桜の天使たち 15
その後、校内は騒然となり、とても午後の授業ができる状態ではなく、緊急に全員が強制下校する事になった。
担任の指導のもと、生徒は荷物をまとめ順次教室を出てゆく。好子が落ちた中庭は警察の張ったブルーシートで完全に覆われていたが、生徒は近づく事すら許されなかった。
二年A組も担任の桂の指導の元、下校が命ぜられたが、最後まで席を立たない者が居た。
「あとはお前たちだけだぞ、早く帰れ」
事務的な口調で言うヅラを三人が――美和と美咲とあさみがじっと睨んだ。
「先生、よくもそんなに冷静でいられるんですね」
美和の声が震えている。自分も冷静で居なければ、と美和は思うが、悲しみと怒りが胸の中を渦巻いていて、なかなかコントロールできない。
「教師として動揺する訳にはいかんだろう」
「なにが教師としてよ! バッカじゃない? あんたが好子ちゃんを殺したんでしょ!」
あさみが叫んだ。涙で顔を濡らしながら、机をドンと叩く。そんなあさみを桂はムッとして見返した。
「何を訳のわからない事を言っている! 早く帰れと言っているんだ!」
「私はけじめをつけるまで帰りませんよ。知ってるんです、好子ちゃんが先生の子供を妊娠してた事を」
抑揚の無い美和の言葉に、初めて桂が動揺の色を見せた。
「それは……」
「美咲が見つけたのよッ! あんたの机の引出しに入ってる好子ちゃんの妊娠の診断書をね!」
あさみの怒声で桂の顔が怒りと興奮で一気に赤くなる。一方の美咲は、泣きじゃくって机に突っ伏しており、もう既にまともに喋れる状況ではなかった。
「教師の私物を勝手に見るとは何事だ!」
「問題をすりかえないで下さい。先生が好子ちゃんを妊娠させてしまったのは事実です」
凄んでみた桂だったが、美和にぴしゃりと言われ、押し黙る。
「それに、今日の体育の授業の後、悪いとは思いましたが好子ちゃんとの会話を聞いてしまいました」
美和は一息ついて、ギッと桂を睨む。
「好子ちゃんの体を警察は必ず調べます。近いうちに父親が誰か判るでしょうね」
そこまで聞くと、桂は目を伏せた。ふっ、と息を吐いて、美和を見る。
「そうか……そこまで知られてたのか。あぁ、そうだ。確かにあいつを妊娠させたのは俺だ」
意外な程、桂はあっさりと認める。
「昼休みにあいつに呼ばれて屋上まで行った。あいつは金を請求してきたんだが、今すぐには払えない額で……無理だと答えたら、もうこんな世の中は嫌だと言って、飛び降りたんだ。助けようとして手を伸ばしたのに……あと少しのところで間に合わなかった……俺のせいで……俺がふがいないせいで……」
そこまで言うと桂は目頭を押さえた。美和は、責めるつもりだったが、何も言えなくなってしまう。
「この事はきっと警察に言う。だから、とにかく今日は早く帰れ」
桂は三人に背を向け、そのまま顔を伏せしゃがみこんだ。美和とあさみは重い腰を上げ、涙で顔をボロボロにした美咲に手を貸し、ゆっくりと教室を後にする。
「ヅラ、今、教室でひとりで泣いてんのかしら?」
ゆっくりと廊下を歩きながらあさみが言う。
「ヅラも……好子ちゃんの事……助けようとしてたんだね、辛いだろうね」
ひっくひっくと喉を鳴らして美咲が答えたが、美和は何も言わなかった。
しばらく歩き、ふと美和が目を伏せながらつぶやいた。
「泣いてた、かな? 涙、見えなかったけど」
「え」
あさみと美咲の歩みが止まる。
「あれって、もしかして嘘泣き? 自供も全部嘘?」
みるみるうちにあさみの目がつり上がってゆく。対照的に美和は冷静だった。
「もし、あの話が嘘だったとしても、嘘だという証拠が無いからどうしようもないわ」
「そんな! 悔しいよ!」
やっとおさまってきた涙をまた瞳いっぱいに溜める美咲。
「私も悔しい。もしヅラの言っていた事が嘘だとしたら、好子ちゃんが可哀想すぎる」
美和はぎゅっと手を握りしめた。だが、持っていた雄一の上着がくしゃっとなってしまい、あわてて手の力を緩める。
「そういえば、雄一君に上着を返さなきゃ。ちょっと音楽室に寄ってくれる?」
「いいけどおじゃま虫じゃない?」
「そんなんじゃないって!」
あさみの野次に赤くなりつつ、美和は泣きそうな美咲をなだめ、音楽室に向かった。