お姉ちゃんは迷子のようです。
Ⅰ.
飛んでいるのと変わらないような速さで駆け抜けている一迅の風ことセラフィム。彼女の足が止まったのは森の中を大分と進んでからだった。
セラフィムはマップがないと結構な頻度で迷子になる。そしてマップもまた、魔法スキルやアイテムに依らない限り、メニュー依存である。
そんな事実と、そもそもの致命的な問題にセラフィムが気付いた時には、既に迷子の謗りを免れない状況に陥っていた。
「まいったわね……。どこに行けば逢えるのかしら……」
そもそもセラフィムが駆け出した理由はこうだ。
――呼べない。ならば会いにいけばいい。
ここまでは良い、しかし何処へ? そのことを完全に失念していたとセラフィムが気付いたのは、何処とも知れぬ森の中でのことだった。
ゲームではファミリアたちは所有者がダイブアウトしている間、それぞれが思い思いに過ごしていた。
例えば、店番等をしていたり。
例えば、工房で鎚を振るったり。
例えば、お使いを頼まれていたり。
例えば、錬金術に精を出していたり。
そんな風に、プレイヤー各々のプレイスタイルに合わせて、ファミリアたちはプレイヤーの手助けとなるように動いていたのである。
では、セラフィムの妹たちはどうだったかと言うと、基本的に自由行動であった。
妹たちが自分のダイブアウト中に何をしていたのか聞くのが、セラフィムの密かな楽しみでもあったのだ。
そんなわけだから、何処へ行けば逢える、という場所とかそういうのがない。
考え、思い返し、その事実に辿り着いたセラフィムはガクッと膝をつき、両手をついて、項垂れた。
「な、なんてことなの……」
現実は非情である。
そのことを誰もよりもよく知っていると自負しているセラフィムでも、ここまで打ちのめされるのはちょっと久しぶりだった。
(くっ、どうすればいいの!)
歯噛みし、けれど決して諦めぬと不屈の意思で考える。
そんなセラフィムの耳朶を、風に揺れる木々の葉のざわめきとか、虫の声とか、鳥の鳴き声とか、金属音とかが刺激する。
そこに加えて、嗅ぎ慣れない植物の青臭さとかも感じはじめてきて、セラフィムのストレスが何かのゲージを溜めるが如くチャージされていく。
今はそれどころではない、と努めて冷静に思考するも、急かされるような、バカにされているような、邪魔されるような、そんな被害妄想甚だしい感覚に再びぶちギレそうになったところで、セラフィムはようやく違和感に気付いた。
「金属音……? 森の中で? いったいどこから……」
もしかして、という淡い期待を胸に全神経を聴覚に集中する。
余計な音を立てないように、指先で虚空にルーンを刻み、感覚を鋭くするバフを掛けるのも忘れない。
そして、
「あっちね!」
地を滑るような速さで、障害物となる木々を蛇のように躱しながら音の発生源へと疾駆する。
音が近づいてくるに従い、セラフィムは自らの両目に施した遠隔透視スキル【魔眼・蒼】を発動する。
セラフィムの蒼氷色の瞳が淡く輝きを放つ。距離もあり、木々に阻まれた先の光景を視認させる。
数百メートル程先で戦闘が行われていた。
ローブを纏った魔法使い風の女性と、フルプレートを着込んだ大柄の男性が、大人の腰程の身長しかない、緑色の体色をしたグリーンゴブリンと言うモンスターたちに周囲をぐるりと囲まれいた。だが無数のモンスターに包囲されて、それでも襲い来る敵に臆することなく対処している。
しかし、
「不味いわね……」
落胆は数秒で、直ぐに彼らの現状が良くないことにセラフィムは呟きを落とした。
生憎とセラフィムが探し求めている愛しの妹たちではなかった。と言うか妹たちならば、グリーンゴブリン程度は鎧袖一触に爆発四散させてばっちいスターマインを乱れ咲かせていたことだろう。
そんなことを考えながらどうするかと悩んだのは一瞬。セラフィムは介入を決めると、まずは先制攻撃だ、と手にした三叉戟の穂先でイスのルーンを複数描く。
描かれたルーン、イスの効果は氷槍射出。森の中であることに配慮した選択だ。
ルーン魔術のレベルをMAXにしているセラフィムのそれは、単発発動では効果が薄いことから地味魔法等と揶揄されているのが嘘のように劇的な効果を表す。
大人の脚と同程度の太さ長さをもったそれは槍と言うよりも杭と言った方が似つかわしい。そんなものが、複数、弓矢よりも速く飛翔しゴブリンの頭と言わず胴体と言わず貫いていく。しかもそれは一つで複数匹をまとめて抉り抜いていく。
「な、なに!?」
「天の助けですかな?」
「援護します!」
突然の乱入者に場を引っ掻き回され、甲高い鳴き声を上げて騒ぎだすゴブリンたちと、片や動揺を、片や暢気な声で、それぞれの反応にセラフィムは一言告げて新たなルーンを描く。
アルギズ、ウルズ、エイフワズと三つを手早く二回ずつ描けば、それらは狙い違わずゴブリンの包囲で戦闘していた二人へと効果を及ぼす。
「な、これ……!?」
「おおっ! 傷が癒え、力が漲りますぞぉおお! ふんぬぁあああ!」
効果はそれぞれ防御バフ、威力向上バフ、持続回復であり、その劇的な効果にローブを来た魔法使い風の女性が驚愕し、フルプレートアーマーを着込んだ男性がテンション高く戦鎚を振り回してゴブリンのミンチ作りに精を出し始めた。
「漲る、力が! 溢れる、パワーが! ぬははははふんはぁあああ!」
やたらと元気溌剌に暴れる男性の様子に、セラフィムはちょっと引いた。見ればローブの女性も引いている様子。
男性が獅子奮迅の働きをしているものの、その攻撃は一度に一匹、多くても二匹を仕留めるのが精々である。
我に返ったセラフィムは一度頭を振って、引いている場合じゃないと気を持ち直す。
ゴブリンは雑魚の代名詞だが、それでも状況が合致すれば厄介なモンスターでもある。森の中のグリーンゴブリンは時間と共に仲間を喚び集め、手早く始末しないと数で圧殺されるなんて状況になりかねないのである。
それをよく理解しているセラフィムは、包囲の中は男性に任せ、自身は外堀のゴブリンを薙ぎ払って行く。
奇襲に浮き足だっているのか、それとも要領よく動く頭を持ち合わせていないからか、抵抗も虚しくゴブリンたちの駆除は速やかに成されていく。
残りが僅かになったことで、セラフィムが一気に片付けるべく動いた。
「お二人とも、私のスキルで残りを薙ぎ払います!」
「おお、了解です!」
「任せるわ」
セラフィムの呼び掛けで大技を使うことを察した二人がゴブリンたちから距離を取る。それを好機と勘違いでもしたのか、ゴブリンたちが再び勢いづくが、それよりも早くセラフィムが地を蹴る。
「『我が一撃は呼び水。滂沱する雨へと至る』【サウザンドピアース】」
ゴブリンたちの頭上へと跳躍したセラフィムの口訣とコールによって放たれた一撃は、その名の通りに幾多の鋭刃となって降り注いだ。
一回の突きに、九十九の刺突が追随する。それを十行うことで成された凶刃の雨から逃れうる術は無く。
セラフィムが着地する頃には全てのゴブリンがズタズタのボロボロになって屍を、あるいは肉片的な何かを曝していた。
青々とした草や葉は赤く染まり、ぐちゃっとした何かがこびれつき。
雑草や花の絨毯めいた地面はスキルの余波で土が掘り返され、あるいはボコボコと抉られ。
無惨。その一言に尽きるような有り様に。
「うわ、ないわー」
眉をしかめて嫌そうな顔で言うセラフィムは、やらかした本人がそれを言うのか、とローブの女性に睨まれてしまった。