~ 大変な日常喜劇 ~
~ 大変な日常喜劇 ~
3人が住んでいる9階建てのマンションは少し特殊なもので、8階と9階が一つの家になっていて8階を入り口に2階建ての家のようになっている。プラス屋上つきである。その一つに3人は住んでいるのだ。
ぜんざい臭いままエレベーターに乗るのは気が引けたのか階段を上って家に向かった2人のうち、雪菜だけ息が切れていた。戦闘スタイルが自ら動き隙を探るタイプの幹矢とは違い、雪菜は“流麗な水姫”と言われるほど異能戦では余裕のある戦いをする。つまり、あまり運動しない戦いをする。手芸部ということもあり身体能力は下の上くらいだ。つまり1階から8階まで計112段を上るのは苦の骨頂である。
「き、きっついなぁ。」
「ん、そうか?ほら、もう家だからさ。」
先に明かりがついているのはエレベーターで昇った白斗が先に着いたのだろう。どおりで鍵が開いているわけだ。
「ただいまぁ。白斗風呂沸かしたか~。」
「はいはい、わかしてるよ~。さっさはいって~。」
「さんきゅ~。」
というとぜんざいがついている上着を洗濯機ではなく浴室に投げ捨て、洗剤を取りに物置に行くついでに2階にいる雪菜に向かって
「雪菜、ぜんざいが付いた服を脱いでこっちにまわせ~。」
「私が洗うからほっといていいよ。そこらへんに…って裸じゃんか!!」
「上裸なだけだろうが。ぶわっ…。おい、言ってることとやってること違うぞ!!ぜんざいの服を投げつけるのは洗ってってことか?そうなんだろ!!」
「そうだから、さっさと風呂入ってよ!!私はいれないじゃんか!!」
はぁ~とため息をつきながら洗剤とぜんざいの付いた服をもって風呂へと向かう。さすがに一緒に洗濯機に入れてしまうと匂い移りしまうので先に手で洗うのだ。シャワーで一度表面を流してから、洗剤で染み出させる。これを2回ほど繰り返して、それから洗濯機に入れる。そうしてやっと、自分の体を洗う。これから浴槽に浸かっていると雪菜や白斗に迷惑をかけるのでシャワーで体を温めてから浴室を後にした。
「雪菜次いいよ~。」
といいながらエプロンを着る。今から夕食なのだ。午後9時。疲労はピークな時間帯なのだが日常になってしまえば、さほど気にならない。
白斗はおそらく自室で本を読んでいるのだろう。幹矢が貸した本に熱中しているようで最近静かな時は大体が本を読んでいる。対する雪菜は2階でバタバタと一体何をやっているのか。そんなことを考えながらジャガイモの皮をむいている幹矢だった。
今日は肉じゃがだ。作り置きでき、煮物として弁当にも入れられる最高の料理である。作り方も簡単で手間が少ない。
だが冷蔵庫を見るとニンジンがなく、あるのは白滝とネギ、肉、あとその他諸々だ。
「あっ、買ってくるの忘れた…しょうがないか。ニンジン抜きの色味皆無の肉じゃがにしようか。野菜のことを考えて焼きネギを作るか…。冷凍のほうれん草を使っておひたしも作ればいいよね。なら、解凍早くしないと。」
と言って水をためたボウルに凍ったほうれん草をいれ溶かしていく。その間に肉じゃがの準備をしていく醤油、みりんなどの調味料を幹矢オリジナルにブレンドした出汁を煮詰めて、先に肉を投入する。色が変われば水を加えてだしを薄めじゃがいもと白滝を投入し煮詰める。その間に金網を出してコンロを出して直火で適当に切ったねぎを焼いていく。
「風呂あがったから白斗入っていいよ~。」
「うい~。」
といった声が廊下から聞こえてくる。あまり長風呂が好きではない雪菜だ、このくらいの時間だろう。
ちなみにリビング、キッチン、風呂、物置、白斗の部屋は1階にある。幹矢の部屋と雪菜の部屋、書斎が2階にある。基本それぞれの部屋は侵入禁止ゾーンなので廊下からこの声が響いているんだろう。
幹矢は、風呂上りの雪菜を呼んでネギの様子を見てもらうことに。
「焦げ目が少しついたくらいでひっくり返していいぞ。」
「はいはい、了解~。」
とテレビ見ながら適当に答える雪菜に不安を覚えつつ、ほうれん草を軽くもんでいく。ある程度したらさっと水を切り、重ねて切っていく。それを3つの小鉢に分けてそれぞれにごま油を数滴たらして醤油を1まわしかけていく。これで1品目完成だ。
なぜかふと、険しい顔になった幹矢。
「ん、臭ぇな。…おい!!雪菜燃えてるぞ!!おい!!」
どうやら寝ていた雪菜は幹矢の怒号で目を覚ました。
「ん?…やばいやばい!!ごめん。」
急いで火を消し、とりあえず箸で持ち上げ上下に振る。はぁ~とため息をついている幹矢は慌てずに小鉢をテーブルに並べ、雪菜がなんとか火を消したネギを回収する。
「ごめんなさい、寝てたみたいで…。」
「知ってる、疲れてんだろ。飯できるまで休んでな。」
「えっ、でも…。」
「もう終わるし心配ご無用だ。」
「ありがとう。」
雪菜は二階の自室に戻っていく。それを見送りながらネギの焦げてない部分をくりぬいていく。
「厳しくできないのも弱さかね。」
ぼそっと幹矢はそうつぶやいた。
「そうだろうなぁ。お前は心が強い、それは外側つまり、ガードが強いだけだ。だが中身、本質的なところは打たれ弱い。だから俺や雪菜には弱いんだよ。」
「そうかね。」
風呂から上がってきた白斗が一部見ていたようだ。「手伝う。」と一言だけ言って箸をならべていく。気にせず幹矢は煮詰まった肉じゃがの火を止めてこっちも盛り付けていく。これは大きな皿にまとめて飾る。それをテーブルにもっていけば今日の夕食の準備はおしまい。ちなみにネギは肉じゃがの上にアクセントとしてちょこんとのせている。くりぬいた部分はいい感じに焼けているため、だしがしみ込んでいるようだ。
「白斗、雪菜を呼んできてくれ。」
「はいはい。」
と言って二階に向かう。その間に幹矢はさっさとキッチンのかたずけを行う。明日の弁当に使う分のおかずをラッピングなどで保存して、炊き立ての白米を茶碗に盛る。夜の主婦業は休みなしに続く。
雪菜と共に降りてきた白斗と静かに夕食を食べる。
「明日俺は校長に用があるから先に行く。朝飯、弁当は作っておいておく。あとはご自由にな。」
すっかり元気そうになった雪菜は
「幹矢じゃ起きれないんじゃないの?今日の遅刻みたいにさ。」
「うるせー、次は目覚ましかけるわ!!」
「うっそ~。」
幹矢と雪菜のコメディ、それを見て白斗がくすくす笑う。それがこの3人の日常なのだろう。自然に笑顔が生まれる。
「それしても校長に呼ばれるってなんかしたの?」
「いいや、俺からいくんだよ。ちなみに特にやらかしたわけではない。」
「うん…。そう…。」
「いいや、今日のことじゃないんだ。あくまで俺個人のことだ。」
おそらく自分が起こした事件についてと思った雪菜に対して声をかける幹矢。白斗はやはりくすくす笑っている。沈黙というのは心にかなりの重圧をかける。
やはり夕食にはテレビが必須である。
洗濯も干し終えあとは寝るだけ。そうなった幹矢の部屋にノックが響く。
「入るぞ。」
「白斗か、いいぞ。」
ガチャ。という定番の音と共にパジャマの白斗が入ってくる。眼鏡をかけて本を読んでいた幹矢が本にしおりを挟んで閉じる。
「なんか用か?」
「ああ、この本を返しに来たのともう1件。明日のことだ。」
本を受け取りながら幹矢は受け応える。
「お前は勘が鋭いな。明日は今日の1件についてだ。」
「報告する必要があるとするなら。異能を使った場合だ。警護についてはいつもお前と俺がいるわけだしいらないからな。」
「おお、あたりだ。気づいていたか。そうだね。校長は知り合いだから大丈夫だ。退学なんてことにはならない。」
「違うね。俺が危惧しているのは粛清だ。ちょっとは考えてるんだろう?」
「ああ、それもクリアだと思う。俺はあんまり喧嘩を売ってないからな。まあ、一応覚悟はしておこう。」
正直、心当たりが一人いるのは内緒だ。
「ん、ならいい。んじゃ、また本借りていくぞ。明日ちゃんと起きろよ?」
「ああ、サンキュな。」
白斗が借りていったものがまたミステリー小説と幹矢が知るのは遅くなかった。