お仕事開始。挫かれる出鼻。
ⅩⅩ.
レギオンとは、謂わばモンスターの退治、討伐屋である。
要請に応じてモンスターを狩るのは勿論、基本的に絶滅という概念を有しないモンスターを定期的に殲滅し、溢れかえってモンスタースタンピード等が発生しないように努めるのが主な仕事だ。
その他にも、時たま現出する大型モンスターの討伐遠征や、行商人等の人の行き来の際に用心棒やボディガードとして随伴したりもする。
そんなレギオンに於ける評価制度は至極単純だ。実績を積み実力を示せば良い。
己の情報をも実力として提示するか、秘匿するかは自由であるが、そこに在るのはひたすらに実力至上主義のみである。
なので、ランクだとか等級だとかの余計なモノはない。レギオンに所属する戦闘者――リベリオンは各自の自己責任でモンスターを討伐すれば良い。己の実力を客観的に視れず、分不相応な大物を相手取るような間抜けは必要ない。そういう目利きもまた実力の内である。
ではレギオンに勤める職員の主な業務は何か。
これは依頼者とリベリオンの仲介だったり、リベリオンが討伐したモンスターの討伐証明部位の検分や、モンスター討伐によって入手した肉や革、牙や角といった素材部位の買い取り等を行っている。また他のレギオンとの情報共有等、個人で行うには煩雑で難しい面をも受け持っている。縁の下の力持ちと言えるだろう。
そんな風に簡単な説明を受けたセラフィムたちは、それがゲームと大して変わっていないことに安堵した。ゲームと現実の差異は、討伐証明部位というものがないと討伐実績が加算されないという点くらいだろうか。
ゲームでは自動でカウントされていたが、そこはそれ。現実では相応に必要となる手間である。
そうしてセラフィムたち一行がやって来たのは街道から外れ、切り立った崖や急勾配の多い場所だ。山間部に存在するワラキア領では、街道は勿論のことこういう場所にも注意を向けないといけない。こんな場所にモンスターのコロニーでも出来ようものなら、モンスターには有利で人には不利な場所での戦闘を強いられ、最悪の場合、一方的やられかねない。
とは言え、そこは二百レベルオーバーのセラフィムとその妹たち。ゲーム時にはほぼ全てのマップを踏破したと言っても過言ではない程度には戦い慣れている。一つ間違えれば足を踏み外し、転落死しても不思議ではないような場所でも問題なく戦闘行為可能だったりする。
とは言え。
「アイシクルバインド、アトラクション・フローズドプリズン」
「レイ・オブ・レイン、コンセトレーション」
「……ひどい手抜きを見た」
さぁ戦闘だ! と息込んだセラフィムだったが、取り敢えずの狩り場に到着するや否や妹たちが迅速に行ったコンビネーションという名の作業に気勢をゴソッと削がれてしまう。
まずエリスが氷属性の中位束縛系魔法で散見される周囲のロックワーム(固い岩盤を掘り進むデカいミミズ)やゴーレム類、ウルフ系やトカゲ類(全長二メートルから)を纏めて絡め取り、それらを氷属性上位の大規模集中拘束魔法で一ヶ所に集め、それらに向けてケレスが無属性上位の、魔力をレーザーとして乱れ打つ魔法を集束してブッ放す。暫く集中放射すれば、既にそこにはモンスターは跡形も無い。
これは戦闘ではない。効率的に機械的に行われる殺戮機構だ!
セラフィムはそんなことを思った。
「お姉さま、こんな百レベルに届くかどうかというよう雑魚をプチプチ潰すのはナンセンスだわ。ちっとも優雅じゃないし、面倒よ。パパっと片付ける方法があるのなら躊躇わずに行うべきでしょう?」
「あたし、お仕事早く終わらせて遊びたいっ!」
なんて自分に正直な娘たちなんだろうか。欠片も自分たちが間違ってはいないと確信しているようだ。悪びれる様子もなく堂々と言ってのけた妹たちに戦慄を隠せないセラフィム。これがゲームなら狩り場荒らしとして他のプレイヤーから総叩きにあっても文句を言えないような暴挙だと理解しているのだろうか。してないんだろうなぁ……。それはそれとして言わなくてはならないだろう。
「いや、跡形すら無くしてどうするのさ。討伐証明部位も綺麗に無くなってるんですけども」
「「あ」」
やっべ。妹たちは、さすが双子、と言いたくなるような同じ表情、同じ呟きを漏らした。ざっと二十体は居たであろうモンスターは死体すら消失している。つまり、出だしからただ働きである。
「……はぁ。二人からは二セラフィムポイントマイナスです。以降はきちんと考えて行動しましょう」
「うう……は~い」
「仕方ないわね。――……ん? ちょっと待ってお姉さま。それじゃあわたしはポイントがゼロどころかマイナスってこと!?」
無慈悲なセラフィムの宣告にケレスが悲壮感を露に訴えるが。
「さぁ、気を取り直して次行ってみよう!」
思わず口を吐いたけれどやぶ蛇は御免、とセラフィムは聞こえないふりをした。
その国にも寄るが、基本的に山岳部はトカゲやウルフ、コボルド、ゴーレム等のモンスターの生息地だ。そこへ、国や時期によってワイバーンや巨人族などの中~高位のモンスターが現出するようになる。他にも幾つかの種別のモンスターが現れたりもするが、ベターなのはこれらである。少なくともゲームではそうだった。
しかしそれはあくまでもゲームの話。ある程度はゲームと同じ点もあるが、それはそれとしてゲームと現実は違うということなのだろう。
「なんでこんな所にデュラハン・ドラグーンが!?」
トカゲやゴーレムなんかを丁寧に討伐していたセラフィムたちの頭上から、急襲するように現れたのは前肢が翼になっている竜の亜種、ワイバーンに跨がった首なし騎士だった。
騎乗しているデュラハン自体は別に珍しいものではない。首なし騎士という名の通りデュラハンのバリエーションは多種多様である。
セラフィムが驚いたのはそこではなく、デュラハンの種別はアンデッドであり、アンデッドは基本的に沼地や墓所、ダンジョン等でのみエンカウントするモンスターだ。間違っても昼間の山岳部に出てくるようなモンスターではない。しかも、亜種とは言え竜に騎乗しているデュラハンのレベル百五十以上であり、フィールド上に出てくる筈がない存在だ。
とは言え、驚いてばかりも居られない。セラフィムたちにとってはどうと言うこともない雑魚モンスターとは言え、ランディルが言っていたことを信じるのならばレギオンの支部長がようやく百五十レベルなのである。であるならば、これはこの世界の住人には手に余るような怪物ということに他ならない。
「エリス、ケレス。こいつはここで確実に仕留めるよ。エリスは常にあいつの行動を阻害し続けて逃げないようにして、ケレスは確殺可能な魔法の詠唱準備!」
「任せて!」
「了解よ」
簡単な指示を出したセラフィムは妹たちの応答を聞くや、瞬時にルーンを刻み己に速力、跳躍力向上のバフを施し、リングからコールした刀身に歪な窪みのある長剣を構えて跳躍、ワイバーンの首を叩き切るべく振り降ろした。
しかしそう都合よくはいかない。デュラハンが手にしたランスでセラフィムの一撃を見事に防いで見せたのだ。
「ちょ、嘘でしょ」
その有り得ざる事態にセラフィムは思わず呟く。
二五五レベルの前衛職であるセラフィムの一撃を、百レベル程は下のレベルのデュラハンが防ぐ。これははっきりと異常事態だ。幾らモンスターはプレイヤーよりもレベルに対してステータスが高いとは言え、五十以上のレベル差を覆せる程のものではない。通常ならばデュラハンのランスは弾かれるか、そうでなければ打ち負け、その衝撃で墜落でもしないとおかしい。
防ぎきれると言うことは、このデュラハンは少なくとも二百十レベルを越えているということになる。
着地したセラフィムは再度跳躍、追撃せんと降下チャージしてくるデュラハンに真っ向から立ち向かう。
上からという本来ならば優位な位置からのデュラハンの攻撃を、セラフィムはルーンで向上した脚力から繰り出される跳躍力の勢いによって強引に受け止め、デュラハンのランスをかち上げる。
体勢が崩れた隙を見逃さず追撃をしようとセラフィムが返す刃を振り抜こうとした瞬間、騎乗しているワイバーンが開口。つんざくような音と共にセラフィムは弾き飛ばされた。
それでも地面に激突するなんて無様を晒すことなく、空中で器用に回転し、問題なく着地する。
「ソニックボイス!? それにしても威力高過ぎでしょ! くっそ、こいつもレベル高いな!」
竜種の普遍的な攻撃手段の一つにブレスがあり、ボイスはその下位に当たる攻撃になる。本来のソニックボイスは攻撃としての威力はイマイチであり、ノックバック効果がある程度のものでしかない。なのに、空中という足場の無い場所だったとは言えセラフィムを弾き飛ばすだけの威力を有していたことから察するに、このワイバーンもまたデュラハン同様にレベルが高いことが伺える。
想定外の飛行型高レベルモンスターとの戦闘。レベル的にはセラフィムに分があるが、地の利は敵にある。
これは期せずして長期戦になりそうだとセラフィムは内心で呟く。
その口角が僅かに上がっていることに、本人すらも気づかないまま……。




