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桜の天使たち  作者: 氷雪杏
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桜の天使たち 21

 美和は緊張した面持ちで桂を見た。

「屋上に録音機材があったのには気づかなかったみたいね」

 そう言いながら、美和は手のひらに納まるくらいのカセットレコーダを取り出す。桂はいきなりの事に狼狽した。美和の方を向き、あたふたしはじめる。

「雄一くんが放送部の友達に小さい録音デッキを借りて、あらかじめ三時間目が始まる前からセットしておいたのよ」

 雄一は小体育館を出た後、放送室の友達のもとに向かい、万が一の為早めに屋上の録音を始めていた。それが功を奏した。

 驚いて美和を見ていた桂だったが、次第に興奮で顔が赤くなってゆく。

「うおぉぉ! 何だそんなもの!」

 叫びながら、桂は美和にものすごい勢いで襲い掛かった。

「美和! 危ない!」

 あさみと美咲が駆け寄ったが、それよりも先に美和の後ろから影が飛び出す。

「卯野先輩に怪我はさせないぞ!」

 美和と一緒にやってきた雄一だった。

 雄一は美和の腕をつかんでいたヅラのわき腹に一発、拳を叩きこんだ。バランスを崩した桂は、雄一を巻き込んで倒れこむ。土だらけになって雄一と桂は地面をごろごろ転げまわりながらもみ合ったが、桂を後ろ手に押さえつけ、雄一が馬乗りになって下敷きにする。それでもなお抵抗しようとする桂を見て、慌ててあさみが髪につけていたリボンをほどき、桂の両手を縛り上げた。

「先輩……大丈夫でしたか?」

 はぁはぁと肩で息をしながら、雄一が美和を見た。

「私は大丈夫だけど……雄一くんが怪我してるじゃない!」

 駆け寄ろうとした美和を雄一は手で制した。まだ桂がもがいているので少々危険な状態だった。

「僕は大丈夫ですよ」

 ニコッと笑う雄一に、美和は今すぐ抱きつきたい気持ちになる。

「ところで、録音機材って?」

 展開についていくのが必死な美咲が美和の手元を見た。

「これ。昨日、雄一くんが屋上の会話をこっそり録音してくれていたらしいの」

「僕の友達に放送部員が居るんです。もしかしたら会話を聞けるかなと思って……」

「どんな会話が入ってるの?」

 あさみが興味深そうに目を輝かす。

「私もまだ聞いてはいないんだけど」

 そう言って、美和は雄一を見た。雄一は真面目な顔になり、黙ってうなずく。美和は意を決して恐る恐るレコーダーの再生ボタンを押してみた。

 風の音が混じり、音声は一部が聞こえないが、桂らしき声と好子らしき声の喧嘩が聞こえてきた。

『……お金が用意できないなら、せめて離婚だけでも……』

『離婚なんて簡単にできるものじゃないんだ!』

『そんな! じゃあ私どうすればいいの! そんな事言うなら、やっぱり法的手段で訴えるわ!』

『こいつめ……!』

 ガーガーと雑音が入る。マイクの近くで激しく争っているようだ。

『……や、め、て! このままじゃ、落ち……!』

 雑音がさらに大きくなった。

『キャー!』

 好子の悲鳴が聞こえる。

『嫌ぁー! 好子ぉーー!』

 少し遅れて、茶子と思わしき声が聞こえてきた。後は、ひたすら茶子の泣き叫ぶ声が続く。

 美和の瞳に涙が溢れ、ひとすじの流れが頬を伝った。手がぶるぶると震え、持っていたレコーダが地面に落ちる。

「許せない……許せないよ……」

 美咲とあさみも手で顔を覆って泣いていた。

 音声を聞いて桂は観念したのか、うなだれており、もう抵抗をしようとはしていなかった。美和は涙をぬぐい、そんな桂のもとへツカツカと歩いてゆき……うつむいていた桂の頬を思いきりビンタする。

「好子ちゃんの痛みはこんなものじゃなかった。体も心も、もっともっと痛かった!」

 険しい表情で言った美和は歯軋りをした。

「本当はもっと痛い目に遭わせたいけれど、あなたは法的に罰せられるべきです。一刻も早く自首して下さい」

 桂は何も言わなかった。

「自首したら罪が軽くなるんでしょ! 私たちが警察にちくってやればいいわよ!」

 あさみは叫んだが、美和は首を振る。

「先生が先生自身で罪を認識して、自分の手で罪を償うべき。その第一歩を踏み出して下さい」

 かなりの間の後、桂は軽く何度も頷いた。

「あぁ。……あぁ」

 桂の目に涙が滲む。それがどういう意味の涙なのかは、美和には分からなかった。

 ただ、目の前で起こっている事が悲しすぎて、重すぎて、人の涙の意味までは今の美和には理解ができなかった。

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