桜の天使たち 9
「あ、美和ちゃんこっちこっちー!」
美咲が手を振る。既に待ち合わせ場所の噴水前には美咲とあさみが居た。美和は息を切らせながら二人のもとに駆け寄った。
「あさみちゃんから聞いたよ。とんでもないコトになったみたいだねー」
「そうなの……」
ナイフを拾った事、電話がかかってきた事などを手短かに話す。
「で、どうするの。これから」
噴水の脇に腰掛けていたあさみが足を組み変えて尋ねた。ミニのタイトスカートの中が見えそうだが、あさみは気にしていないようだ。
「今から学校に行ってナイフを戻そうと思う」
美和はナイフの入っている鞄をぎゅっと握った。
「嘘だってバレてるかも知れないけど、私がナイフを持ってないって言ったから、犯人はまた学校に行ってナイフを探してるかも知れない。犯人の顔を見るチャンスだと思って」
「それって美和ちゃんが危ないよ!」
くりくりした瞳を広げて美咲が言った。
「うん、ちょっと勇気がいるけど……今日二人に来てもらったのはお願いがあるからなんだけどね、怖いから校門前までついてきて欲しいんだ。あと、もし私が一時間経っても戻ってこなかったら警察に連絡をして欲しいんだ」
美和が話し終えると美咲とあさみは顔を見合わせた。
「何を水臭い事を」
「言ってるんのよねぇ?」
ニヤーっと笑って同時に美和の方を見る。
「もちろん私たちも一緒に行くわよ。そんなスリリングな事、滅多に出来ないじゃない?」
「でも危ないのよ!」
「美和ちゃんだけ危ないのは駄目だよ! 三人居ればどうにかなるって!」
あっけらかんとした二人に美和は拍子抜けしてしまった。
「じゃあ、お願いしようかな?」
「お願いじゃなくて、もう三人で行く事は決定なのよ」
あさみが立ち上がって美和の肩をポンと叩いた。
道すがら、美和はあさみと美咲から好子の妊娠診断書の事について話を聞いた。この話を聞いたことにより、美和は一層確信を固めた。おそらく、雄一が言っていた屋上から聞こえた声はヅラ・好子・茶子の三人で間違いない。
そういう話をしているうちに、三人はE・T学校の前にやってきた。いつも見慣れているはずの校舎が暗がりの中で不気味に見える。校門前までやってきたが、門は固く閉ざされていた。
「んー閉まっちゃってるよね、やっぱり」
校門の柵を掴んで美咲がガシガシと動かしてみたが、施錠のためびくともしない。
「どうする? 乗り越える?」
美咲は振り返って言ったが、美和はぶるぶると首を横に振った。
「私、美咲みたいに運動神経良くないから無理!」
美咲はお嬢様風で可愛らしく見えるが、運動神経は良かった。数種類の格闘の有段者でもあるらしい。
「ここ以外の出入り口って、後は職員専用門しか無かったかな?」
美和は高校の敷地の見取図を頭の中で必死にトレースしてみる。
「あるわよ。誰でも通れる出入り口」
あっさりとあさみが答えた。
「え! どこ?」
「校舎裏。フェンスに人が一人通れるくらいの穴が空いてるわ。遅刻しそうな時にいつも使ってるの。バス停からかなりのショートカットになるのよね」
「あさみちゃん偉い! 遅刻も時には役立つね」
ポニーテールを揺らせて美咲が飛び跳ねる。
「何言ってんのよ、あんたの方が圧倒的に遅刻が多いでしょ」
あさみは美咲を軽くこづいた。だが有効な校内侵入方法が見つかり、三人は軽い足取りで校舎裏に向かった。
フェンスを通り抜けた三人は体育教官室のある裏庭に出た。
幸い、校舎に入る入口は開いているようだ。だが、ここであさみは首を捻る。
「ここが施錠されてないのっておかしくない? 無用心すぎるわ」
「あ、本来は鍵をかけるべき所だよね、そういえば」
美咲の疑問に美和が答える。
「かけてたんじゃないかな、鍵。でも、誰かが開けた」
あさみと美咲はブルブルっと震える。
「じゃあ……先客が居るって事?」
美和は答えなかったが、そういう考えも捨てきれなかった。
「とにかく、物音を立てないように進みましょう」
美和を筆頭にして、あさみ、美咲がそろりそろりと暗い廊下を進む。ナイフの犯人どころか幽霊が出てきてもおかしくないとさえ思える校舎内はまるで怪談に出てくるような雰囲気だ。昼間と同じ場所とは思えない。一歩一歩に気を使いながら歩いていた三人はやがて職員室に着いた。美和は扉に手を当てて慎重にゆっくりと動かした。抵抗無く扉が開く。室内に誰も居ないか確かめてから、三人は職員室に入った。
「職員室まで開いてるとはね。やっぱり誰か侵入してるんだ」
怯えと緊張のためか、美和の声がいつもより硬い。
「あ、屋上の扉の鍵が無いよー」
各種の特別室の鍵がかけてある場所を眺めていた美咲がつぶやいた。
「やっぱり今、誰かが持ち出しているのね」
「どうする? 鍵ないけど、とりあえず屋上に行ってみる?」
その声を聞いて、あさみが職員室の隅にあった収納引き出しを探り始める。
「うふふ、確かここにスペアキーが保存されてるのよね」
不敵な笑いを浮かべてあさみが次々と引き出しを開けてゆく。
「あさみちゃんって犯罪っぽい事色々知ってるんだね」
「うるさい! ……お、あったわ。各特別室よりどりみどり。以前、掃除時間に美術室の鍵を壊しちゃった時に先生がここから出してたんだよね。さて、美和どうする?」
あさみはジャラ、と鍵の束を取り出す。
「一応、持って行きましょうか。屋上の鍵だけ取ってくれる?」
「ラジャー」
敬礼をしたあさみは美和に背を向け、鍵の束から『屋上』と書かれたものを抜き出す。一瞬、手が止まったが、またゴソゴソ何かをしてから引き出しを閉めた。
「はい、屋上の鍵のスペア。じゃあ、いざ突入しましょうか」
あさみは美和の手の平に鍵を置く。美和はきりっとした表情になって頷いた、
三人は、出来うる限り気配を潜めながら屋上に向かった。予想通り、屋上への扉は既に開いている。美和は、元に置いてあった場所に戻すため、そっと鞄からナイフを取り出した。息を殺しながら、ゆっくりと屋上に足を踏み入れる。
屋上の暗がり、前方五〇メートルくらいのところで何かが動いているのが見えた。何かを探しているようだ。街の明かりが逆光になってシルエットしか見えないが、少なくとも人影である事は間違いなかった。死角になるようなものは殆ど無いため、あの影に気付かれるまでに写真を撮らなければならない。額に汗を滲ませ、美和はカメラを取り出そうとした瞬間――影と美和の視線が合わさった。
「やばい! 気付かれたかも!」
美和は大慌てでカメラを取り出す。拍子に、持っていたナイフを床に落としてしまった。ナイフがコンクリにぶつかる音がした瞬間、影は猛スピードでこちらに駆けてきた。
「美和ちゃん! こっち来るよ!」
「早く逃げるわよ!」
美咲とあさみが同時に叫ぶ。美和は後退しつつカメラを構えた。えいっ、と掛け声をかけ、美和はカメラのシャッターを押す。まばゆいフラッシュが辺りを照らした。いきなりの閃光に影の目が眩んだようだ。その隙をついて、三人は慌てて階段を駆け下りた。
猛ダッシュで階段を駆け下りる三人。途中で転びそうになりながらも、やっと校舎を出て、フェンスをくぐり抜けた。その勢いで近くの公園まで走り抜ける。
「はーっ、どうにか逃げきれたかしら……?」
あさみが肩で息をしながら言った。
「た……多分……。でも、追いつかれるとまずいから、街まで出ましょ……」
美和も同じように汗をぬぐいながらぐったりとしている。
「じゃあ、街までもうひとっ走りだね!」
美咲だけがピンピンしていた。分かってはいたが、美和とあさみはその体力にあらためて脱帽する。美和とあさみは疲れた体にムチ打って、街まで駆けていった。




