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ついヤっちゃうんだ

ⅩⅦ.



 喧騒の中にあってなお大きく響き渡った大音声に、通りはそれまでとは違った意味で騒がしくなる。


「くそ、もう戻ってきたのか……」

「モンスターを狩ってくれるのは、ありがたいけど……」

「どうする……? ロードに陳情してみるか?」

「ばか、やめとけ。もうそろそろあの時期だろ。あんなのでも実力はあるんだ」


 聞くともなく聞こえてくる人々の声は、この大音声の主をあまり好ましくは思ってはいないものの、それを我慢しなければいけないという苦渋に塗られたものだった。

 セラフィムは一旦思考を切っって聞こえてきた方向に意識を向けてみる。この時、問題を先送りに出来たことを安堵している気持ちと、もう少しだったのに、という自分でもよく分からない気持ちの二つが浮上していたが、セラフィムは目を逸らすようにそれを無視した。

 通りを行き来していた人々が端の方に寄っていく。セラフィムもその流れに逆らわず、エリスとケレスの手を引いて端に避ける。

 ややをすると、人々が端に避けた通りの真ん中を我が物顔で闊歩する集団が現れた。

 先頭を歩くのは左目にアイパッチを着け、頭の上にある両耳が不揃いに欠けた犬顔の獣人。腰に長剣を帯びていることから剣士なのだろう。そして、先の大音声もこの男のようである。今も周囲にガンを飛ばしながらやれ歓声がなねぇなぁ、英雄サマのご帰還だぞコラァだのと吠えたてている。

 その後ろには、ブラド程では無いにしろ長身で、特徴的な入れ墨を顔に施したスキンヘッドの男を中心に、左に恰幅の良いドワーフの男と、右には全身の至る所に傷跡のある大柄な熊の獣人が続き、更にその三人の後ろには裾を引き摺る程の真っ黒なローブに全身を覆った人物がゆらゆらと続いている。

 各人それぞれのキャラクターも特徴的だが、それ以上に目を引くのが、ローブの人物以外のそれぞれが身に纏う深紅の鎧だろう。血のように深い紅の鎧は大小の傷が見えるものの、傷んでいる風ではなく、それが相当に苛烈な戦闘を行ってきたのだろうと想像させるに足るものだった。

 セラフィムはそんな一団をぼけっと見ながら、本物のチンピラってのはこういうのなのかぁ、とちょっとだけ感動していた。

『スペクトラム』がゲームだった頃にも、スキンヘッドやリーゼント、モヒカンなどの奇抜な頭髪と、やたら棘々したベストなんかを着て甲高い声でひゃっはーとか叫びながら暴れるプレイヤーたち、通称、世紀末系なんて呼ばれる者たちが居たが……。


(やっぱり、生で見る本物とは違うなぁ。なんていうか、こう、痛々しさがすごいっ)


 ゲームでの世紀末系のプレイヤーたちは所詮はそういうロールをしているだけだが、目の前で同じようなことをしている彼らはあれが、素であり本気なのだ。迫力が違った。色んな意味で。

 そんな風にセラフィムがずれた感想を抱いている横で、ケレスはその一団の品の無さに辟易としていた。それこそ、許されるのなら殺菌焼毒したいほどだ。チラと、先程の問答で結局答えを出さなかったヘタレお姉さまを見てみる。なんかちょっとワクワクしてるのはどういうことなのだろう、と内心で首を傾げた。

 そんな風に二人が場の状況にそぐわない箇所へ注目していたからだろうか。二人はそのことに気付くのに一拍遅れてしまった。


「ああ、危ないっ!」


 そう叫んだのは誰だったのだろうか。

 路地から飛び出した犬耳の少年が、集団の先頭でがなっていた犬頭にぶつかってしまい、その拍子に尻餅をついてしまった。

 だが、犬頭は足を止めない。どころか、むしろ勢いをつけて足を降り下ろした。それは歩行としての足運びではなく、何かを踏みにじろうとするものだ。

 誰もそれを止めない。否、止められない。見回りをしていた衛兵は、先程大喧嘩をしていたダークエルフとドワーフの二人を詰め所に連行しており、この場には居なかった。

 状況に気づいたセラフィムとケレスが動くより早く、動いた者が居た。


「づあっ!?」

「…………」


 エリスだ。長杖を手に、少年を守るように立ち塞がり、振り降ろされた犬頭の足を反射壁の防御魔法で防いでいた。



 セラフィムとケレスが思い思いに意識を他所に向けていた一方で、エリスは心底興味無さそうに虚空を見つめていた。エリスにとっての興味関心の大半はセラフィムとケレスが占めており、それ以外の殆どは実はどうでも良いのだ。それでも、興味を牽かれたり、関心を向けることが無い訳ではない。ウェイトの問題であり、その時はセラフィムやケレスとちゅーをする、という先の事がウェイトを占めすぎていただけの話。今さらになって想像して、それを反芻して、心ここにあらずだっただけなのだ。

 そんなエリスが現実に浮上したのは、ふと鼻孔を擽る甘い匂いを感じたから。

 そちらへと視線を向ければ、路地の向こうで林檎飴のようなものを手にした子供たちが居た。


(あ、美味しそう)


 そんなことを思ったのも束の間。先頭を走っていた犬耳の少年が、丁度その先を闊歩していた犬頭にぶつかってしまった。

 注意不足だ。きっと怒られるだろうけど、それは仕方ない。そんな風に他人事に思うエリスの予想は裏切られ、犬頭はぶつかったことに気づいていない筈がなにのに、気づいてない風を装って少年を足蹴にしようとしている。

 止めなくちゃ。と思っていたらエリスは既に動いていた。愛用の長杖を手に、殆どノータイムで行使可能な低級の防御魔法を発動していた。

 エリスが自覚しているかどうかは定かではないが。エリスが関心のセラフィムやケレスの次に関心があることが、実はある。

 それは、“悪いこと”だ。

 PKに反感は無いが、自分より強い者は避けて逃げて、自分より弱い者を積極的にいたぶるようなPKをセラフィムは嫌っていた。そんなセラフィムが悪辣なPKを狩る、PKKを行うことは少なくなく、そんなセラフィムを見ていたエリスは、子供が親の背中を見て育つように“悪いこと”に反応してしまっていた。

 だから無意識に、攻性防御という種別の防御魔法を選択していたのだ。

 そして、二百レベルオーバーの支援特化型なエリスが行使した反射防壁を、それが低級とは言え貫通できる筈もなく。犬頭は振り降ろした足の衝撃が割り増しで跳ね返ってきたことで、後ろへと引っくり返ってしまった。痛む足と思いもよらぬ事態に、咄嗟のことで受け身も取れないまま。

 結果は悲惨だ。

 石畳に後頭部を痛烈に打ち付け、しかも足にも鈍い痛みが走り、そんな二重苦に加えて。


「はっははは! おいバラッド! お前さんいきなり何を亀みたいにひっくり返ってやがる!」

「おいおいおい、そんなに活躍していないお前が、マーダーベアやレイジボアを相手取ったオデたちよりも先に寝るのかぁ?」


 ドワーフと熊男、二人の仲間から嘲笑されてしまう。

 犬頭は言い返したくとも痛みでそれどころではない。

 周囲の人々も、さきほどまでガンを飛ばしイチャモンを着けるように威勢よく吠えていた男が倒れたまま悶える姿に、クスクスと小さく笑いを溢していた。


「ゴードン」

「……ヒール」


 腕を組み、黙していたスキンヘッドが短く呼ぶ。すると、背後に控えるようにしていたローブ頷きを返し、初級の回復魔法を犬頭に施した。


「ヘッドはお優しいねぇ」

「だな。こんな間抜けに回復魔法使ってやるなんてなぁ」

「おらバラッド。さっさと立て。ワシャもう早く酒飲みたくて仕方ない」

オデも肉食いたい、肉」


 労るでも心配するでもなく、ドワーフと熊男は口々に言いたいことを言っている。

 だが犬頭は立ち上がると、仲間二人の言葉など耳に入っていないのか憤怒の形相でエリスを睨み付けた。


「て、てめぇ、テメェっ! よ、よくも……よくもやりやがったなぁ、このくそあがぁっ!?」


 恥をかかされた怒りのままに口汚くエリスを罵ろうとした犬頭は、しかし最後まで言い切る途中で意味不明な言葉を吐いて再び地に伏した。

 あれ、とエリスが小首を傾げ。

 ぎょっ、とした顔で人々が視線を送る先で。


「ごめーんね! 手が滑っちゃったー!」


 てへっ、とか言いながら、サイドスローを振り切った姿勢のセラフィムが舌を出していた。

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