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滅亡魔王のよちよち奮戦記  作者: 野久保 好乃
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1-3-3 父の愛妾が色々と規格外な件



 俺の父には正妻が一人、妾が複数いる。

 妾の正確な数は知らない。興味無かったというのもあるが、そもそも入れ替わりが早いのだ。

 なにしろ、正式な婚姻を結んでいるのと違って、妾の場合は家同士の契約とか束縛とかは無い。妾契約と呼ばれる個人契約期間はその家に尽くすのが礼儀だが、面倒だと思えば契約を切ればいいのだ。

 ちなみに父は去る者追わずの精神なので、女性側が「妾やめるね!」と言えばあっさり解約するタイプである。まぁ、贅沢できるし高位の上級魔族なので女性側からやめると言われることはほぼ無いみたいだがな。

 とはいえ、正嫡の俺とはあまり顔をあわせない相手だ。圧倒的な序列があるからな。

 しかし、最近気になることが出来たので、序列関係を無視して動こうと思う。


 ハーレムのヘイト管理の為だ。


 別に俺のハーレムでは無い。

 前世の俺は素晴らしい程の非モテだった。父母は美貌で名高いというのに、血の発現が怠惰を貪っているとしか言い様が無い有様だったのだ。

 まぁ、単に中身が薄っぺらくて知らん顔されていたか何かなのだろう……やだ、涙が。


 俺の黒歴史はともかく、ハーレムにはヘイト管理がつきものだ。

 何のヘイトかというと、愛妾同士や正妻と愛妾間の敵愾心(ヘイト)である。

 なぜそんなものを男である俺が気にしているのかというと、俺自身にハーレム野望があるからでは無い。

 単にソレが恐ろしいものだと知っているからだ。


 人間の社会と違って、魔族には『後宮』という考え方は無い。

 その為、囲われた見えない局地エリアにおける女の戦い、というのは無いのだ。


 オープンだ。


 全公開(フルオープン)だとも。

 全てがさらけ出される凄まじき女の戦いを、誰もが否応なく見るハメになるのだ。


 前世で見てきたものの中には、宴の真っ最中に取っ組み合いの大喧嘩になったものや、決闘騒ぎ、どちらかがギブアップするまで殴り続けるというものから、魂が震え上がる程恐ろしい舌戦まで様々あった。

 怖かった。

 俺はアレを俺の家で見たくは無い。

 ハーレムのヘイト管理は重要な案件なのだ。

 ……というか、張本人(父様)は何やってるの……!!



 役に立たない張本人はともかく。

 俺にはいずれ家を継ぐ者としての義務がある。

 魔族を滅亡から救うためにも、魔族間での怨恨はご法度なのだ。痴情のもつれとか最悪だからな。


 そんなわけで、調査に乗り出した。

 情報収集源はメイドと守護者だ。

 メイド達はお風呂苦行時などで色々噂話をしている。この前話題に上っていたせいか、最近は御誂え向きに妾達の最近の実態になっていた。

 ふふふ。よしよし。この調子で色々調べてくれよ!


 ちなみにその噂話で、俺は妾たちの趣味やら好物やら苦手なものまで詳しくなってしまった。

 ……女の噂ネットワークって、本当に怖いな……


 守護者達からは最近の父様の動きを聞いた。

 父様、本当に妾達の所に行かなくなってしまっているらしい。

 ヤバイな!? そこはローテーション的な感じで行って来ようよ!

 相手の家から押しつけられる形で送り込まれてきた娘さんとはいえ、一回でもお手付きにしたのなら最後まで面倒を見るべきなのだ。

 父様の冷淡っぷりは有名だったから、今までは放置されてても仕方なしと我慢する見方が多かったみたいだけど……今の父様、誰がどう見ても親馬鹿の家庭第一主義だからな……


 そろそろ「なぜアルモニー様だけ……!」と不満が募ってくる頃だろう。

 なんとかしないと、我が家が内側からとんでもないことになりかねない。

 俺が産まれるまでは母様がとんでもない事態だったこともあるから、放置するわけにはいかんのだ。

 ……なんで張本人は今も昔も知らん顔なんだろうな……

 後でお仕置しよう。そうしよう。





 さて。

 やって来ました、妾の部屋。

 俺の全本気を出して到達しましたとも。

 ちなみにどうやったかと言うと、まず妾の動きを完全に掴んだ後、部屋にいる時間目掛けて急襲したのである。


 窓から。


 ちなみに今回お邪魔した相手はフェリーチェ嬢。

 父の妾の中では一番、冷徹で知られる美女だ。

 何故彼女にしたかというと、妾達の中で二番目に血筋が良く、冷静で徹底的な現実主義であり、父様に面と向かって「他の者にも目を向けていただきたいものですわね」と言い放つ胆力もあるからだ。

 正直、敵に回すとおっかない。

 なので懐柔することにした。

 ……とはいえ、どうやるべきかまだ方針が固まってないんだけどな。


 そのフェリーチェはというと、俺の前で固まっている。

 それはそうだろう。いきなり、自分達の目の上のタンコブである母様の唯一の息子が窓から飛び込んできたのだ。何が起きたのかとびっくりすること請け合いだ。

 ごめんね?


「……レディオン……様……で、いらっしゃいます……ね?」


 おお、流石はフェリーチェ嬢。

 同じ部屋にいたメイドは悲鳴をあげて腰を抜かしているというのに、悲鳴一つあげずに冷静に対応をはじめたぞ。

 まぁ、まだ俺をガン見したまま身動きできずに固まっているがな。


「あー」


 俺は愛想よく笑ってやる。

 所謂『新生児微笑(エンジェルスマイル)』に社会的微笑を加えた必殺技だ。

 周囲の悪意から身を守る為にも、俺はコレを必死でマスターしたとも。前世では魔生全般でほとんど笑ったことが無いけどな……


「!」


 どうやらフェリーチェ嬢にもこの技は有効らしい。表情は変わらなかったが目がものすごく柔らかくなった。

 おや? もしかして……?


「このような場所にいかがいたしましたか。窓からおいでになったようにも見えましたが……」


 そそくさと俺の傍に寄りながら、彼女の目がそっと窓の外に向けられる。

 ええ。吹雪ですね。


「……どうやっておいでに?」


 俺は答えずにニコォッと微笑んであげた。

 フェリーチェ嬢、咳払い。


「ま、まぁ、いいでしょう。貴方達、部屋を暖めて。毛布を。あと、ミルク……は飲ませても大丈夫なのかしら? それに、アルモニー様に連絡を」


 おっと。母に連絡が行ってしまう!

 やばい。これは裏魔王もとい母様のお説教を覚悟しなければならない。

 せめてフェリーチェ嬢懐柔という成果を出しておかなければ、おしりペンペンという極刑が発動する可能性もあるな……!!


「うー。んきゃう」


 とてとて歩いて近寄ると、フェリーチェ嬢以下メイド達が「きゃー!」と声をあげて頬を緩ませた。

 ……俺、この姿のほうがモテていないか……?

 やはり赤ん坊補正とやらが効いているのか?


「もう御歩きになっていらっしゃるのですね。ええ! 御噂はかねがね聞いておりましたけれど、あら、あらあら」

「きゃーぅ!」

「あら~」


 絨毯に直座りしてお迎えしてくれたので、意気揚々と抱っこしてもらったとも。

 おお、流石フェリーチェ嬢。素晴らしい弾力だ。

 ……父はやはり巨乳派なのだろうか……

 いや、巨乳なクロエに全く目が向いてないところを見るに能力主義だというのが真実か。

 ……父の妾に一人もつつましい胸の人がいない気がするが、な。


「まぁ、レディオン様は愛らしいですわね、フェリーチェ様」

「ええ。お姿は時々お見かけしていましたけれど、こんなに人懐こいお方だとは思いませんでしたわね」


 あら。俺、見られてたの?

 お外へは脱走時しか行ってなかったんだけど。変なシーンじゃないといいんだが。


「東棟担当のメイドはいいですよねぇ……いつも一緒にお風呂に入れて」


 ああ、それか。


「『週刊レディオン様写真集』より実物が可愛いですね!」


 なんだそれは。


「あら、見てみますか? ふふふ。きょろきょろして、珍しいものはありませんでしてよ?」


 い、いや、動揺などしていないとも。

 というか、写真集って何。あと、週刊?


「フェリーチェ様! お持ちしました!」

「バックナンバー全部でよろしいですか!?」


 やだ。いっぱいある。どういうことなの。

 しかも分厚い。

 あ、コレ、写映魔法と活版印刷技術だ。

 ……なにこの高度な能力の無駄遣い……


「一冊金貨一枚という値段ながら販売即完売の、重版希望多数な品ですのよ。ご本人はきっとまだお分かりではありませんわよね」


 何故かうきうきした声で俺に説明しながら、フェリーチェ嬢は俺の写真集とやらを見せてくれる。

 ……やだ……歩こうとして転がってる写真まである……なにこの黒歴史集……


「魔王陛下へ進呈するのに作ったのが最初だそうです。ほら、このお姿。かわいいですわねぇ~。撮影はアルモニー様だそうですわね」


 母様ーッ!!


「活版印刷にして普及させたのはアロガン様と聞いておりますけれど」


 父様ーッ!!!!


「おかげでアロガン様配下のほとんどの方は皆購入して持っておりますのよ。手に入らなくて泣いてある方もいらっしゃるとか。私も伝手をつかって揃えておりますけれど、もっと部数を増やしてくだされたいいのに……」

「フェリーチェ様。もともとが陛下への献上品ですから、やはり量産とはいかないのでございましょう……アルモニー様にお願いしてみてはいかがです?」

「そ、それは考えましたけれど、私はアロガン様の妾ですのよ? アルモニー様からすれば、夫の傍をうろつく嫌な女ではありませんか。それに、あの愚かなグリーディア達のおかげで、妾の印象は最悪だというのに……」

「フェリーチェ様は全く関与していないではありませんか!」

「関与していないからといって、他と何が違うというのです。私にもアルモニー様に対する醜い嫉妬はありましたのよ? それに、そんな私がレディオン様の写真集を集めているだなんて……何の悪巧みかと思われるではありませんか。私は不和の種になるのは御免ですわ」

「フェリーチェ様……」


 なかなか頭がいいな、この人。

 頭良すぎて色々考えすぎて動けなくなるパターンか。

 噂ネットワークによると、フェリーチェ嬢は父様にそれなりに惚れてるが、家の事情的な意味のほうが大きかったはずだ。血族の事情があるシンクレア嬢とは別に、どろどろしてないから取り込みやすそうだな。

 フェリーチェ嬢の魔力値ならきっと強い子が生まれるだろうし、俺の弟妹を産んでもらってもいいと思うのだが。

 ……その場合、父様を炊きつけないと動きそうにないのがな……


「あー、あっあっうー」

「あらあら。なんでしょうか? うふふ。――あら? お客様かしら」


 俺の声に相好を崩していたフェリーチェ嬢が、ふと気配を感じたらしく顔をあげた。俺もそちらを見る。

 うお。


「まぁ! クレア様!?」


 なんと、父の妾で最も高位のシンクレア嬢だ。

 竜魔族の族長で、最強の魔竜でもある女性だ。

 種族的体質せいで彼女という最強の個体が生まれたが、その結果、彼女より強い男性が竜魔族どころか魔族全体でも稀という状況になっている。

 そのせいで父様を食べに来ないといけなくなってしまったのだが、この調子だと本当に竜魔族は滅亡してしまいかねないな……


「うふふ。お邪魔いたしますわね? フェリ様」

「いらっしゃいませ。クレア様はどうしてこちらに? お仕事に出られたと聞きましたけれど」


 俺を抱っこした状態でフェリーチェ嬢がシンクレア嬢に近寄る。どうやら仲が良いらしい。噂ネットワークではそこまで掴んでいなかったから、外ではあまり会わないようにしていた可能性が高いな。

 それにしてもシンクレア嬢、相変わらず、すごいボリュームだな。胸が。


「忘れ物を取りに来たのですが、フェリ様の所に窓から入る赤ん坊を見つけたものですから」


 俺か。


「そ、それなんですが、クレア様。レディオン様は……」

「飛ぶのでは無く、壁を伝って窓から侵入しておられましたので、浮遊魔法では無いようでしたわ。……レディオン様、守護者達が言ってましたけれど、あんな危険な真似はおよしください。万が一があれば、今回の場合、フェリーチェ様に大変なご迷惑がかかるところだったのですわよ?」


 う。ごめんなさい……


「レディオン様がお部屋を脱走されるのは聞いておりましたが、外からも出ていらっしゃるのですね……」

「ええ。最新号の情報によると、東棟一階の図書室に入ろうとして家令と追いかけっこしたそうですわ」


 週刊俺写真集ーッ!!


「まぁ! 最新号! いつ出ましたの!?」

「昨日ですわ。私の忘れ物もこちらです。私、このぷりケツが好きで」

「分かりますわぁ。クッションで寝てる時の写真、たまりませんわよね」


 やめて。

 俺に対するマニアックなフェチやめて。


「こんなに沢山のお姿が載せれるのですから、脱走も可愛らしいものだと思ってしまいますわねぇ」

「ですが、さすがに外周りでの脱走は見過ごせませんわ。外にはもっと厳重な結界を張っていただくようにしなくては……。壁と結界の間をこんな風に利用されるだなんて……」

「まぁ……」


 やだ。そんなに見つめないで。俺の胸がちくちくしちゃう。


「とりあえず、レディオン様が何かやんちゃなのは分かりましたから、今後何もないように加護を贈っておきましょう」


 お?


「そうですわね。私も加護を贈っておきましょう……い、いえ、アルモニー様は不愉快に思われないかしら?」

「あの方はそんな風に思ったりなさいませんわ。むしろ喜んでくださると思います」

「では、風魔の加護を」


 おお?

 強大な魔竜の加護と風魔の加護がひっそり与えられてしまった。しかもこれ、受けた感じだと何かの危害が与えられた時に対抗で発現するタイプだな。

 相変わらず、父様の妾さん達が規格外だ。胸もだが。


「では、レディオン様の件を伝えて今度こそ出張して来ますわ。竜の卵を盗もうだなんて不届き者、未だに絶えないのが不思議ですけれど……」

「大変ですわね……。どうか、お早い殲滅を」

「ええ。完膚なきまでに滅ぼしてきますわ」


 素敵な笑顔で恐ろしい言葉を残し、シンクレア嬢は颯爽と部屋を出て行った。なんだか風のような人だが、それ以前に母様よりあちこちフリーパスな気がして震える。ある意味、あの人が我が家で最強の女帝なんじゃなかろうか……?


「フェリーチェ様。アルモニー様がおいでになりました!」



 アッ――!







 その後、フェリーチェ嬢の部屋にあった写真集と俺とフェリーチェ嬢の様子から、母様とフェリーチェ嬢は急速に仲良くなった。

 どうやら写真集の横流しも決まったようだ。

 ……俺はもう少し写真に撮られていることを意識して生きていかなくてはいけないかもしれない。全く自覚なかったけど。

 ……というかこれ、盗撮じゃないの? ねぇ、母様。もしもし?



○とある本妻と妾の会話○


「まぁ! では、アルモニー様もこのプリッとしたレディオン様のお尻が!?」

「ええ。可愛いから、つい……脳内に保存しておくだけではもったいないと、撮りはじめたのがきっかけでしたが」

「可愛いですわよねぇ~。クレア様も大好きみたいですし」

「今度、乗馬がわりにロックタートルをあげようかと画策してますのよ。全速力のロックタートルに乗る場合、腹這いでしょう?」

「それはきっと可愛いですわ!」

  「……おにがいる……」

「あら? 今可愛い声が……レディオン?」

「いやですわ、アルモニー様。レディオン様はまだ喋れませんわ?」

「そうよねぇ。……そうよね? レディオン?」

「んきゃん!」





「……こわい……」




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