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桜の天使たち  作者: 氷雪杏
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桜の天使たち 6

 その頃、日直当番だった美咲は日誌を届けに小体育館裏にある体育教官室に来ていた。

 コンコン、と教官室の扉をノックする。が、返事が無い。続けて何度か叩いてみたが、変わらなかった。

「せんせー、日誌持ってきたんですけどぉ」

 何気なく美咲はドアノブに手をかける。鍵がかかっていないようで、容易く扉が開いた。

「先生?」

 少し扉を開けて美咲は教官室を覗いた。誰も居ない。

「日誌を置いて早く帰りたいんだけどなぁ……」

 つぶやいて、二、三秒考えてから美咲は教官室の中に入っていった。

「教官室って先生の許しが無いと入れないんだけど、早くかえりたいもんね。おじゃましまーす♪」

 自分で自分に言い訳しながら美咲は部屋の中に入ってゆく。

 中はあまり片付けができておらず、色々な書類が雑多に散らばっていた。桂の机の上も雑然としている。

「先生、片付けくらいしなよ……」

 ちらかった机に日誌を置こうとした美咲は、桂の机の引き出しから紙がはみ出ているのに気付いた。

「なんだろ、これ」

 美咲の中で嫌な予感がする。見た方がいいのか見ない方がいいのか迷ったが、好奇心が勝ち引き出しを開けて中に入っていた紙を取り出した。

「離婚届……と、妊娠の診断書……!」

 とんでもない物を発見してしまった美咲は背中がぞくりとした。離婚届は欄が空白だったが診断書の方には名前が書いてある。その名前は――。

 足音がした。美咲は冷や汗をぬぐいながらドアに身を隠して外を覗う。桂だった。

「どうしよう! 帰ってきちゃった!」

 涙目になりながら美咲はドアと反対側にある窓に手をかけたが、あいにく格子が邪魔をして窓から外に出るのは不可能だった。他に脱出できるのは入ってきた扉しかないが、今出て行ったら確実に桂の目にとまる。

 半分パニックになりながら美咲はドンドンと窓を叩いたが、割れる筈も無い。

 桂がゆっくり教官室に近づいてくる。もはや時間の猶予が無かった。美咲は部屋を見渡す。部屋の隅に古びた衣裳ロッカーがあった。慌ててそこに身を隠す。ロッカーの扉を閉めるのと同時に教官室の扉が開いた。間一髪セーフだったが、ロッカーには桂のジャケットが入っている。下校時に見付かってしまうのは時間の問題だった。この後どうしようかと思いながら美咲はロッカーの隙間から部屋を見ていた。

 入室した桂は自分の席に戻り、深い溜め息をつく。はみ出ていた離婚届と妊娠診断書を見つけ、慌てて引き出しの奥にグシャっとしまった。

 その時、体育教官室の扉がノックされた。

「失礼しまーす」

「何だ、入れ」

 扉を開けて入って来たのは、あさみだった。あさみは部屋をキョロキョロと見渡してから桂に言った。

「先生、校門に他校の怖い生徒が集まってるんですけどー。一緒に様子を見てもらえませんか? 怖くて帰れないんです」

「わかった」

 桂は立ち上がって部屋を出る。桂と共に校門に向かいかけたあさみは一瞬振り返って、『早く部屋を出て!』とジェスチャーをした。驚いた美咲だったが、二人が見えなくなったのを確認してから慌ててロッカーから飛び出す。無事、教官室から脱出した。本当はそのまま逃げ出したかったが、日誌があるのでしばらく教官室の扉の前で待機する事にした。しばらくしてから、あさみと桂が戻ってきた。

「おっかしいなぁ、さっきは本当に居たんですよ?」

 あさみはとぼけた顔をして話をしている。

「もう少し状況を見てから来なさい」

 桂は少し不機嫌なようだ。

 体育教官室前までやってきた桂に美咲は声をかけた。

「先生、日誌持って来ました」

「あぁ、ごくろう」

 桂はそれだけ言うと、日誌を受け取って中に入ってゆく。

 扉が閉まるのを確認してから、美咲はあさみの腕を引っ張って猛ダッシュした。教官室が見えないところまでやってくると、ゼェゼェ息を切らせて立ち止まった。

「ハァ、ハァ……一体何なのよー? 教官室の中で美咲がパニクってるし、こんな所まで全力疾走だし……」

「ご、ごめんねあさみちゃん。……でも助かったよ……!」

 美咲はあさみに抱きつく。

「な、何? 美咲と一緒に帰ろうと思って教官室まで追いかけてきたら、美咲が中からドンドン窓を叩いてるんだもん。しかもその後、ヅラが教官室に入っていったからびっくりだわよ。誰も居ない教官室で一体何してたのよ?」

「それがね、あさみちゃん……」

 美咲はごくりと唾を飲んだ。

「私、ヅラの机の引出しで離婚届と妊娠診断書を見つけちゃったの」

「はぁ? 何ソレ! 訳わかんないわね。奥さんが妊娠したのに離婚届を用意してるの? 鬼だわね」

「違うの! その診断書、奥さんのじゃなかったの」

 あさみはやっと真剣な表情になる。

「奥さんのじゃないって……?」

 美咲は頷いた。

「その診断書……好子ちゃんの名前が書いてあった……」

「!」

 二人は、そのまま黙り込んでしまった。

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