姉妹たちはしばし雑談に興じます。
ⅩⅣ.
そんな牢での一件はあったものの、その後はブラドのお陰で無事釈放された姉妹たち。
現在はブラドの執務室で紅茶とクッキーを振る舞われながら、雑談に興じていた。
「――にしても、本当にあんたの二面性は相変わらずだね、ブラド」
「ふっ。人とは常に幾つものペルソナを持つものなのだよ」
クッキーを摘まみながら呆れたように言うセラフィムに、ブラドはキザっらしくも優雅な所作でティーカップを口に運ぶ。
「あー……。そしてその中二感も相変わらずなのか」
「ふむ。セラフ、以前にも言った気がするが、その前時代的なフレーズは控えたまえよ。まったく、そういう君は相変わらずのアーパーっぷりのようで……なんだろうね? 安心感すらあるよ」
「アーパーってなんだ……? 誉めてないよね?」
「いやぁ、どうだろうね?」
見た目としては、父と娘ほど歳の離れたような二人が、親しい友人のように言葉の応酬を交わす。ロードとしての立場あるブラドに対するものではないと、彼を慕う者が見れば憤慨しそうな場面だ。
けれどここにはセラフィムとブラドの他には妹たちしかいない。その妹たちも、一応の恩人であるブラドと、愛しのお姉さまが楽しそうに談笑しているので邪魔をしないようしている。エリスは頬を膨らませながらクッキーを頬張り、ケレスは米神の辺りをひくつかせているが。
実は牢から出る際に一悶着あった。
と言うのも、ブラドに使える情報斥候は優秀なようで、王国で噂される幼魔王の正体がエリスとケレスであると掴んでいたのである。王国内の噂では容姿までは朧気にしか伝わっていないが、それでも彼らの情報収集能力と、以前に妹たちがワラキアに身を寄せていたことから幼魔王の容姿の推測は難しくなかったらしい。
兵士たちの中で唯一マントを羽織った兵士がブラドへと何かと進言していたが、それもブラドの「余の客人である。そのように遇せ。……よもや、余に恥を掻かせはしまいな?」という低く威厳に溢れる言葉を受けてそれ以上は何も言うことはなかったのだ。
そんな一幕があっての今なのだが、それでも執務室の外、扉の前には二人の兵士が立っている。これは先述したマント兵士がどうしても、とブラドを説得して配置したものである。
「そう言えばさ、ブラドはいつこの世界に来たの?」
「む? 唐突だな。我輩は、そうさな。百三十年程前だったか」
「ひゃっ!?」
さらりと出された答えにセラフィムは驚きを禁じ得なかった。
その年数もさることながら、それでは何かと辻褄が合わないからだ。
「嘘でしょ!? だって、ブラドを『スペクトラム』で見なくなったのは一週間くらい前よ!」
セラフィムは所属するギルドがソロプレイヤーの寄り合い所帯であることからもわかるように、あまりゲーム内での他プレイヤーとの交流を深くするタイプではない。とは言え、フレンドがまったく居ないなんてことはないし、良くパーティを組むプレイヤーも居る。セラフィムにとってブラドはそんな良くパーティを組んでプレイをする数少ない交遊の深い他者だった。
けれど、そのブラドは一週間ほど前からセラフィムが何時ダイブインしても常にノンアクティブ状態であった。とは言え、セラフィムもその時点では別に何の疑問も抱いてはいない。セラフィムと違いブラドは自由があり、であれば学校なり仕事なりがあり、忙しいのだろうと察することはセラフィムでも容易だったからだ。
けれど。もしそうでないのならば。
『スペクトラム』にダイブしていないのがこの世界に来てからだというのであれば、それは一週間前からでないといけない筈だ。
「ほう、現実側ではその程度の時間しか経っていないのか。と言うかだなセラフよ。もしも一週間やそこらなのであれば、この国を興したのもまた一週間程度ということになるぞ。流石にそれは無理だ。まぁ、神は一週間で世界を創ったというが、生憎と我輩は元人間で、現吸血鬼だ。どうあがいても神の真似事は出来んとも」
諭すように言うブラドの言葉に「そういえば」とセラフィムも、このワラキアという国はブラドが興した国だと聞かされていたことを思い出す。
そんな驚愕の事実は、けれどブラドにとっては割りとどうでも良いことだったようでさっさと話を次へと繋げてしまう。
「そういう君はいつこちらに?」
「昨日よ」
「はっは! それはまたタイムリーだな」
ブラドは愉快そうに笑いながら視線を、むくれているエリスとケレスに向ける。
「よかったなリトルレディたち。年単位で待たずに済んで」
「ええ、お陰さまで。その間に色々ありましたが」
唐突に話を振られたにも関わらず、ケレスは淀みなく答える。エリスはクッキーを頬張っているせいでコクコクと頷くだけだったが。
「改めて、ブラドおじさま。その節はありがとうございました。あの時おじさまに会うことがなければ、わたしたちはどうなっていたことか……」
「むぐむぐ……ぷはっ。うんうん、ありがとーございました、おじさま!」
「はっはっは。我が友が溺愛ししょっちゅう自慢していた妹たちだ、困っていればいつだって助けるとも」
先程までむくれていたのは何だったのか。ケレスとエリスはニコリと笑みを浮かべて深々とお礼をする。受けるブラドも快活に笑いながらなんでもないと返す。その表情は厳つい風貌に似合わぬ優しいものだった。
「そう言えば、どういう経緯で二人はブラドと会ったの? 困ってたところを助けられたってのは聞いてけれども……」
「ああ、そう言えば色々あって詳しく話してなかったわね」
「あたしたちが倒れてのを、おじさまが救ってくれたの!」
「倒れてた!?」
聞き逃せないことを何でもない風に明るく言われ、セラフィムは驚愕に思わず立ち上がった。
「な、何があったのさ! 今はだいじょうぶなの? なんともない?」
「落ち着きたまえよ。大丈夫でなかったらこんなに悠長にはしとらんだろうさ。二人とも、あれはまだ残ってるかね?」
「ええ、おじさまから頂いたブラッドポーションはまだまだ余裕がありますわ」
「あたしたちが半吸血鬼だからかな? 一回飲むと暫くはもつよね」
「ブラッドポーション?」
聞きなれない単語にセラフィムが首を傾げた。少なくとも、セラフィムの記憶では『スペクトラム』にはそんなアイテムはなかった筈だ。
「ああ、ブラッドポーションとはこれだ」
疑問符を浮かべるセラフィムにもわかるように、ブラドがアイテムバインダーから一つの瓶を取り出しテーブルに置く。
それはジャム瓶のような物に入ったルビー色に輝く液体だった。
「我輩がこの世界で新たに精練した、吸血鬼用のアイテムだ」
さらりとした口調でブラドは説明し始める。
「ゲーム時には無かった幾つかの要素が、現実だからかこの世界では働いている。その内の一つが、お約束的な吸血鬼の吸血衝動と飢餓感だ。まぁ、ようは長いこと血を飲んでいないと血を飲みたいという衝動にかられ、そのまま放っておくと酷い乾きを覚えて衰弱するか発狂する。これは炎天下で長時間運動をしたあとに喉が乾くのに似ており、抗いがたく避けようがない。とは言え、その度に他者を襲っていては害獣などと変わらん。定期的に血を提供してくれる者がいたとしても、必要となる血液量はその時々で異なるから、最悪殺しかねない。そこで、我輩は吸血衝動と飢餓感を回復するアイテムを研究し、こうして作ってみたのだ。まぁ、あくまで一時的なものだから、これを服用し続けると徐々に弱体デバフが掛かったような状態になるがね」
ゲームには無かったアイテムを新たに作ったというブラドはやや得意気だったが、セラフィムはそれどころではない。
ゲームではプレイヤー側の吸血鬼というのはあくまでも魔人種の見た目でしかなかったが、NPCにはちゃんと種族の一つとして設定されていた。
その設定では吸血鬼としての強みは勿論のこと、弱点もまたほぼ忠実に設定されていたのである。例えば、日光の下では弱体化する、等。だがそれらの弱点の幾つかは強みの幾らかと相殺という形で軽減できるアイテムなりスキルなりが存在した。
だが、それらの中に吸血というものは無かったのである。フレーバー上の設定としては存在していたがそれだけであり、ゲームのシステム上に吸血に関するものはなかったのだ。
それがこの世界では実際に働いており、そのせいで妹たちは倒れたという。しかもそれを薬で抑えている風なことまで聞いたとあっては、セラフィムが心配に慌てふためかない訳がなかった。
「え、ちょ、大丈夫なの二人とも!? ていうかそんな状態で使徒と戦ったの!? もう、なにしてるのさ! 今は? 今は大丈夫? いや、そんなわけないよね、ポーション飲んでるって言ってたし……あ! そうだ! 二人ともお姉ちゃんの血を飲んでいいよ! 今までの分もごくっと飲んじゃって!」
アワアワしながらそんなことを矢継ぎ早に口走り、セラフィムはそのままドレスの首もとをぐいっとずらして二人に迫った。
肌理細かい白い肌と、うっすらと透ける血管に思わず喉を鳴らす二人だったが、ブンブンと頭を振って誘惑を打ち払う。こんなムードもへったくれもないような場所で、しかもブラドという余計な者が居る状況で出来ることではない。その思いはケレスとエリス二人で共通しており、鋼の意思でセラフィムから香る甘い体臭とかちらつく胸元とか。さながら飢えた狼の前に生肉を置いて待てをするような。そういう誘惑をどうにかこうにか押し退ける。
「だ、大丈夫よお姉さま。今はね。今は大丈夫だから!」
「そう、そうだよおねえさま! えっと、そう、我慢できなくなったら言うから」
「! ええそうね。その通りなのだわ。だから、その時は改めてお願いできるかしら、お姉さま?」
妹たちにとっては魅力的に過ぎる柔肌を惜しげもなく晒し続けるセラフィムを必死に宥め、説得する二人。
そんな妹たち二人の甲斐あってか、セラフィムはようやく落ち着いて襟元を正した。
「わかった。けど、無理はダメだからね。ちゃんと言ってね? お姉ちゃんは二人のためだったらなんだってするんだから」
「なんでも、してくれるの?」
「もっちろん!」
「ほんとうに?」
「二言はないよ!」
エリスとケレス、二人交互に念を押すような問いかけにセラフィムは任せろと力強く頷いた。
互いに目配せをして頷きあったエリスとケレスは、にこっと笑って。
「言質は」
「もらったからね」
花開くような笑顔だ。けれど、何故だかセラフィムには肉食獣的なモンスターにロックオンされたような、そんな戦闘時にしか感じる筈のない寒気めいたものを感じ。じんわりと背中に汗をかいていた。




