お姉ちゃんたちは話を聞くようです。
Ⅹ.
「幾つかありましてな。手っ取り早いのが天使崇拝教団の後ろ楯を得ることですな。セラフィム殿が天使の末裔としてその強さを魅せつければ、教団は貴女を天使の末裔として担ぎ上げる公算が大きい。そうなれば、天使の末裔である貴女が、魔王を改心させたというストーリーをでっち上げれます。妹君お二人がセラフィム殿に従順な様を見せれば納得を得るのも容易いでしょう。難点としましては、自由がほぼなくなることですかな。理由は言わずと察せれましょう?」
それを聞いてセラフィムは内心で確かにと頷いた。
『スペクトラム』の設定でも、天使崇拝教団は最大にして唯一の宗教であった。この世界でも同様なのであれば、その影響力は大きいだろう。
だが、言うようにリスクも大きい。天使の末裔として振る舞うのならば、教団の催すなにかしら全てに出席する必要があるだろうし、対モンスター戦には引っ張りだことなることは間違いない。なにせ、ゲーム時の教団関連のクエストはとにかく面倒くさいものが多かったのだから。
妹たちに着せられた濡れ衣を払拭するためであればそのくらいは我慢できるが、他にも選択肢があるのならば、積極的に執りたい手ではない。
「もう一つは、妹君らの言う真実で噂を払拭すること。ですがこれには、証拠が要ります。先手を、それも国に打たれたのは痛いですな。今さら真実を語って聞かせたところで信じるものは少ないでしょう」
たしかにその通りだ。最初に信じた事実を後出しの真実で上書きするには、根拠や証拠が必要だ。最初に信じたことが実は間違いだった、そう認識を改めるのはどうあれ難しいのだから。セラフィムもそこには同意だったが、しかしランディルの挙げたこの案に希望を見いだした。
「居ない、ではなく、少ない、なんですね?」
「ええ。そうです。少ないのです。ここに来る前、エリナがちらっと言っておりましたが、この交易都市には以前より黒い噂がありました。それは辺境貴族たちのやっかみ、妬みとされましたが、そうは思わずに動いていたものたちもおります」
「それがあなたがた?」
「ご明察です。まぁエリナはまた違う組織の一員なのですが……。改めて、自己紹介をさせてください。自分はレギオン所属のリベリオンの一人にして、反政府組織『パルチザン』のメンバー、ランディルです。素性を隠していたこと、まことに申し訳ない」
そう言ってランディルは窮屈そうに頭をさげた。
そして頭をあげたランディルは続けて口を開いた。
「我々としては王国に蔓延する現在の嫌な空気を払拭し、膿を出しきってしまいたい。その為には同盟を組んでいる他の国や教団が介入できないような、現政府を悪と断じれるだけの証拠がほしい。また、戦力も充実しているとは言い難いのが現状です。なので、セラフィム殿」
そう言ってランディルはヘルムのスリットから除く碧眼で、セラフィムをじっと見つめる。
その真剣な眼差しに、セラフィムは少しだけ居心地が悪くなる。セラフィムのこれまでの人生で、こういう目を向けられたことは殆どないのだ。
「妹君たちが逃がしたという者たちについては、我々のほうで捜索を受け持ちます。なので、我々『パルチザン』が決起する時には、どうかお力をお貸しください」
そう言ってランディルは立ち上がると、折り目正しい洗練された所作で腰を折り頭を下げた。
その勢いに圧され、セラフィムは反射的に頷きそうになったが、そこで一つだけ疑問が生じる。
「……その前に、聞かせてください。なぜ証拠のない妹たちの話を信じるんですか? 元々悪い噂があった。火の無い所に煙は立たない。それはわかります。それでも、この娘たちの言っていることは端から見れば突拍子もないことだと思うのです。私はこの娘たちのお姉ちゃんだから全面的に信じますけど、あなた方はそうじゃない。お二人にとってこの娘たちは初対面の他人で、しかも魔王ですよね。何故です?」
モンスターが人に化けていた。その親玉を倒したら人に化けていたモンスターたちが人を襲い出した。そして周辺からモンスターが集結、襲撃を行った。
衝撃的な話だ。それこそ、何の証拠もなく聞かされれば、まず間違いなく嘘か冗談かと疑うような。
しかしランディルは首を横に振って違うのだと言う。何が違うのかとセラフィムが問う。
「前提が間違っております。我々は人々がモンスターと入れ替わっている事件を知っておりました。最初に貴女と出会った時、我々がグリーンゴブリンに襲われていたのは、あの近くにあった村から自分の所属しているレギオンに救援要請があったからです。生憎と我々が到着した時には無事な村人は既に居らず、村人が全てモンスターの化けているものだという証拠を掴むのが精々でしたが」
「……証拠?」
「ええ。疑問には思いませんでしたかな? グリーンゴブリンに教われている最中、エリナが魔法を使っていなかったことに。ご覧の通り、エリナは生粋の魔法使いです。それも、村一つがモンスターハウス化している危険性のある任務に、自分と二人だけでも十分だと、レギオンと言う一つの組織から信を得ている程度には有能な。それが、あの時にはロクに魔法を使っていなかった。否、使えなかったのです。何故ならば、その証拠をこそエリナの魔法で掴み、それによってエリナの魔力は殆ど尽きていたから」
「……ランディルのアホ。喋りすぎ」
ランディルの長口上にエリナが不機嫌そうに釘を刺す。
魔法使いが魔力切れを起こして命の危機に陥るなど、確かにあまり口にしたいことではないかもしれない。セラフィムはかつての自分のことを思いだし、少しだけエリナに共感した。
「それで、その証拠というのは?」
「エリナ」
「……はぁ。おおやけになっていない秘術だから、あまり見せたくはないのだけれど」
小さくため息を吐きながら言うエリナはローブから一本の短杖を取り出す。
それを見たセラフィムは思わず息を飲んだ。
エリナが取り出したのは一翼を持つ二匹の蛇が絡み付いた黄金の杖であった。そして、セラフィムはその杖をよく知っている。それは『スペクトラム』では武器カテゴリーのレアリティでも最上位の“神器”と呼ばれるもので、銘を『ケルキオン』。その効果は極めて高いINT値補正と、戦闘中、一体につき一度だけ抵抗値を無視して確実に睡眠状態にさせるパッシブ効果と、一度だけ死者を完全回復させるアクティブスキルを持っている。
だが、大抵のゲームでそうであるように、『スペクトラム』でも装備品にはそれぞれ装備可能レベルや要求ステータスが設けられていた。“神器”ともなれば当然それらは高く設定されている。そして、それを装備できているということは、エリナは少なくともレベル一九0は確実に越えていることになるのだ。
「そう。その顔は、これを知っているのね。……まぁ、今はそれはいいわ。それよりも、よく見ておきなさい。あまり魔力が回復していないから、見せれるのは三十秒が限界よ」
そう言ってエリナは目蓋を下ろした。なんらかの術に集中しているのは確かで、その証拠にエリナの足元と、エリナが胸元で握りしめたケルキオンの頭の部分に黄金色の魔法陣が浮かび上がる。
そして。
「――なっ!」
「うそ……」
「え?」
セラフィム、ケレス、エリスの三人はそれぞれが一様に絶句した。
エリナの足元の魔法陣はそのままに、ケルキオンの魔法陣だけが弾けるように広がると、そこには三人には見慣れた、けれど今では見ることの出来ないだろう光景が部屋中に投影されていたのだ。
それは、ステータス画面。それも、その数は実に数十。おそらくは村人全てのものなのだろう。
そして、その全てに【状態以上:人化、洗脳、催眠】の表記があり、種族欄には元の姿であろうモンスターの種族が記載されていた。




