桜の天使たち 24
街の中でも紅茶とケーキが美味しいと有名なコーチャ館に入ったあさみと青年は席に腰をおろした。何をされるのか分からないのでちゃっかり一番目立つ窓際の席についている。
ソファに大きなカメラを置く様子を、近くに座っていた若い女性達が珍しそうに見ていた。それに気づいた青年はにこりと微笑んで女性達に手を振る。はしゃいだ女性達は喜んで手を振り返した。
どうやらこの青年はかなり軟派な性格をしているようだ。
おすすめケーキセットを注文すると、あさみは足を組んで青年を改めて見る。年は二十代前半くらいで、よく見るとかなり顔が整っている。テレビスタッフ用の赤い帽子をかぶっているので前髪は帽子に隠れてしまっているが、下ろすと端正な印象になりそうだとあさみは思った。だが、残念ながら今は男性の批評会をしている場合ではない。
「とりあえず名前を聞かせてもらいましょうか」
「あぁ、これを」
そう言って、青年は名刺を取り出してあさみに差し出した。受け取って見てみると『OSKテレビ報道技術部 露木シゲル』と書かれている。あさみもよく知っている有名なテレビ局だった。
「えっと……じゃあ、私はこれ」
あさみはゲームセンターで作った可愛いキャラクター用紙に自分の名前が印刷されたものを渡した。この可愛い名刺は今、女子高生の間で流行っているものだ。
「プ、可愛いな」
思わず受け取って吹き出してしまったシゲルを、あさみはギッと睨む。
「何よ! 馬鹿にしてるの?」
「いやいや、素直な感想だよ。女子高生らしい可愛い名刺だね、あさみちゃん」
「それってやっぱり子供だって馬鹿にしてるって事じゃない! ちゃん付けで軽々しく呼ばないでよ軟派男!」
ニヤニヤ笑っているシゲルに苛ついたあさみは机をバンと叩いて怒ったが、とりあえず埒があかないので本題に入る事にした。
「んで? テープの件なんだけど」
「そうそう、これな」
シゲルは社用車のバンから持ってきた簡易ビデオ再生機を取り出して机の上に置いた。慣れた手つきで操作をする。
「ここから君達が映ってる」
シゲルは小さな画面を指差す。確かに、美咲とあさみが桂と会話している部分が映っていた。あんなに遠くから撮影していたのに案外しっかりと撮れている事にあさみは内心驚く。
「あぁ、ここでヅラに襲われたのよね。見てたんなら助けに来なさいよ」
「そのつもりだった。なんか様子がおかしいから行こうと思った矢先に……ほら、ここで彼たちが助けに入ってくる」
画面を見ながらシゲルは説明した。自分達を助けに入ろうとしていた人物がいたこと、それが報道関係の人物だった事にあさみは少し驚いた。
結局、あさみと美咲が桂と出会った所から、シゲルが発見されるまでほぼ全てがカメラに収められていた。あさみはため息をついてソファの背にもたれかかる。
「だーめ、これ全部無理」
「何だよ、つれないなぁ」
「あのね、もともと映像許可をするためじゃなくて、一言いいたくてついてきたの」
あさみは真剣な表情になる。シゲルも、それに気づいたのか姿勢を正した。
「私達を助けに来た二人の女の子の方――あんたの気配に最初に気づいた子。美和って言うんだけど、あの子、以前に盗聴されてから、隠れて撮られるとかそういう事に敏感なのよ。青ざめて震えてたの、あんたも見たでしょ?」
「あぁ、あの子ね。今朝、校門で俺に向かって威勢よく声をかけてたな」
シゲルは紅茶を飲みながら色々思い出している様子だった。
「だから、今度またこうやって盗撮されてたのを知ってかなりショックだったと思うの」
「でも、俺は過去に彼女の盗聴なんてやっていない」
「それはそうだけど……少しは彼女の気持ちも汲んでやって。どのみち、ヅラは今日にでも逮捕されるんだし、そっちを撮ったらいいじゃない」
「でも、これ、かなりのスクープなんだけどな。逮捕前の犯人の映像なんて滅多に撮れない。そもそも君達はあの先生と何を話してたんだ? 事件について何を知ってるんだ?」
話が平行線になり、あさみは頭を抱える。
「みんなで事件を追ってたから、私一人でそれについて語る事は出来ない。映像も許可できない」
言い切ると、あさみはテーブルにあった苺のケーキを一口ほおばった。
「小さな探偵さんは強情だなぁ」
シゲルはため息をついてソファにもたれかかる。
「ちょっと、子供扱いしないでくれる?」
口をもぐもぐさせながらあさみが言った。あさみは今まで同級生の男子からチヤホヤされていたが、年上の男性から子供扱いで軽んじられた事は一度もなかった。今までずっとマドンナ気分だったのに水をさされた気分だ。
「子供扱いも何も君は俺より子供だろ? 背伸びしたい年頃なのは分かるけどな」
「なんかムカつくわね……」
確かに、目の前にいるシゲルはあさみよりもずっと大人だ。だが、対等の立場で話ができない事をもどかしく感じる。
「テレビ関係の人なんてそんなもんよね。人を見下してばっかりで」
「おいおい、それは大きな誤解だ。確かにやりすぎる所もあるけど、いい所もたくさんあるんだぞ。俺だってあこがれて入った会社なんだし」
シゲルは心外だというように大きく肩をすくめた。
「何でこんな世界に入ろうとしたのよ?」
「見知らぬ世界が見たかったから、かな。お前、キタキツネって知ってるか?」
「知ってるけど……」
「今冬、キタキツネの生態の撮影をしてたんだ。二週間程度、雪山にこもって泊り込みでな。凍るくらい寒かったけど、親子で穴倉で眠るキツネはすごく可愛かった」
笑顔を浮かべるシゲルの表情が輝いている。あさみはその瞳にひきこまれそうになったのを咄嗟に自覚して慌てて目を逸らす。
「キツネだけじゃない、氷霧も何度か見れた。太陽の光を受けてキラキラ光ってそれは綺麗だった。本当は自分の目で見るのが一番だけど、普通に暮らしていたらなかなかそういう場面には出会う事ができない。俺はそれらを伝えるためにテレビの仕事をしている」
「へぇ……そうなんだ」
あさみともあろうものが、なんとなく言いくるめられて納得してしまう。だが、シゲルは今まで出あった悪徳レポーターとは随分と印象が違って見えた。
「いや。話が逸れたが、テレビってだけで毛嫌いするのはもったいないって事だ」
「じゃあ、女子高生ってだけで子供扱いするのもやめてくれる?」
言い返すあさみを見て、シゲルはクックッと忍び笑いをする。
「わかったよ、お姫様。お前って面白い奴だな」
あさみの心は少し揺れていた。画像をテレビで流すのはもっての他だが、この青年になら、これまであった事を話してもいいかも知れないと。
他愛もない談笑をしつつ、お互いが腹を探り合っていると、店の扉が開かれて何人かが急ぎ足であさみの所へ駆けてきた。あさみが振り返ると美和達が息をきらせている。
美和は心配のあまり真っ青な顔をしていた。




