桜の天使たち 20
予鈴が鳴っても、授業が始まる気配は無かった。他のクラスは担任がホームルームをしているようだが、桂が二年A組にやってくる様子も無い。
美咲とあさみは美和の机の傍にやってきて小声で話し掛ける。
「ヅラ、まだ逮捕されたっていうニュースは無いのよね?」
「えぇ、多分」
「ヅラって今日、学校に来てるのかなぁ?」
美咲の疑問に美和とあさみは一瞬考えたが、同時に顔を見合わせた。
「体育教官室、見に行ってみる?」
「行こう!」
美和の言葉に後の二人は即決同意し、教室を飛び出した。
教室を出たところで、美和はいきなり足を止める。
「美和ちゃん、どうしたの?」
「ごめん、ちょっと寄る所があるの。すぐに追いつくから、先に様子を見るだけ見に行ってくれる?」
「何なのよ、あやしいなぁ」
あさみは目を細めたが、美咲に促され一歩先に教官室へ向かっていった。
残った美和は、一年生の居る北校舎の二階へ駆けて行く。
「早くしないと間に合わないかも……!」
願うように、美和は手のひらをぎゅっと握り締めた。
美咲とあさみは体育教官室のある裏庭にやってきた。見渡すと、ちょうど桂が校舎に向かって歩いてくるところだった。慌てて引き返そうとしたが、残念ながら見つかってしまう。
「おい、もう本鈴が鳴っているぞ。こんな所で何をしているんだ」
いつもよりもさらに不機嫌そうに桂が言った。
「あの、えっと。先生がなかなか来ないのでどうしたのかなぁって」
美咲は可愛くモジモジしてみせたが、桂は機嫌を直すような事は無かった。
「……事情聴取だ! さっさとホームルームを始めるから教室に戻れ!」
高飛車な態度にあさみは腹を立てる。ふんぞり返って桂を睨みつけた。
「事情聴取ぅ? 昨日、あんたが私達に言った事を警察にも言ったの? あれって全部嘘でしょ!」
「ちょっと、あさみちゃん! 美和ちゃんが来るまで押さえて!」
焦った美咲があさみの制服の袖を引っ張ったが、あさみの勢いは止まらなかった。
「今朝、茶子ちゃんから全部話は聞いたわよ。あんたが好子ちゃんを殺したんだってね!」
ヅラの形相が一気に危険な色に変わった。飢えている猛獣のような目をして、血管を浮き立たせている。美咲とあさみは恐怖のあまり動けなくなってしまった。冷や汗がじわりと額に滲み出たが、拭う事すら出来ない。
「俺が、殺した?」
桂はぎょろりと目を動かし、口元だけ笑う。
「そんな証拠がどこにあるんだ?」
一歩、桂は二人に近づく。砂利が靴にこすれる音がやたら大きく聞こえた。美咲とあさみは泣いて逃げ出したかったが、体が言う事を聞いてくれず指先すら動かせなかった。
「麩隙が何を言っていたか知らんが、あいつは発狂して精神がおかしくなっていたらしいじゃないか。あいつの言う事だって嘘と言えるんじゃないか?」
もう一歩、桂は足を踏み出す。殺意を込めた眼差しが二人をさらに怯えさせた。
「で、でも……茶子ちゃんが」
あさみは気力を振り絞ってやっと声を出した。だが、対照的に桂は残虐な余裕の笑みを浮かべる。
「冷静な教師と錯乱している学生、警察はどちらの話が信用できるかな? しかも、俺が愛取を殺した証拠など何処にも無いというのに」
だんだんと桂が近づいてくる。明らかに危害を加えようとする雰囲気だった。桂はゆっくりと手を上げ、動けないあさみの首をつかもうとした瞬間――。
「証拠はあるわ!」
桂の背後から、美和が現れた。