装であったことが幸いしてかケロっとしている。

 そんな二人も辺りに散らばるエンゼリオンの死骸に気付くと嫌悪感をしめしていた。エリナだけは直後に場の違和感へと意識を取られていたが。

 そんなことには一切構うことなく、セラフィムは妹たちが居る廃城へとまたもや爆走。当然、意識の外側に置かれたランディルとエリナはおいてけぼりである。

 セラフィムは辺りに散らばる死体とか残骸とか、そういう障害物を避けるのももどかしいと手早くエフワズのルーンを刻み、跳ぶように翔ていく。

 その向こうからは、セラフィムが求めてやまない妹たち二人が飛んできていて。


(……おや?)

「きゃーっ! ちょっとエリス待って待ちなさい! ダメよ! これはダメよ! この状態もダメだけど、その魔法はそう使うものじゃあ――」

「おねぇぇぇざまぁあああああああ!」


 近づくにつれ、セラフィムは何かがおかしいと気付き始める。

 ぴょーん、ぴょーんと翔るセラフィムの向こうから、ピンクブロンドの二人が文字通りの意味で飛んできていたのだ。見間違いでなければ、長杖の先からジェット噴射か何かのように砲撃系の魔法を放ちながら。しかも魔眼を使うまでもなくよく見れば、一人が長杖の上にどこかの武道の達人のように立ち乗りしている一方で、もう一人は腕をホールドされて宙ぶらりん。

 そんな感動的な再会とは言い難い状態のまま、


 どーんっ☆


 三人は空中で激突し、もつれ合いながら墜落していった。

 

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