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姉妹たちと長身貴族ヒゲ

ⅩⅢ.



 明くる日。

 セラフィムは小鳥の囀ずり――ではなく、言い争うような幼声を目覚ましに起床を促された。


「――だから、約束通りアレはしないで添い寝だけで我慢したんだからいいじゃないの」

「よーくーなーいーのー! なんであたしはベッドで一人ぼっちで、ケレスはおねえさまと一緒に寝てるのさー!」

「だから、貴女が先に寝ちゃうからじゃない。て言うかこれ何度目のやり取りよ、まったく……」

「む~。おねえさまを独り占めしたかったんでしょお?」

「……まぁ、否定はしないわ」

「あー! ほら! ほら今罪を認めたね!」

「それを言うならわたしも言わせてもらうけれど、エリスだってお姉さまに膝枕してもらったり膝の上に座ったりしてたじゃないの!」

「膝枕はしらないもん!」

「エリスが覚えてなくともわたしが覚えてるのだわ! それを添い寝一つでイーブンにしようというわたしの慈悲がわからなくて?」

「わかんなーいっ!」


 未だ覚醒しきらないぼんやりとした頭のまま、セラフィムは妹二人の言い争いを右から左に聞き流しつつ、起きなきゃあ……、と二度寝をご所望の本能を押さえつけながら何とか上体を起こした。


「ふわぁ……。おはよー、二人とも。朝から元気だねぇ」


 アクビ混じりに挨拶をかければ、二人の言い争いもそこで終了となる。

 狭い室内。立ち位置的に若干ケレスよりもセラフィムに近かったエリスが元気に挨拶を返しながら飛び付いた。


「おはよっ、おねえさま!」

「うん、おはようエリス」


 エリスを危なげなくキャッチしたセラフィムは妹の朗らかな笑顔が伝染うつったように同じく笑顔でもう一度挨拶を返す。

 そんな二人を見てケレスはやれやれと言いたげに肩を竦めると、自身もセラフィムの傍に座った。


「おそようお姉さま。もうお昼間近よ」

「おはよ、ケレス。……寝すぎたか」


 既におはようという時間を過ぎていたことを教えられたセラフィムは苦笑を溢す。と、寝起きということもあってか少しだけ不快感を感じた。思考は一瞬。何かを思い付いたらしいセラフィムは右手の人差し指を立てて虚空にラグズのルーンを描き、ピッ、と最後に自身へ向かうように弾く。

 すると、ルーンはセラフィムの顔へふよふよと飛んでいき、当たって弾けた。


「お姉さま?」


 なにをしているのかと問うケレスに、セラフィムはイタズラを思い付いたような顔で、先程自身が行ったのと同じことをケレスとエリスにも行う。


「きゃうっ!?」

「ひゃっ」


 エリスとケレス、それぞれにビックリしたような反応しながらも、その後の爽快感のようなものに目を見開いた。


「浄化の意味を持つラグズで洗顔とか出来ないかなー、って思ってみたんだけど。うん、思った以上の効果にお姉ちゃんも驚いてます」


 妹の二人の反応がお気に召したようで、セラフィムはにんまりと笑みを浮かべつつ大したことのない胸を張る。

 セラフィムが言ったように、何となくで行った思い付きの効果は目を見張るものがあった。一応の身だしなみとしてセラフィムより早く起きたケレスとエリスの二人は初級の水魔法で簡単な洗顔を済ませていたが、それは水で顔を濡らした程度の効果だった。しかし、今セラフィムが行ったラグズの効果は正に洗顔した後のようなスッキリとした感じを与えたのだ。

 本来ならばラグズのルーンは状態異常系のデバフを解除し、少量のHP回復効果を持つというものだったが、現実となったことで応用性が上がったらしい。

 とは言え、セラフィムはそんなことを理解してやったわけではなく、本当になんとなく「浄化の意味あるんだから……」程度の理由で行ったに過ぎなかった。

 上手くいったと自身の行動に得意になっているセラフィムと、そんなセラフィムをすごいと素直に称賛している単純な二人を他所に、ケレスは何かを思案するように口許に手を当てて黙り込み……


 ガチャッ。という音が鳴ったことで三者は扉へと意識を向けた。

 

 鋼鉄製の扉が蝶番の錆びた音を立てながらゆっくりと開いていく。

 何が出るか、と身構える三者の前に彼は現れた。


「――ぶはっ! 本当に牢に入っとる! くははははは! 相変わらずのまぬけっぷりだなぁ、セラフ!」


 入ってきてセラフィムたちを視界におさめるや否や吹き出した男は、そう言ってもう一度呵呵大笑した。

 二メートルに届こうかという長身に、見た目にも豪奢な貴族服を纏った紳士風の男。オールバックの長髪に、口回りと顎を飾るしっかりと整えられたヒゲが印象的だが、それ以上に猛禽を思わせるような鋭い眼光が威圧的だ。けれど今は大口を開けて笑っているためその圧も薄い。心なし好好爺風の印象を与えなくもなかった。

 この男こそが、ヴラディスラウス・ドラクリヤ。通称、ブラド。此処、ワラキア興国のロードにしてセラフィムと同じくハイエンドプレイヤーであった。


「ブラド!?」

「「ブラドおじさま!」」


 まさかの領主自らの登場に、セラフィムと妹たちは面食らう。

 衛兵とかそう言うのに根気強くブラドに会わせろと訴え続けるつもりだったセラフィムは肩透かしを食らうものの、手間が省けて良いかと思い。


「て言うか相変わらずってどういうことだ、このヒゲ!」

「ふははは! 言葉通りだぞぅ? そう、何時だったかのダンジョンでもこのような場面があったなぁ、んん? そう、確か地下墓碑群の転移トラップに見事嵌まって、拷問部屋のゴーストどもに一人だけ熱烈歓迎を受けて涙目だったのは、さてどこのお間抜けさんだったかなぁ?」

「ぐぬぬ……。つまらないことを覚えてやがって……」


 ゲーム時代の失敗談を蒸し返すブラドに、セラフィムは悪態をつきながら睨み付ける。

 と、すぐ横から視線を感じた。セラフィムがそちらへと顔を向ければ。


「お姉さま……」


 ケレスがなんとも言えないガッカリした風な表情でセラフィムを見つめていた。

 そんなケレスの様子に姉の尊厳がピンチだと焦ったセラフィムは言い訳がましく慌てて口を開く。


「ち、違うんだよケレス! あれはお宝に目が眩んで――」

「くふははははは! セラフよ、墓穴を掘り進んでいるぞ!」


 ブラドの言うように、セラフィムがわたわたと口走ったのは言い訳でも自己弁護でもなく、ただ自信の恥をセルフオープンしただけ。重ねて披露された愛しいお姉さまのまさかの残念エピソードと間抜けさに、ケレスはそっと視線を外した。


「ああっ……」


 悲痛な声を出してケレスの反応にショックを受けるセラフィムだったが、くいくいと服を引かれそちらへと視線を向ければ。


「おねえさま。失敗は、誰にでもあるの」


 うんうん、と頷くエリスにそんな慰めの言葉をぶつけられた。

 そんな死体蹴りにも等しい所業に、セラフィムは麻痺か石化と言った具合に硬直してしまう。

 そのやり取りが面白かったのか、ブラドがまた張りのある声で笑いだす。

 そんなセラフィムとブラドの様子に、どうしてそんな反応をされたのかわかっていないエリスは首を傾げ、ケレスはこっそりとため息を吐いた。


仕事が忙しく、更新が不定期で申し訳ないです。

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