私たちの戦いはこれからだ!
ⅩⅨ.
ピラーを砕いて、自力で脱出してみせた囚われのデコボコ三人組みは、多少は疲労している風ではあったものの意気軒昂、怒気と戦意に陰りはなくむしろより増しているように見えた。
しかしそれだけだった。
居丈高かつ横柄、粗暴な彼らを、しかし人々は不満があってもそれを我慢することを選択するくらいにはその実力と、本人たちが言うように守護者としての役割を認めていた。
そんな彼らに喧嘩を売った三人の少女たち。その内の二人はどうみても幼子であり、もう一人したって成人しているとは言い難い小娘だ。観光か何かで訪れたのか知らないが、彼女らはきっと悲惨な目にあう。誰もがそう思ったにも関わらず、その予想は裏切られた。
蓋を開けてみれば少女たちは常に男たちを翻弄し続けていたのだから。
とは言え、だから安心だとか。何もしないとか。そういう人でなしは居なかった。
意見出来ずとも、本音としては彼らの横柄な態度は密かに反感を買っていたのは事実。これまではそんな彼らでもモンスター討伐の高い実績とそれによる都市の安全に貢献していたから我慢していただけであり、今回の子供を足蹴にしようとしたことには思うところがあったのだ。
そして、子供を身を挺して守り、加えて彼らに一杯食わせた少女たちには、少なくない人々が胸がすくような思いを味わえた。
だから、これ以上の大事になる前にと善意の何人かは走って衛兵の詰所に向かい、更に何人かはレギオン支部館へと向かい。
ピラーを破壊して脱出を果たした犬頭とドワーフ、熊男が今まさに躍りかかろうとしたところで、衛兵とレギオンの職員が現場に到着した。
その後は流れるようにスムーズに事態は終息した。
衛兵たちが現れたことで、それまで腕を組んで黙してたスキンヘッドが犬頭たちに撤退を指示。犬頭たちは文句を言うことなくバラバラにその場を去っていき。残ったスキンヘッドは衛兵とレギオンの職員と共にその場を後にした。そして野次馬たちは各々事態が終息したことに安堵しながら、元の喧騒に戻っていった。
そうして、セラフィムと妹たちもその場で衛兵に注意こそされたものの、事情を予め聞いていたのか、最後に衛兵としての立場ではなくその衛兵の個人的な感想として謝辞を残し、解放されたのだった。
「なんだろう、この尻切れトンボ感……」
「いいじゃない。面倒は回避できたんだし」
なんとも言えない不完全燃焼感にセラフィムがぼやくが、別に面倒事や騒動や火事場好きというわけでもなし。ケレスの言う通りだなと、ため息と一緒にもやもやしたものを吐き出した。
なんやかんやとあったものの、お日様の位置的にはお昼を若干過ぎたような時間である。
三人はとりあえず昼食を食べようと屋台を覗いてみることにしたのだが……。
「お、嬢ちゃんたち今からメシかい? ならうちの焼き鳥はどうよ! ロードも太鼓判を押す出来だぜ、うちのは!」
「ばっか、お前さんわかってねぇなぁ! 若い娘さんがそんなもん食うもんか! どうよお嬢さん方、うちのクレープはなんでも巻くって評判なんだぜ! 今ならおまけもしようじゃあないか!」
「いやいや、若い女の子たちに立ち食いは相応しくない。どうですかなお嬢様方。うちの酒場でランチでも。今ならデザートをおまけしますよ?」
「お、おおう……?」
昼食を求めているとわかるや否や、あちらこちらの屋台やお店から熱烈なアプローチを受けることになり、その熱意と厚遇にセラフィムはわけもわからず一歩引いてしまった。
無理もない。先述したようにこの街の住民たちは彼ら“ブラッドロート”を守護者として認める一方で、その態度には辟易としていたのだ。
それでも彼らの不満が表面化しなかったのは、その実力もさることながら、この程度のことで、ワラキアという小国を治める彼らの王、ロードたるブラドの手を煩わせたくないという敬愛の念が強い。確かに実力者である彼らに正面切って文句を言うのが憚られたという面もある。だが、やはり最大の理由は多忙なロードの苦労を増やしたくないというものが大きい。
故に先の一件は好意的に彼らに受け取られた。伸びた鼻をへし折り終始翻弄していたことも、その隙にこっそりと子供たちを奴らの意識から逸らして逃がしていたことも。
そして、そんな見たこともない少女たちに、この街を少しでも好きになってもらい、あわよくば住んでくれたら良いなという下心もあり。
そんな住民たちの思惑など知るよしもないセラフィムはこうして真っ当な好意を向けられることに慣れていない。こういう時にどういう対応が正しく相応しいのかもわからない。
だから、と言ってしまうと非常に情けないのだが、セラフィムは妹たちへと助け船を求めるように視線を動かし……絶句した。
「それじゃ、このベリーとクリームとアップルとオレンジを包んでほしいの」
「おいおいちっこいお嬢さん。そりゃちょっと欲張りってもんだ。そうさな、こっちで食い合わせの良いように二つにして包んでやんよ」
「あら、酒場にしては洒落たメニューね」
「ええ。昼間も酒を出しているため酒場として店を出していますが、当店は昼はもっぱら喫茶がメインですので」
妹たちはいつの間にかそれぞれ思い思いに勧誘に乗っかっていた。
その淀みなく自然な対応に思わず裏切られたような気分になるが、このまま自分だけ右往左往していては格好が着かないとセラフィムは思い直す。既に妹たちに助け船を求めようとした時点で格好もくそもないが、それはそれ。
とりあえずセラフィムは、期待を込めた視線を送ってくる焼き鳥屋台の方へと足を向けるのだった。
「お金を稼ごう」
お腹を満たし、ちょっとした満足感に浸りつつ街の散策をしていると、唐突にセラフィムがそんなことを言い出した。
「え、なによ突然」
「お金ならあるよー?」
エリスの言う通り、お金はある。だが――
「うん。でもそれキミらので、しかもブラドから貰ったものでしょう? そして私は一文無しなう」
そう。ケレスとエリスの二人は、最初にブラドに保護され、その後ワラキアを発つ際に少なくない資金援助を受けている。その残りがまだ結構な額あるが、それはあくまで妹たちのお金であり、もっと言えば貰い物、お小遣いのようなものだ。
生きるためにはお金が必要だ。そんな当たり前のことを、セラフィムはお腹を満たしお店にお金を支払う段になるまでスッカリと失念していた。
無理もない、と言えばその通りだ。そもそもセラフィムがお金のやり取りをするのはゲームの中だけであり、それにしたって実際にお金というアイテムがあるわけではなく、表記されている数字の増減でしかないのだから。そして、その事からも察せられるように、メニューが使えない現在、幾らハイエンドプレイヤーで莫大な資金を所持しているセラフィムも無一文のすかんぴんなのである。
これはよくない。このままでは妹たちに生活の面倒を見てもらうダメな姉の烙印を押されるばかりではなく、妹たちにも愛想を尽かされるかもしれない。
そんな最悪の想像をしてしまったセラフィムは、膝が折れそうになり、ちょっと泣きそうにもなり、お金を稼がなくてはという使命感に目覚めた。ブラドからの資金援助? なけなしのプライドが許さない。寧ろ妹たちが貰ったお金を返さないと、とまで考えてはいるのだ。
そんなわけで、セラフィムたちは街の人たちに訪ねてレギオン・ワラキア支部にやってきた。
古い映画で観たようなスウィングドアを開けて中に入ると、中に居た人々の視線が一斉にセラフィムたちに集中した。
「おい、もしかしてあれが……」
「見ねぇ顔だしそうろうな」
「あんな小娘が“ブラッドロート”の連中を……?」
「もしかして見た目以上の歳なんじゃ……」
「全然そんな風には見えねぇが……」
ざわざわと、小さく、けれど確かにセラフィムたちを見ながら屈強そうな男たちが口々に呟く。
しかしセラフィムはそんな周囲の様子は知らんとばかりに、早足で一直線に三つある受け付けカウンターの一つへと向かっていく。
「いらっしゃいませ。ご用命はなんでしょうか?」
「何でもいいので仕事ください」
猫耳ツインテールの可愛らしい受け付け嬢の笑顔の問いに、セラフィムは間髪入れずに答えた。
後に受け付け嬢は同僚に語る。鬼気迫るものがあった、と。




