突撃、彼の国!(なお深夜)
ⅩⅡ
――姉妹たちがワラキア行きを決めたのには幾つかの理由がある。
一つは王国では妹たちの魔王としてのネームバリューが悪い意味で大きすぎるためだ。一般市民たちはその顔までは知らない者が大半だが、一方で戦闘を生業とする者たちで知らない者は少ないという。そうでなくとも精巧精緻な人形よりも整った容姿の姉妹たちである。どうあっても目立つし、目立てば要らぬ騒動の素でしかない。
二つ目の理由としては、残りの帝国や商連合は単純に遠すぎて、ランディルやエリナたちの有するアイテムの範囲外であるというもの。
三つ目は妹たちが最初に身を寄せたのが彼のワラキアであり、どういう偶然か、パルチザンの支援者がワラキアのロードであるブラドであるのだとか。
そんな訳で、一度行ったことのある場所であれば瞬時に移動可能なエリスの転移魔法でワラキア国内に転移してきた姉妹一行であるが。
「両手を頭の後ろに! 不穏な動きをしてみろ、即座に我らの槍剣が貴様らの心の臓を貫くものと思え!」
「うぐぐ、どうしてこうなったし……」
十余名の衛兵らに槍とか剣とかを突きつけられていた。
現在の時刻は夜である。もっと言うならば深夜である。
そんな草木も眠ろうかという時間帯に、街中へ、転移魔法なんかで堂々と侵入してきたらどうなるか? ゲームならば良い。ゲームのタイムテーブルにも夜という時間はあるものの、プレイヤーたちはそんなことをあまり気にせずプレイし続けるから。
だが、現実として見るのならば?
深夜の、住民たちの寝静まった街中へ、転移魔法で侵入。どう考えても穏当な理由である筈がない。ともすればどこかの勢力が夜戦を仕掛けてきたとか、そういう風に見られるのが普通である。
――が。セラフィム――翼はその人生を、彼女が知る限りに於いて白く清潔なだけの部屋で完結していた。ゲーム内で知識を蓄えることが出来たものの、所詮はゲームである。その知識や経験則の多くはゲーム準拠であり、普遍的かつ一般的な常識との齟齬は酷いものだ。
一方の妹たちはNPCとしてデータベースなどから様々な情報を得ることが出来たし、実際に閲覧情報から知識の補完を行っていたが、やはりゲーム仕様としてのNPCという都合上、ゲーム内でプレイヤーとの関係を円滑に行うため以外の余計なものは備えていない。
だからこれは、未だにゲーム感覚が抜けきらないセラフィムたちの側と、確固とした現実として存在し暮らしている者の側との齟齬による、起こるべくして起こった不幸な出来事であった。
とは言え。自分はともかく妹たちにまで凶器を向けるとか、セラフィム的には到底看過できる事態ではない。
それでもセラフィムはグッと堪えていた。だから妹たちもお姉さまに倣い大人しくしているのだが。
これには当然理由がある。ここがブラドの治める国であるということは勿論のこと、セラフィムはブラドと敵対したくはないと考えていたからだ。
これから頼ろうとしているとか、使徒が敵として存在しているとかということもあるが、それ以上に、カンストプレイヤー同士のPVPは基本的にどちらかが死ぬまで決着がつかないというのが大きい。そして、セラフィムとブラドのビルド(構成全般)は相性が悪い。それこそ、一対一ならばセラフィムは勝てないと知っている程度には。
加えて、ここまで彼らの警戒心が高いのは何かしら理由があるのだろうとも考えており、安易な行動に移るべきでないとも思っている。今更感はあるものの、だ。
それでも、もしも万が一にでも彼らが武力行使に訴え妹たちに危害を加えるのならその時は――
そんなセラフィムの静かな決意はともかく、彼らにしても大人しく縛につくのなら無闇に危害を加えようとは思っていない。ここら辺のモラルについてはブラドの統治が善いものである表れだろう。
そんな互いの思惑が奇跡的に一致したからか、セラフィムたち一行はしめやかに引っ捕らえられ、牢屋なう。
「どうしてこうなったし……」
煉瓦造りの古式ゆかしい牢屋の中には簡単なベッドが一つあるだけで、他には何もない。広さも四畳半あるかどうかというようなものである。
そんな狭く、明らかに一人用の牢屋にセラフィム、ケレス、エリスの三人は一緒に押し込められていた。
というのも、当初は三者ばらばらに入れられる筈だったのだが、これにセラフィムが喧しく猛反発し、ケレスがヒステリックに喚き、エリスが泣いた。
これには衛兵たちも深夜にここまで金切り声を上げられては迷惑甚だしくたまらないと、今夜だけだぞ、と折れたのである。
「はてさて。大方どこかの国との緊張感が高まっているとか、そういう理由でピリピリしているのでしょう。まぁ、別にいいじゃない、お姉さま。わたしたちにとってはお姉さまが居ればどこでも楽園よ。ね、エリス?」
「んゆ~……ねみゅいぃ……」
言葉通りなんとも思っていない風にくつろぐケレスと、ふらふらと船をこぎながら大きくあくびをしているエリス。そんな二人を見ては、セラフィムも姉としていつまでも不満ばかり漏らしてはいられないと、大きくため息を吐きながらも気持ちを切り替えた。
牢の中は燭台が一つだけあり、天井付近に窓が一つあるもの、格子が嵌め込まれている。扉は古くさい鉄格子ではなく頑丈そうな鋼鉄製の扉だが、その存在を知らないのかコールリングを取り上げられてていないので脱獄は容易い。
とは言え、前述したようにブラドとの関係悪化は避けたいので、セラフィムは大人しく朝を待とうと決める。
「しょうがない。ほらほらエリス、眠いならベッドで寝ないと。狭いけど、エリスとケレスの二人ならなんとか大丈夫でしょ」
「あら、お姉さまは? 起きておくつもり?」
「まさか。私も寝るよ。初日から色々ありすぎて疲れてるもの。まったく、一日にイベント詰め込み過ぎだよ……」
「……床で寝るつもりね?」
「他にないしね。まぁ、気にしないでよ。妹は素直にお姉ちゃんに甘えておけばいいのです」
「…………甘えていいの?」
「もっちろん! 今日まで寂しい思いさせちゃったみたいだし、その分しっかり甘えてよ」
「そう……。言質は取ったわよ?」
言うや否や。
ケレスはとても自然な動作でセラフィムに抱きつき、そのまま押し倒した。
「ふぁっ!?」
「ああ、おねえさまおねえさまおねえさまおねえさまおねえさまのにおい、おねえさまのたいおん、おねえさまのおむね、おねえさまにふれてる、おねえさまをかんじれる、ああ、ああ、おねえさま、おねえさまおねえさま、おねえさまおねえさまおねえさまおねえさまっ」
たがが外れたのか何なのか。
ケレスは抱きつき押し倒した勢いのままに、セラフィムの胸元に顔をぐりぐりと押し付け、くんかくんかすーはすーはーと深呼吸。いつものどこか凛とした声音から、幼く舌足らずで甘えたような声色にまで変わっている。
突然の事に反応が追い付かないセラフィム本人をそっちのけで、ケレスはセラフィムを堪能し、セラフィニウム――妹たちの必須栄養素――をこれでもかと接種する。
ややをして、ようやく我に返ったセラフィムはケレスの唐突な奇行に困惑しつつ、打開策を求めてもう一人の妹を探すが。
(ねーてーるーしー……)
エリスは何時の間にやらベッドで身を丸めてスヤスヤと眠っていた。小動物みたいで可愛いと思うのも一瞬。万事休すとセラフィムは早々に諦め、天井の煉瓦の凹凸を数える作業に精を出すことにしたのだった。




