桜の天使たち 14
二時間目の終了のチャイムが鳴ってしばらくすると、小体育館の鍵が開けられた。二人は手をつないだまま、教員の目を盗んで急いで外に出る。校舎裏までやってくると、お互い、ハァッと安堵の息を吐いて立ち止まった。
「閉じ込められた時は正直どうなるかと思っちゃいました」
そう言って雄一は、今までずっと繋いでいたはずの手をあっさりと離してしまった。
美和は少しがっかりしたが、緊張で少し汗ばんだ手を後ろに隠す。
「そ、そうね。とにかく、戻れて良かったわね」
「そうですね……」
雄一は少し何かを考えていたが、もう少し先ほどの余韻に浸っていたかった美和に明るい顔でとどめを刺す。
「先輩、着替えに行くんですよね? じゃあここで。僕、ちょっと友達の所に急いで行かなきゃいけないんで! あ、上着はクラブの時にでも返してくれればオッケーですよ!」
美和が返事をするまで待つでもなく、雄一はさわやかに去っていった。残された美和は、しばらく呆然としていたが、がっくりと肩を落としてとぼとぼと更衣室にひとりで向かった。
「さっきの雄一くんの甘い雰囲気は私の気のせいだったのかしら? ああいう場だったから雰囲気に流されただけだったのかな……」
美和としては今までにないドキドキした時間であったのに、今ではマラソンの授業の後よりも疲れを感じながら、美和は少しブルーになっていた。
教室に戻るなり、美和に向かって美咲がダッシュして抱きついてきた。
「美和ちゃーん! どうしちゃったの? すっごく心配したんだよ!」
半泣きで抱きつく美咲の横にあさみもやってきた。
「雄一くんとデートかとも思ったんだけど、あんたの性格からしてデートで授業をサボる事は無いと思って。何か変な事に巻き込まれたりしたの?」
美咲をなだめながら美和は苦い顔をした。
「デートのような巻き込まれたような……雄一くんとずっと一緒に居たんだけど……」
美咲とあさみは美和の言っている意味がわからず、きょとんとしていた。
昼休み、三人はいつものように机を寄せて一緒に弁当を食べていた。二時間目に美和が体験した話題に華を咲かせながらも、口に物を運ぶペースは皆、落ちない。
「でもさぁ、それって絶対脈アリだと思うよ?」
美咲がフォークにタコさんウインナーを刺しながらにこにこして言う。
「体育館を出た後のあの呆気なささえ無ければそう思うんだけど」
溜め息をつきつつも、美和はご飯をほおばる。
「美和の気のせいか、照れ隠しか何かなんじゃない?」
あさみは紙パックのお茶をすすった。
「そうかな? そうだといいんだけど」
「その気が無い人に向かって、そんな思わせぶりな事言う訳ないじゃん。ねぇ?」
美咲があさみの方を向いて言う。あさみもうんうんと頷いた。
「うん、ありがとう。いつまでもウジウジ思ってちゃ駄目だよね。とりあえず、今は事件の事に専念しなきゃ」
美和の瞳が一気に鋭くなった。声のトーンがいつもより低くなる。
「さっきも言ったけど、ヅラは今日の放課後にもう一度好子ちゃんと接触するみたい。かなり揉めそうだから、気をつけた方がいいと思う」
「尾行しちゃうの?」
わくわくした様子の美咲が身を乗り出した。美和は首を縦に振りつつ、あさみを見る。
「あさみ、屋上の鍵は持ってきてる?」
「ん、バッチリ」
あさみはウインクしてみせた。
「じゃあ、授業が終わったらダッシュで屋上に先回りして隠れておきましょう」
「了解!」
美咲とあさみは小声ながらも明快な声で敬礼のポーズをした。
「好子ちゃんや茶子ちゃんにも少し話を聞きたいけど、とりあえずヅラと……」
美和が話を続けかけた時、三人の視界の隅、窓の向こうで何かが落ちてゆくのが一瞬見えた。そのモノは……人の形をしているように見えた。ほどなくして、ドスンという鈍い音と、生徒たちの尋常とは思えない叫び声が聞こえてきた。
美和と美咲は口をつぐんで固まった。あさみは表情だけ固まったが、身を翻して窓に向かう。
「今……人が落ちていった、よ、ね」
蒼白になりながらも、冷静さを保ちながら美和がやっと声を出した。
「でも……でも、ここ4階だよ? ここよりも上から落ちてきたんだよ?」
美咲は涙目になっている。このまま二人は思考を停止してしまいたかったが、残念ながら、窓に向かったあさみの叫び声で決定的事実が知らされてしまった。
「……女子が……多分だけど、好子ちゃんが落ちた!」