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妹たちは戦うようです。

Ⅳ.



 VRMMORPG『閃律のスペクトラム』には普遍的な人間種、ヒューマンの他に多種多様な種族が存在した。

 特徴が無い代わりに癖のないヒューマン。

 魔法関連のステートが低い代わりにスタミナや筋力値に優れた獣人種、ビースト。

 魔法関連のステートが高い代わりに筋力値や耐久値に難のある精霊種、エルフ。

 敏捷値が低く、幾つかの魔法適正を持たない代わりに耐久値が非常に優れ、生産職にボーナスの付く鍛地精、ドワーフ。

 翼を有し、唯一極短時間の飛行アビリティを有している代わりに、筋力値と耐久値に劣る有翼種、アンジュ。

 全能力で他種族より秀でる代わりに、幾つかのアイテムにペナルティが付与され、レベルアップに必要となる経験値が二倍を要する魔人種、ヴィーヴィル。

 これら六種がプレイアブル種族として設定されているが、存在する種族を細分化した場合さらに多岐に渡る。

 そして、ファミリアが選択できる種族もまた設定されており、それらはプレイヤーが選択できるものよりも多い。

 セラフィムが選択した妹たちの種族は半吸血鬼ダンピール。大別としては魔人種に属するため強力だが、一方でハーフであるために魔人種程に顕著なボーナスやペナルティは少ない。

 だが、それでも種族特性とも言えるペナルティは確かに存在しているのだ。それはもはや弱点とも言えるかもしれない。


 

 だからこそ、セラフィムはそれを、それらを目にした瞬間。

 ランディルたちに合わせてセーブしていた能力を解放、全力でもってその郡体、否、軍隊へと突撃を慣行した。


解放リリース


 セラフィムはぶれる景色の中にあって、一歩目で距離を潰し、二歩目で武器を――白光する長槍をコールし、三歩目で振りかぶり、


「『其は慟哭、其は極光。天よりの裁きにして剣。いななすさべ』【ガングニール・ロア】!」


 四歩目で早口に口訣を詠い上げ、五歩目でコールと共に槍を投擲した。

 放たれた長槍はセラフィムの助走と膂力も合間って、戦神の槍という銘を与えられたスキルの名に恥じぬ威力を解き放つ。

 音を超え、光の速さへ至る投槍は狙い過たず。

 ――霹雷を轟かせた。



 ――時を少し遡る。

 

 廃城の一室で愛しいお姉さまの到着を今や遅しと待ち続けるケレスとエリスの二人。

 当初こそ、自分たちから出向くべきだと主張したケレスだったが、エリスがこれを反対。


「えっとね、お姉さまと行き違いになるかも」


 そう言うエリスの琥珀色の瞳が淡い光を放っていることに気付いたケレスは、エリスのその言葉に特に反論するでもなく「そう。なら仕方がないわね」とあっさりと言を翻した。

『スペクトラム』に於いて視ることで発動するスキル郡――魔眼。色によって効果が代わり、最大で二つしか取得できないこのスキルは利便性が高い。

 エリスの備えている魔眼・薄黄はくおうは自身の幸運値によって望む結果を視ることが叶うという未来視めいたスキルだ。

 それを知っているケレスにとって、エリスのスキルによる信頼度は高い。自分の主張とエリスの視たものが異なる場合はエリスを採る。それはもはや当たり前のことだった。そもそもこの廃都に未だ滞在を続けているのも、エリスの言あってのことである。

 とは言え。だからと言ってじっとして待つなど出来る筈もなく。

 ケレスは立ったり座ったり。立ったら立ったで部屋の中をウロウロ歩き回ったり。

 そんなケレスの落ち着きのない様子に、エリスがイラッとするのもさもありなん。。


「もーっ、ケレス鬱陶しい!」

「う、鬱陶しい!? 貴女言うに事欠いてなんてことを!」

「だってウロウロ、ウロウロ……。大人しく待っていれば良いじゃない!」

「待ちきれないの! 待ち遠しいの! じっとしていられないの! わかるでしょう?」

「わかるけど、あたしは大人しく待ててるもん!」

「どこがよ! さっきから髪をほどいては結びほどいては結び……。ああもうほら、せっかくの可愛い髪型が台無しだわ! こっちに来なさい、やったげるから」

「むぅ……」


 口論からなぜか身だしなみについて移行し。

 ケレスが椅子をひいて指差せば、エリスも頬を膨らませながら大人しく従った。

 エリスの後ろに回ったケレスは結んであるリボンをほどくと、手櫛で優しく髪をすき、ブラシを通す。二度、三度と往復していると、エリスが不意に笑みをこぼした。


「どうしたの?」

「んー? なんでもなーい」


 エリスの長い髪を整えたケレスは、次いでほどいたリボンで髪を縛っていく。

 ケレスはエリスの長い髪が好きだった。別に自分の癖っ毛が嫌いなわけじゃない。これはこれで可愛いし、お姉さまのデザインにケチを付ける気はない。

 それはそれとして、やはり女の子であるからか、長い髪にちょっとだけ憧憬を抱いたりしたこともあって。


「はい。出来たわよ。まったく、自分でちゃんと結べないんだから、無闇にほどかないように」

「はーい。……えへへ」


 腰に手を当てて注意してくるケレスに間延びした返事を返して、エリスは結んでもらったアシンメトリーのツーサイドアップを触ってはにかむように笑う。

 面と向かって言うことはないが、エリスはケレスをもう一人のお姉ちゃんだと思っている。最愛の姉はお姉さまだけど、大好きなお姉ちゃんはケレスなのだ。

 そんな大好きなケレスに構ってもらえるのが、エリスはすごく嬉しくて、やっぱり大好きなのだ。


「突然笑って……どうかしたのかしら?」

「んーとぉ、ひみつ!」


 待ち遠しい待ち時間。早く時間が過ぎて、早くお姉さまに逢いたい。

 そんな風に思う二人の時間は和やかで、緩やかに針を進めている。

 しかし、それを邪魔するような嫌な気配を二人は同時に感じた。


「ケレス……」

「はぁ。まったく、無粋で、愚かね」

「また、なのかな?」

「ええ、でしょうね。自業自得だと言うのに、懲りないこと」


 言いながら二人は部屋を出て、物見搭として使われていたらしい尖塔へと脚を進める。

 煉瓦張りの床を歩く二人のブーツの音だけが響く。

 歩く二人の手にはいつの間にかそれぞれ杖が握られていた。

 エリスの手には七色の水晶を頂くヤドリギの長杖が。

 ケレスの手には幾何学的な紋様が刻まれた蒼銀に煌めく短杖が。


「こういう時、純血だと斥候を飛ばせて楽なのだけれど……」

「ケレスは半吸血鬼ダンピールであることが不満なの?」

「まさか。隣の芝生を青く見て、無いものをねだってみただけよ。人間のようにね」


 エリスの問いに、ケレスはバカにしたような酷薄な笑みを浮かべて応える。

 尖塔の頂きに辿り着いた二人は、嫌な気配のする方向を眺めた。

 遠く、元は都市の街門があった辺り。そこにあったのは、鈍い銀色の粒できて板だった。そう形容したくなるような、人の群れ。郡体、否、軍隊。

 揃いの銀製の鎧と武器に身を包んだ、明らかに、あからさまに対吸血鬼を意識したものだと容易に理解できた。それは双子の姉妹であっても同様だ。


「前より多い……?」

「本当にね。いったい何処からあれだけ徴兵しているのかしら。……あれが本当に全て人間なら、ね」

「どうしよっか」

「そうねぇ……。エリス、お姉さまのことは視える?」

「んー……ダメ。視えない」


 エリスの魔眼は強力だし便利だが、発動条件が厳しいものだ。正否を幸運値の参照によって左右するというファジーさに加え、視たいものを視ることが出来る反面、そうでないもの、意識しないものへの精度がすこぶる悪い。

 そのことを知っているだけに、問うたエリスは特に落胆するでもなく「そう」と素っ気なく返すに止める。


「とりあえずいつも通りに対処しましょう。モンスターが化けてるものは全て殺して、人は程々に。血を吸えば一時的にでも眷属に出来るけど、」

「ダメー! はじめてはお姉さまって決めたじゃないっ!」

「わかってるわよ。わたしだって有象無象の血なんて飲みたくないし、はじめてはお姉さまがいいもの」


 頬を若干赤らめて、そんなことを言い合う二人。

 眼下では隊列を整え、準備が完了したのかピリピリとした緊張感が伝わってくる。


「エリス、障壁の準備をお願い。先手はあげましょう。その方が正当防衛の言い訳にもなるし、上手くいけば幾らかは戦意を削げるでしょう」

「うんっ。いつも通りだね」


 しゃんっ、と水晶を鳴らしてエリスが長杖を構えた。


「ああ、けれど無理は禁物よ。わたしたちは本調子ではないのだから」

「わかってるー! もう、ケレスは心配性だなぁ」


 そんな軽口を交わす先では、複数人による複合術式らしき巨大な魔法陣が展開されていた。

 複雑精緻で乱れのない魔法陣の出来映えに、ケレスは敵が精鋭を揃えたようだと舌打ちした。

 その感想はエリスも同様なようで、普段の明るい表情を引き締めている。


「裁きを受けよ、幼魔王! これこそが貴様らを祓う聖なる輝きである!」

「「「【裁光十字聖罰ヘヴンズクロスバニッシュメント】!!」」」


 拡声魔法でも使っているのか、離れた距離にいる双子にまでその厳めしい声は十二分に聞こえ。

 それに倍する迫力と圧を伴って、その複合魔法の名前は聞こえた。

 対象種族を限定した魔法は、対象外にはまったく害も効果も及ばない反面、対象となる存在には絶大な効果を及ばす。ましてやそれが弱点ともなる抗体値の低い属性であれば、その威力は倍では利かない。

 故にこそ、一も二もなくエリスは持ちうる札の中でも最強のものの一つを切らざるを得なかった。


「【星山羊の絶防プロテクション・アマルティア】!」


 発動は双方同時だった。

 白の極光と金色の極光が激突する。

 それは数秒だったのか。数分だったのか。

 永劫続くかのような錯覚を抱かずにおれなかった、目を焼く強烈無比な光と光の激突は唐突に雲散霧消する。

 まるで先の出来事が嘘だったかのように、何も変わらず全てはそのまま。

 衝撃波の一つも、風の一つも生むことなく。溶けるように。融けるように。ただ激突し、解けたのである。

 それを理解した軍隊から動揺と驚愕と、絶望が伝播する。

 

「あ、危なかったぁ」

「……まさかあんなものを用意してくるなんて、ちょっと、侮りが過ぎたかしら」

「ケ、ケレスは全然平気そうだね。あたしなんて今でもドキドキしてるのに」

「あら、当然じゃない」


 軍隊の様子など然して気にもしていない風に話すケレス。エリスの方はへなへなと女の子座りに座り込んで、胸に手を当てている有り様だ。

 そんなエリスの様子に苦笑しつつ、ケレスは何でもないように応える。


「エリスならあの程度防げて当然だもの。愛しいお姉さまの双子姉妹、守護のエリスには造作もないでしょう?」


 守る本人がドキドキ、バクバクの事態だったのにも関わらず、守られる側のケレスはそんな風に言い切ったのだ。失敗したら、防げなかったら死んでもおかしくないような攻撃にさらされて。それでも、エリスなら出来て当然。疑う余地も不安になる理由もないと。

 そんなケレスの言葉に、エリスはポカンとした表情をしたあと。

 無性に嬉しくて、うれしくて。顔を俯けたのも一瞬、すぐに顔を上げて立ち上がり普段の明るい笑顔をを浮かべた。


「とーぜんっ! それで、攻勢のケレスはどうするの?」

「決まってるじゃない。お礼を返すのは当然でなくて?」

「どんな風に?」

「もちろん、苛烈にして激烈に、ですわ」


 言いながら短杖を掲げたケレスは朗々と詠い上げる。


「『我は薪をくべるもの。

 暖かな光、恵みを絶やさぬよういと願うもの。

 されど汝がもたらすは恵みばかりにあらず。

 幸いを。

 災いを。

 すべてのものは汝の支配をいと喜びたるたるべし』」


 たっぷりと、充分な時間をもって紡がれた詠唱に従い、上空に凶悪な熱と光を伴うモノが生まれる。

 それは、既に沈もうかとしている太陽に取って変わり辺りを照らす、もう一つの小型の太陽だ。

 詠唱の間にも幾つもの魔法が軍隊より放たれている。それは再度の時を稼ぐためか。あるいは幼魔王と彼らが呼ぶものの魔法を妨害するためか。まさか倒すためなのか。

 いずれにしろそれらが届くことはない。

 詠唱の完成を阻めるものはいない。否、阻むことは許されない。

 何故なら守ることに長けたものが、絶対の信頼を得て守護しているのだから。

 火線が飛び、矢が舞い、氷弾が躍り、風刃が閃く。

 だがどれも意味はない。爪の先程の意味すら成せない。

 故に、絶対の必然性でもって魔法は完成する。


「【真炎爆裂塵フォウマルハウト・ノヴァ】」


 太陽が、爆発した。


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