妹たちのやらかしたことと、漂う暗雲。
Ⅸ.
――ケレスとエリスの二人がこの交易都市に立ち寄ったのは彼女たちが一先ずの目的地として、人の行き来が多い街を選んだからであり、最寄りの街でもっとも条件に適したのがここであったという以上のことはないと言う。
彼女らはこの街に入って最初に気持ち悪さを覚えた。
人に紛れて、人のフリをしているモンスターたちがいて。人々はそんな紛い物に気付かず日常を送っている。かと思えば、人通りから一つでも外れてしまえば、そこでは誰かが食い殺されるか拐われるか、なんであれ人生を終わらせられている。
それでも二人はその事実そのものに対して危機感や驚異を抱くこともなく、そういうものなのだろうと、そもそもの目的であったお姉さまへの手がかりを探すべく聞き込みを始めた。
一日目はただただ徒労に終わった。ちゃんとした人を選んで行った聞き込みには手応えの一つもなく。前日の結果を反省して二日目、今度は人を選ばず、それでいて街を出入りしているものに目標を定めて聞き込みをしてみた。が、やはり成果は無し。
そして三日目。さて今日はどうしようと思っていると、街の広場で身なりの良い人モドキから声をかけられた。その気持ち悪さに二人は顔をしかめそうになるものの、失礼だなと思ってなんともない風を装って対応してみた。
話を聞くに、この街の領主が二人を招きたいと言っているらしい。美しく可愛らしい幼い姉妹が誰かを探しているらしい、そんな噂が領主の元まで届いたのだとか。
始めこそ怪しいと感じたものの、こんな混沌とした街を治めているのはどんな人物なのか興味があり、何よりも少しだけ手詰まり感もあって。もしこれで成果がなくとも、そしてこの街の混沌さに気付いていてない愚鈍な領主だとしても、これだけ大きな街の領主に顔を覚えて貰うのは後々で何かの役に立つかもしれない。
そんな思惑のもと、二人は招待を受けることにした。
――そして領主と面会して理解した。
領主は興味本位で招いた訳ではないと。愚鈍でもないのだと。何より領主もまた人ではなく。考えるまでもなく役になんてたつわけもない、害悪だと。
大ホールのように広い謁見の間に通された二人を出迎えたのは、明らかに正気ではない完全武装した兵士と、十数体の翼を背負うマネキン――エンゼリオンと、上座中空でそれらを従える有翼の碧色甲冑、下級上位の使徒プリンシパル。
聞くまでもなくわざわざ説明してくれたところによると、この街の真実に気付きゲーム進行の邪魔に成りうるもの。それでいて供物として相応しいとかなんとか。
まぁ、ベラベラと話しているのをぼさっと突っ立って聞くのも間抜けが過ぎるので、二人は聞くフリをして魔法をストック。隙をついて攻撃開始。二人のコンビネーションと魔法コンボでプリンシパルの持つ特性を抜いて大ダメージを与えつつ、周囲のエンゼリオンを掃討。そのまま一気にプリンシパルもサクッと倒したのだという。
それで全てが終われば御の字だったのだが、ここで予想外と言うか、予想して然るべきと言うか、とにかく思わぬ事態が発生する。
街で人に扮していたモンスターたちの統率が一斉に乱れ住民を無差別に襲撃。しかもどういうわけかそれに呼応するように街周辺のモンスターたちも街に雪崩れ込み、街は瞬く間にモンスタースタンピードの様相を挺し。
それでもなんとか奇跡的に無事だった住民をとにかく避難させて。
この事態に対しちょっとだけ責任感のようなものを感じた二人は、モンスターの大群が周辺に散って他の町などを襲わないように、集団戦用の大規模無差別殲滅魔法でもって街ごとモンスターを薙ぎ払ったのだと言う。
そんな話を語り終えたケレスは、ふぅ、と一つ息を吐くとカップに口をつけ喉を潤した。
聞いていた三人は唖然とするしかない。
「……え、なに、ちょっとまって。飲み込めない呑み込めない。とんでもないわよこれ」
「いやぁ……、これはちょっと……」
エリナは頭を抱えてぶつぶつと何事か呟きながら自分の世界に入り、ランディルはゴリゴリとガントレットでヘルムを掻いてそんな感想をもらした。室内でヘルムを外さないのは何故だろう、とセラフィムは考えつつ。
「そうよ、証拠は!? その証拠はあるの!?」
「さぁ? そうね、わたしたちが転移魔法で最寄りの町に適当に逃がした住民が何人かいるから、その人たちを探せば、それが証拠になるかもしれないわね」
「そんなんどうやって探せっていうのよ!」
「知らないわよ。終わったことだし、わたしは別にどうでもいいもの」
「わかってないのね! 貴女たちは今、幼魔王って呼ばれて都市壊滅の犯人にされているのよ!?」
「え! なにそれカッコイイ!」
「かっこよくないっ!」
今の今までうつらうつらとしていたエリスが、おかしな箇所でトンチキな反応をするものだから、反射的にエリナは怒鳴ってしまった。あ、と思うものの、怒鳴られた本人はカッコイイのに、と口を尖らせているだけで、エリナは思わずホッと胸を撫で下ろした。
「なるほどね。やたらとマオーマオーと言ってたのはそういうことだったのね。酷い話なのだわ」
「そうでしょう!? その話が本当なら――」
「わたしたちの完璧に可愛い容姿の何処を見て魔王だなんて言ってるのかしら。きっと、よほど性根とセンスがヒン曲がっているのね」
さすが姉妹と言うべきか。
ケレスは忌々しそうにそんな感想を述たのだった。
今度はエリナも怒鳴ることなはなく、まともだと思っていた相手が予想外の可笑しなことを言ったことで、まるで顎を強打されたかのようにガクゥと膝を折ってしまった。
「それにしても、よく下級上位とは言え使徒を二人だけで倒せたね」
「ええ、そこは実を言うとわたしたちもちょっとビックリなのよ。本当なら派手かつ大きいのを当てて場を引っ掻き回し、そのままエスケープするつもりだったのだけれど……。予想外に上手く決まったのよね」
「うんうん。なんか全部クリティカルヒット! みたいな感じだったよね」
ダメージから立ち直れないエリナに代わり、今度はセラフィムが話しかける。
返された言にそんなバカな、と思うものの、二人とプリンシパルのレベル差、セラフィムが二人に教えた、『使徒を魔法だけで攻略する』という縛りプレイをしていたプレイヤー考案の魔法コンボが全て上手く決まったと考えれば、確かに倒しきれるか、と一応の納得をした。
「大方、ベラベラと話すことに夢中でロクに対処もできなかったんじゃないかしら。ええ、もう、本当に罠かと思うくらい隙だらけだったし」
「あ! 思い出した! あれって舐めプっていうんだよね!」
「……そんな言葉どこで覚えたのさ」
そうやって雑談していると、復活したらしいエリナがゆらりと立ち上がってテーブルをバン! と叩いた。
「なんでそんなに余裕なのよ! あんたらは国から狙われてるのよ!」
「そうですな。これはちょっとうまくないですぞ。どのような事情があり、義はお二人にあったとしても、既に国がお二人を悪として流布し、それが広がっています。今はまだ王国内だけなので、最悪この国を出れば良いでしょうが……。放っておけば何れは他の国にも広がりましょう。そうなっては何処に居ても追われ、安息の地はなくなります。いくら貴女方が強いとは言え、それは望むところではないのでは?」
エリナの言葉を引き継ぐように、噛み砕いて言い含めるように語るランディルの言葉に、さすがの姉妹たちも苦い顔をする。
確かにセラフィムはレベルがカンストしており、エリスとケレスの二人も二百レベルを越えている。とは言え、数で圧殺される可能性がないでもない。ましてやこの世界にもセラフィム同様にレベルカンストした者が居るかもしれないし、そうでなくともレベルという概念がどこまで有効なのかもわからない。
だいたいにおいて、敵対するものや害のあるものを倒してしまうことに抵抗はないが、好き好んで積極的に行いたいことでもない。モンスターを倒すのとはまた感覚が異なるのだ。
セラフィムは自分が考えるのに向かないことを自覚している。それこそ、大規模戦略魔法とスキルで王国を襲撃して、なんもかんも有耶無耶にするという、脳筋もびっくり、力技というのも憚られるような雑なものしか思い付かない。産まれてから十余年、白くて清潔なだけの部屋に缶詰めにされていた実績は伊達ではないのである。
だから、セラフィムは恥を承知で、それ以上に妹たちと自分のために直ぐ様、駄目元でもと案を仰いでみることにした。訊く恥よりも、妹たちと自分たちに及ぶ累をこそ嫌ったのである。
「……なにか、良い案とかあります?」
「ありますぞ」
思っていた以上に面倒であると、ようやく事態をきちんと受け止めたセラフィムが神妙な顔で発した問いに、ランディルはあっさりと答えた。




