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なんか百合の花が見えるんだが……(居合わせた住民の一人言)

ⅩⅥ.


 

 部屋の主が何処かへと行ってしまい、途方に暮れたのも数秒。まぁその内何か言ってくるだろうと楽観視したセラフィムと妹たちは残っていたお茶とお菓子でガールズトークに花を咲かせていた。

 ――のだが、主たるロードが退室してなお居座るお客サマにこめかみをヒクつかせた例のマント兵士に、摘まみ出されるようにして居城を追い出されてしまった。それでも一応の言伝てくらいはあったらしく、話の続きは翌日の早朝にでも。ということで、それまではワラキア領内で自由にしていろとのことだった。


 そんな訳で、姉妹たちはブラブラと街の中を目的もなく散策していた。

 山間部の街ということもあって高低差が所々に存在する街並みだが、石畳が敷かれた道にはゴミが落ちていることもなく、そこかしこで店の呼び込みや屋台などが並び活気に溢れていたる。

 それだけでなく、見かける人種が非常に多様なことにセラフィムは驚くと供に、つい一昨日のことにも関わらずゲームの頃を思い出し、懐かしさを覚えてしまった。

 狼男の獣人が屋台で串焼きを売っており、猫耳と猫尻尾の生えた女性がそれを購入している。

 褐色肌のダークエルフと鳶色の羽を背負った有翼種の女性が、青白い肌の魔人種の男性が広げているアクセサリーを手に談笑している。

 かと思えば、ダークエルフの男性とドワーフの男性が赤ら顔で取っ組みあいの喧嘩をしており、慌ててやってきた衛兵に取り押さえられていた。

 セラフィムの目の前を犬耳の少年と猫耳の少女、ウサ耳の少女が走って横切っていった。

 ふと視線を移せば、背に大剣を背負った熊の獣人と弓を背負ったダークエルフ、魔法少女めいた服装のウサ耳の女性と扇情的な格好をした猫耳の女性が視界に映った。パーティを組んで、これからクエストだろうか。

 そんなことを思いながら、セラフィムは夜には解らなかったこの国の平和な空気を感じた。同時に、流石は千人規模のギルドのギルマスだった男だけあるな、とブラドの治世に関心した。

 そんな風に物見遊山も悪くないが、それだけじゃあやっぱりつまらないなとセラフィムは思う。


「さて。この後どうしよっか?」

「……え? お姉さま、何か目的があって歩いていたんじゃないの?」

「ないよ、そんなの」


 あっけらかんと言い放つセラフィムにケレスは絶句した。ブラドの居城を出てからというもの、あまりにも迷いの無い足取りでずんずこ歩き進むものだから、何かしら目的があると思っていたのだ。


「いやほらだってさ、私ここに来るの初めてだよ? どこに何があるのかすら知らないってばさ」

「はぁ……。まぁ、そう言えばそうですわね」


 確かにそう言われればそうなのだが、それならそれで、その一切の迷いが感じられない足取りは何なのかと言いたくなったケレスだったが、そこはグッと飲み込んだ。


「はいはいはーい! あたしは久しぶりに三人で狩りがしたいですっ!」


 ピン、と左手を挙げたエリスが元気よく宣う。

 

「ほほう、エリスくん。良い意見だ、三セラフィムポイントをあげよう」

「やったー!」

「……なにそれ?」

「お姉ちゃんがさっき考えた評価システムです。十セラフィムポイントで豪華景品をプレゼント!」

「おおっ!」

「豪華景品……き、ききき、キスとか?」


 どういう思考の果てにそこへ辿り着いたのか、ノリ良く純粋に喜んでいるエリスとは別に、ケレスはそんなことを言い出す。

 これにはセラフィムも立ち止まってしまう。その横ではエリスが、きゃーっ、とか言って頬に手を当てて嬉しそうに恥じらっていた。


「け、ケレスさんや。どうしてそう思ったし……?」

「え、あの、いやほらだって……豪華な景品なのでしょう……?」


 だからどういうことなの、とセラフィムは戦慄する。

 そんな二人を見たエリスは何を思ったか、ててっ、と小走りに二人の前に出て左右の手をそれぞれキツネの形にし、口に当たる部分をくっつける。


「ちゅー?」


 そのまま嬉しそうに小首をかしげるエリス。


「な!? だ、だめよ! ダメです! ダメダメダメ! だめーっ!」


 それを見たセラフィムは一気に耳と言わず首筋まで真っ赤にして叫ぶ。昼日中の往来で突然大声をあげるものだから注目されてしまうが、今のセラフィムに周りを見る余裕など無い。


「え……、お、お姉さまは、わたしたちとキスするのは、いや、なの…………?」


 と、一方でケレスは顔を真っ青にして涙目になり震え声で問いかける。お姉さまを大好きなのはわたしたちだけで、実のところお姉さまはわたしたちが好きじゃなかったのか、と。

 そんな予想外の反応に今度は違う意味で慌てるセラフィム。


「ええ!? そ、そりゃあ、嫌かどうかで言えば嫌じゃないし、その……ちょっと、興味とか……ゴニョゴニョ……。でも! お姉ちゃんとして、そう言うのは許しません!」


 白く清潔なだけの部屋から出ることのか許されなかったセラフィム()だが、それでも口同士のキス、接吻とか口づけとかチュウとかそう言うアレを、おいそれと軽々しくやってはいけないということくらいは何となく理解しており。お姉ちゃんと言う立場からいけないことだと訴える。


「なんで?」


 しかし。そんなセラフィムに追撃が襲いかかる。


「好き同士だと、ちゅーしても良いんだよね? あたしはお姉さまもケレスも大好きだし、ケレスもお姉さまとあたしを大好きなんだよ? お姉さまはあたしたちのこと、きらい?」

「そんなことないよ! 大好きさ!」

「なら、ちゅーしても良いよね!」

「お、おお? えっと、いや、それは……その……」


 なんとなくでしか理解していないセラフィムは、上手い反論の言葉が思い付かず、拙いエリスの言い分に論破されかけてしまう。

 セラフィムは考える。キスは好きな者同士がするものらしい。愛情を表す手段の一つだとか何とか。しかしセラフィムはそれを知っていても見たことは無く、したことはもっと無い。だからどういう状況で、どういう条件であればしても良いのかがわからない。わかるのは、好き同士だとするものらしいということだけだ。逆に、好き同士でなかったり、どちらかが嫌がればしてはいけないらしい。

 セラフィムはエリスもケレスも大好きである。そして、二人もまたセラフィムが大好きである。したくないかと言われると、どうだろうか……?

 セラフィムはふと、エリスの桜色の唇を見てしまう。瑞々しく、可愛らしい唇だ。次いで、ケレスのあかい唇を見てしまう。形良く綺麗な唇だ。

 嫌かと聞かれれば、そんなことはない、と思うたぶん。じゃあしても良いのかな? そうセラフィムは思うが、答えは出ない。ではしたいのか、したくないのかで考えれば、したくないわけではない、とは思う。けれど思考はそこで止まってしまう。

 ふと、セラフィムは自分の唇を触れる。自分のはどうなのだろう? 思い、今自分の指が触れているコレが、二人の唇に……と考えたところで――


「オラオラぁ! 邪魔だぁ、退け退けぃ! “ブラッドロート”のご帰還だぞコラァ!」


 セラフィムたちの前方から、やたらとドスの聞いた大音声が辺りに響いた。



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