第二話 炎の青年と、天才兄妹との出会い
間が空き過ぎてしまって、申し訳ありませんでした。
これからも色々私情で、更新出来ない日があるかもしれませんが、それでも応援してくださる方がいれば幸いです。
秋桜
屋敷に引きこもるようになってから、数日経ったある日。
リビングに下りた時、私はある違和感に気が付いた。
「……?」
昨日の夜に閉めたはずの窓が開いていた。
「何で……昨日ちゃんと閉めたはず……」
誰かが意図的に開けたのか……だとしたら、誰が……?
「……!」
突然、玄関ホールの方から何者かの足音が聞こえた。
眉を顰めて、玄関ホールの方へ向かう。
だが玄関ホールにたどり着くと、そこには誰もいなかった。
「確かに足音がしたはず……おかしい……」
自分の気のせいか……と思い、リビングに戻ろうとした。
――その時。
「……!」
突如、音もなく矢が飛んできた。
その標的は他でもない――私だ。
私は驚きつつも冷静に右手をかざし、詠唱する。
「【ウインド】」
【風の初級魔法 ウインド】
梵風から旋風まで、自在に操る魔法。
右手から出た魔力は梵風になり、飛んできた矢の進行方向を変える。
風魔法により方向が変わった矢は、飾られていた石像に当たり床に落ちた。
矢が落ちたことを確認すると、矢が飛んできた方向へと目を向ける。
「一体どういうつもりかな。いきなり“僕”に矢を飛ばすなんて」
目を向けた先には、紅い髪を一つにまとめ、紅蓮色の瞳でこちらを睨む少女がいた。
その左手には弓を持っており、背中に数本の矢が入った矢筒を担いでいる。
(弓使いか……)
弓使いの少女は睨みながら、弓を力強く握った。
「ねえ、聞いてる?」
「……アンタが、ルナ・ヴィルディか」
依然僕を睨んだまま、少女はそう問いかけた。
(初対面で僕を呼び捨てとはね……まあ、慣れているし平気なんだけど)
僕はそう思いながら、少女の問いに答えた。
「そうだけど。……そうか。リビングの窓を開けたのは、君か」
「ふん、気付くのが遅いな。数日前からわざと窓を開けっ放しにしていたのに」
「! そうなのか……」
何故気付かなかったのだろう、と後悔した。
「まあいい。《落ちこぼれ》のアンタにひとつ伝言しに来た」
「伝言?」
少女は僕の姿を見据えて、こう言った。
「明日の朝、私は兄と共にこの屋敷を訪れる予定になっている。その時にこの玄関ホールにいるように……と、兄からの伝言だ」
「? ……どういう意味だ?」
「それは明日になったら分かる」
そう言うと、少女は屋敷を出て行こうとする。
それを、僕は止める。
「ちょっと待て」
「……何だ。生憎だが私は時間が無いんだ、手短に頼む」
「君の名前だけ、聞かせてくれ」
そう尋ねると、少女は仕方なくといった様子で口を開いた。
「……レニア・レイルス。冒険者ギルド『不死鳥』に所属している」
「そうか。……分かった」
レニアと名乗った少女は、僕を睨むように見てから屋敷を出て行った。
「……明日、か……」
広い玄関ホールの中で、1人呟く。
……何故自分は、承諾したのだろうか。
(……僕は、僕のことが解らない……)
尤も、断っていてもあの少女は明日“兄”を連れて来るだろう、と思った。
「……とりあえず、練習するか」
僕は踵を返し、魔法の鍛錬をする為に中庭へと向かった。
中庭には、大きな魔法結界が張られている。
昔、同じ魔導師でありながら、憧れの存在であった母上が張ったものだ。
僕が5歳の時に、ここで思いきり魔法の練習が出来るように……と、母上が張ってくれた。
中庭に着き、念の為辺りを見回す。
中庭の中央に行き、深呼吸をする。
今から行うのは、基礎中の基礎『魔力操作』。
「ふっ……!」
両手を前に広げて、魔力を放出する。
両手の全ての指から、自分の魔力が流れ出ているのが分かる。
「……ふう……こんなものかな。やはり、母上が言っていた通りだ」
独りでに、そう呟く。
「少しでも魔力操作を怠ると、魔法の練りが甘くなる。たとえ威力の強い上級魔法でも、練りが甘ければ威力の劣る中級魔法に負ける。そうならない為に、毎日の魔力操作の練習は欠かさずやりなさい、と……」
そこまで言い終えた後、僕は呆れながら溜め息をついた。
「最近、独り言が多くなってきたな。今目の前に母上がいたら、こっぴどく叱られているに違いないよ」
母上は優しく、時に厳しく僕を育ててくれた。
毎日魔法の練習にも付き添ってくれた。
けれど……
――その母上は、もうこの世にはいない。
3年前。
僕が12歳の時に、母上は何者かに殺された。
母上を殺した犯人は、未だに判っていない。
(一体誰が、母上を……!)
その犯人がいなければ、今も母上と幸せに暮らせていたのに……一体誰が母上を……!!
――殺してやりたい。
その犯人を見つけ出して、自分の手で殺してやりたい。
いつの間にか僕の中には、“復讐”という概念が根付いてしまっているようだった。
《天才》と謳われていた僕の力なら、人を殺すことだって容易だろう。
母上を殺された時の僕は、そんな事を考えるほどに“復讐”というものに思考が囚われていた。
――『彼』と出会うまでは。
「落ち着きなよ、ルナ」
その声で、我に返った。
無意識に両手に力を込めていたようで、僕は慌ててその力を抜く。
そして、『彼』の声がした方を見る。
僕は思わず、安堵の息を漏らした。
「……ヴァルム……」
僕は、『彼』の名前を呼んだ。
彼の名前は、ヴァルム。
数年前、とある理由で一緒に暮らしている青年だ。
赤より少し暗めの髪、ルビーのような綺麗な瞳が僕を見据えている。
「ったく、あんま抱え込むなよ。……ルナは昔からそうなんだよなぁ……」
ヴァルムは呆れ気味にそう呟いて、ゆっくりと僕に近付いてきた。
そして確かめるように……僕の手を優しくとって微笑んだ。
「俺には、お前を護るっていう使命がある。だから、あんまり1人で抱え込むな」
「……ありがとう」
僕は、ヴァルムの目を見てそう言った。
ヴァルムは優しく笑って、頭を撫でてくれた。
その後しばらく、ヴァルムに魔法の練習に付き合ってもらった。
いつの間にか日は傾いて、その日はヴァルムと一緒に夕食をとり、眠りについた。
――翌日。
目を覚ましいつもの格好に着替えた僕は、朝食をとるとすぐに玄関ホールへ向かった。
「それにしても、こんな僕に一体どういう了見なんだろう……」
正直、僕には分からない。
あのレニアとその兄が、自分と会って何の利点があるのか。
その考えが浮かんだ時、玄関の扉が大きな音を立ててノックされた。
――来た。
「【アンロック】」
前日の夜に鍵を掛けていた為、【系統魔法 アンロック】で玄関の鍵を開ける。
その直後、屋敷の重厚な扉が大きな音と共に開いた。
開いたと同時に眩い光が差し込み、思わず目を細め左手で影を作った。
だんだん光に目が慣れてきて、恐る恐る目を前へと向ける。
目の前には、腰に剣を携えた少年が、前を見据えてそこに立っていた。
思わず、息を飲んだ。
風で煌めきながら揺れる、紅い髪。
髪と同じ色で、紅蓮のように燃え上がる瞳。
まるで呼吸の仕方を忘れたかのように、僕はその少年に見惚れていた。
だがすぐに表情を引き締めて、しっかりと目の前の少年を見据える。
「――君が、ルナ・ヴィルディだね?」
僕の姿を捉えた少年は、確認するように僕にそう問いかけた。
王子様のような笑顔を浮かべて。
「……そうだけど」
「初めまして。俺は冒険者ギルド『不死鳥』に所属している、アレス・レイルスだ」
アレスと名乗った彼は、見惚れるような所作で僕にお辞儀をした。
そして顔を上げると、困ったような笑みを浮かべた。
「昨日は妹のレニアが迷惑をかけたようで、すまなかったね。レニアは知らない相手にはいつもああなんだ」
「別に気にしていない。ただ、あの性格はどうにかした方がいいと思うぞ」
「黙れルナ・ヴィルディ!!」
アレスの傍らについて会話を聞いていたレニアが、僕の言葉が癇に障ったのか、大声でそう怒鳴った。
「落ち着いてくれよ、レニア。今日は文句を言いにここに来たんじゃないだろ」
アレスがレニアを制すると、兄には逆らえないのかレニアは押し黙った。
これが、兄妹というものなのか……。
レニアを制したアレスは僕に向き直ると、本題に入るのか真剣な表情になった。
「さて。今日君に会いに来たのは、君に“お願い”をしに来たんだ」
「お願い?」
僕の問いにアレスは頷き、再び口を開いた。
「俺達のギルドに――『不死鳥』に、入ってくれないか?」
アレスのその言葉が、僕の……“僕達”の運命を揺るがすことになるとは、この時は思いもしなかった――。