姉妹たちは準備中のようです
ⅩⅡ.
その後、なんとか持ち直したセラフィムは使徒の脅威度を説明した。
使徒は下級下位の、いわゆる雑兵であるエンゼリオンですら百三十レベル相当はあり、長剣による近接戦闘と魔法による遠距離戦闘を両立していること。中級以上は余程のレベル差がない限りレベルが当てにならないことや、各階級位に則した固有能力を備えていること。
その他、覚えている限りの情報を提供したセラフィム。
そうして王国中枢、少なくとも貴族の幾らかは入れ替わっていること、現状の戦力比がセラフィムと妹たちを加えても絶望的である、ということについては共通認識となった。
現状ではどうやっても戦力が足りないことに悲壮感の漂う空気になるが、そこでケレスが思い出したように有益な情報をもたらしてくれた。
その結果。とりあえずランディルとエリナはひとまずレギオンと、それぞれの所属チームに帰還し情報を共有することになった。今後の通信手段は改めてランディルとエリナ、と言うかエリナが用意するということらしい。
帰還方法については使い捨ての転移結晶――予め設定された街や村などのポイントに転移可能なアイテム――を持っているということで、セラフィムとケレス、エリスの三人はランディルとエリナの二人を見送り――。
「ところでお姉さま。なんだかんだでレジスタンスに付き合うことになったけど、良かったの?」
「あー……、面倒臭いけどしかたないでしょ。このまま見捨てるのも寝覚め悪いし。それにここで使徒と戦うことはマイナスばかりじゃないわ。ゲームではプログラム通りに動くだけだった使徒たちにも自我が芽生えたことで変化が生じてるようだしね」
話ながら思い出すのは、逃走したエクスシアンと妹たちに倒されたプリンシパルの二体だ。
モンスターの中には形勢不利と見るや逃走に移る個体も珍しくはないが、使徒にそれは当てはまらない。セラフィムの経験則として、使徒はどれだけ不利でも逃走は選択しないし、敵の数の多少、強弱に関わらずプレイヤーはサーチアンドデストロイが定石だ。その使徒が、己の不利を悟って撤退するという選択を採り、相手を侮り自身の目的を喋ることに夢中で隙を突かれている。これはもう、ゲームでいうならばバグだと言っても過言ではないようなイレギュラーだ。しかしゲームから現実となり使徒にも自我が芽生え個性が生じたというのならば話は違ってくる。
それがどの程度の差異としてはたらくのか、それを見極める意味でも今回は丁度良い。事と次第によっては、使徒は自我や個性と言う余分なものが加味されたことで大幅に弱体化している公算が高い。もちろん、その逆も大いにあり得るが。
確かに妹たちを危機に晒すのは得策ではないし、セラフィムとはしては言語道断と言う他ないが、いざとなればケレスとエリスの二人を転移させて都市諸共壊滅させるという手段もある。その場合はセラフィムも妹たちも晴れて正真正銘の魔王ということになるが、その時はその時で冥府やアストラルダンジョンに逃げ込めば良いやと、若干楽観的に考えていたり。二百レベルオーバーの者が少ないのならば、それら上位難度フィールドやダンジョンはある意味では安全地帯である。まぁ、別種の驚異が犇めいているわけだが、そこはそれ。
なんてことを考えながら、セラフィムは現在、ケレスやエリスと一緒に引っ越しの準備をしていた。と言っても準備が必要なのは妹たち二人であり、セラフィムはただのお手伝いでしかないが。
「にしても、まさかアイテムストレージは使えないのに、アイテムバインダーは使えるなんてねぇ」
セラフィムが棚に置いてあった茶葉の入った瓶を手に取り、圧縮と唱えると瓶は一枚の小さな紙片に変わる。大きさは本に挟む栞程度の大きさだ。
『スペクトラム』ではアイテムを収納し持ち運ぶ手段が二つある。
一つがアイテムストレージ。メニューから経由して出し入れ可能な大容量アイテムボックスであり、五十種までのアイテムを(一部を除き)それぞれ五十五個ずつストック可能だ。ただしこちらはメニューを経由しなければならないため、戦闘等の咄嗟の使用には適していない。
そこで戦闘時に対応するのが、アイテムバインダー。こちらは簡単に言うならばショートカットのようなものだ。栞状のカードに圧縮したアイテムをリングホルダーに通し二十種十個ずつストック出来る。大きめの英単語カードのようなものを想像して貰えれば近いだろう。こちらの難点は単純に、容量が小さいという点に尽きる。だが、即座に使える点は有用だ。
また、どちらの方法でもメニューを経由するか即行かの違いを除けば、ドロップアイテムも収納可能である。
セラフィムはメニューが使えないことに意識が向きすぎて、このアイテムバインダーのことをケレスに言われるまで失念していた。ハイエンドプレイヤーとしてあるまじきポカである。
「ねーねーケレスぅ。このクマちゃん持って行っていーいー?」
「ダメですわ」
「ぶぅ……。じゃあこのウサちゃんは?」
「却下です」
「むぅ……。それじゃあ、こっちのネコちゃんは?」
「置いていきなさい」
「うぅ~……。おねーさまー、ケレスがいじわる言う~」
どこから調達したのか。抱え上げなければ持ち運べないようなぬいぐるみを取っ替え引っ替え、ケレスへと訊ねるエリスだったがその全てににべもなくダメ出しをされる。その様はまるでぬいぐるみがエリスの幼声で喋っているようで、セラフィムとしては非常にほっこりできる一幕なのだが、それでもエリスの味方にはなれそうにない。
「あー、ごめんねエリス。私もケレスに賛成。持って行けるものには限りがあるんだから、必要最小限にしておかないと」
アイテムバインダー三人分で六十種×十個で六百個。多いように思えるが、まったくそんなことはないのだ。
三人ともそれぞれに中~上級のHP回復薬やMP回復薬が数種類ずつに、状態異常回復薬等、戦闘中の要所要所で必要なアイテムをストックしているため、実際の一人辺りのアイテムバインダーの余裕はそんなに多くないのである。
「うう~……、あ! じゃあこの子たちはあたしが抱えて持っていくっていうのは!?」
「はぁ……。ダメに決まってるでしょう」
セラフィムにまで否定され不満そうだったエリスだったが、それでも直ぐに名案だとばかりに口走った言葉は、心底呆れた風なケレスに即座に却下されてしまう。
そんな妹たちの仲の良い様子に微笑みを浮かべながら、セラフィムは銀製の食器類をカード化していく。短い呪文を唱えた瞬間には銀製の食器一式はすでにそこにはなく、食器一式の絵と名前が描かれた長方形の小さなカードに変わっていた。
ゲームの時は仕様として気にしていなかったものの、こうして現実となった今ではどういう仕組みなのか気になるところだが、セラフィムはこういうのも魔法なんだろうと自己完結した。
「おねーさまぁ。ねぇ、一個だけ。一個だけならいいでしょう?」
リングホルダーにカードを通しているとエリスがセラフィムのスカートをちょんと摘まんで上目使いにおねだりをし始めた。うるうると瞳を潤ませ、どこか弱々しい声音で言われたセラフィムは――
「しょうがないなぁ」
「ちょ、お姉さま……」
速効で陥落した。
姉のあんまりな不甲斐なさに思わずケレスも開いた口が塞がらない。
そんな感じで姉妹たちのお引っ越し準備は進み。
「それじゃあ、エリス。転移魔法よろしくね」
「はーいっ」
セラフィムの言葉に元気良く答えたエリスが詠唱を始め、魔法を発動させる。
向かうは王国と帝国の境界線として連なる山々の中に存在する小国。幾つもの小国郡が三大国家に併呑される中、未だに永世中立国として、なにより亜人国家として残存する唯一の国、ワラキア興国。治めるはヴラディスラウス・ドラクリヤ。
『スペクトラム』の元ハイエンドプレイヤーが興し、統治する国である。
ケレスの告げた有益な情報こそが、このセラフィム以外の高レベルプレイヤーの存在とそれに付随する諸々であった。
夕方頃にもう一回更新します。




