1-3-2 俺のバスタイムが禁断すぎる件
先に旅立ったはずの我が側近よ。
俺は今 俺自身が屍になりそうな苦難に見舞われています。
お風呂シーンがサービスに値するのは年齢が一桁後半になってからだと俺は思う。
おはこんばんちわ、ニュー・レディオン、俺です。
色々テンパっているのは許してくれたまえ。
俺は今色々と大変な事態になっていて余裕が無いのである。
なに? 常に大変な事態になっている気がする、だと?
そこは決して考えてはいかんのだ。俺と皆のお約束なのだ。
そんな俺がいるのは、我がグランシャリオ家の一階、大浴場。
そう、風呂回である。
風呂会といった方がいいかもしれない。
生贄、俺。
儀式者、メイド(沢山)。
そう、これは、本来ならば男児たる者が夢に見る女体裸大ハーレムである。
前見ても右見ても左見ても後ろ見ても、全方向に聳える真白き双丘。
否応なく下からの目線となってしまうおかげで、我が眼前に出現する知ってはならない秘密の――いや、これ以上は語るのをやめよう。俺もいずれ会う妻に殺されたくは無い。
おっと、紳士諸君よ。
分かっているとも。
血眼にならずともわかっているとも。
俺も本来であれば「死ぬが良い」と微笑みをたたえて宣言する側であっただろう。
だが、思い出して欲しい。
俺は今、赤ん坊だ。
役得とかいうどころじゃない。
そういうきゃっきゃうふふとは縁の無い状態なのだ。
ついでに精神も退化もとい超紳士化したのかお花畑で楽園な気持ちにはとてもならないのだ。
ひたすら気まずい。
あと、辛い。
そして俺は知る。女性とは、男の目の無いところでどのような姿をしているのかを。
――俺は今、男の本懐以前に一人の男として夢と希望が崩れていく現実と闘っているのだ。
「――で、さぁ~。最近太腿に肉つきすぎてるのよね~。ちょっと運動不足?」
「え~、そこまでないじゃん。それ言うならあたしなんて下っ腹見てよ! も~、ぷよぷよ!」
「きゃはは! あんた食べ過ぎよぉ!」
「確かに美味しいもんねぇここのご飯! あたしも尻がやばくてさー!」
……。
「最近ウェストまじヤバ! 制服可愛いんだけどさ、どうしよ? スカートのところに肉乗っちゃって!」
「きゃはははは!」
……。
「ねぇ、ちょっとこれ、揉み出せないかなぁ。塩もみが効くんだっけ?」
「あー、あれ肌荒れるらしいよ。あと脂肪じゃないっしょ、アレが揉みだすの。水分?」
「水分て! 水分て!! あはははウケる!」
「それよか体操してみたら? 柔軟とか~」
「あー、あれわりと足攣らない? 尻肉落とすのに足上げやってたんだけど攣っちゃってさ」
「それ別の意味でヤバくね?」
……辛い……
正直に言おう。
俺は女性にそこはかとなく夢を見ている派だ。
たおやかたれ、とは言わない。
ほがらかたれ、とも言わない。
けれど、こう……ご理解いただけるだろうか……
……姦しくあってはほしくないなぁ、という……切ない希望を……
優しい世界は……幻想だったのだ……
むろん、華やかな女性たちの会話は可愛らしいものだとも(多分)。
どろどろした怨念がこもってない分、俺の過去記憶よりも健全だとも(多分)。
だが――だがしかし、だ。
彼女達の声はなんというか、言葉の端にwwとつくような……うん……なにか、俺の純粋な少年心が消えていってしまうような感じなのだよ。誰か分かってくれぬだろうか……
「美味しいご飯、最高の環境――けれど発生する不満。この下腹がニクイ!」
「腹筋しな!」
「運動量増やしたいなら仕事まわすゼ!」
「そうやって楽する気でしょー!? いいわよ、夜食減らすから。太ると老化早まるからヤなのよね」
「あ、判るわ。アレはマズイわ」
「胸垂れるとか顔に沁みできるとか、なんとか回避したいもんねぇ」
……辛い……
我が妻よ……君は頼むからこうであってくれるなよ……
「あ、レディオン様の様子どぉー?」
「んー? 寝ちゃってる感じかなぁ?」
姦し組の声に、俺を抱っこしているメイドがのんびりとした声をあげた。
ちなみに、俺と風呂に入っているメイド達は十人いる。
浴槽は巨大な為、これが二十人でも全く問題ないぐらいだが、正直、俺の入浴の為に十人もメイドがつく意味が不明だ。
風呂は魔族にとっては日常とも文化とも言えるもので、特に貧しい家庭であっても公共の浴場に行けば低価格で入浴できるようになっている。
ちなみに体の汚れとかは魔法の【清潔】で汚れも老廃物も除去してしまえる。旅とかでも重宝する魔法だ。
ん? なら風呂に必要ないのでは、だと?
浴槽に入るのは娯楽かつ休息なのだよ。睡眠とどっちを優先するかは人によるだろうな。
ちなみに俺もお風呂は大好きだ。
……メイドと入る風呂は微妙だがな……
「レディオン様って、毎回お風呂入る時目ぇ瞑っちゃうのよねぇ」
「お風呂の湯が目に入るの、嫌なんじゃない?」
「やだー! かわいー!」
「じっとしてるし、落ち着いてるよねぇ」
褒めてもらっているところ悪いが、単に俺が紳士なだけである。
見てはならんものは見ん主義なのだよ。
例えば下腹の肉を揉んで減らそうとしている女性の姿とかな……!
「寝てるのかな~?」
「どうだろー? あ、でもさ、リーリアの胸だとおっきい浮き袋みたいになるから安心しちゃうんじゃない?」
おっと。俺の浮き袋、もとい俺を胸に乗せて水没を防いでくれているメイドはリーリアというのか。
姦しくなくひたすらじっくり風呂に入れてくれるので、最近の風呂では俺はこのメイドに張り付いて過ごしているのだ。覚えておこう。
あと胸袋、おっきいね。
「デカイっていったら奥様の胸もおっきいよねぇ!」
「それならシンクレア様でしょ? あの胸はすごいわ。あたしでもちょっと埋もれてみたいと思うわ」
「あれで腰細いとか詐欺よね。あ~、でも、ということは旦那様は巨乳派か~」
「あ、あんた玉の輿狙う気!? 無理無理無理無理! やめときなよ~」
「胸よりも能力っしょ。アロガン様て能力主義だから上級のトップクラスでないと相手しないっしょ?」
「え、じゃあ、奥様はなんで? 最初、魔力下級クラスだったでしょ?」
「あんた知らないの? 奥様の魔力親和度、魔王様と同等なのよ?」
「うっそ! それは凄いわ……」
……女の噂ネットワークってすごいな……
「その奥様と、魔力の膨大な旦那様の息子のレディオン様がこうなのも、頷けるよね」
「奥様の腹、優秀すぎ!」
「旦那様もメロメロだもんねぇ。こりゃあ、もう愛妾の座とか無理だわ。奥様の天下だわ」
「もともと超絶美人だしねぇ。あ、知ってる? 奥様の魔力、最近すごい増大してきてるんだって」
お?
「あ、分かる分かる! この前、庭の薔薇咲かせてたんだけど効果ありすぎて一日中摘んでもまだ咲き乱れるの! 奥様もびっくりしてたわ」
「うはぁ……子供産むと体質変わるっていうけど、凄まじいわ~」
「嫁いできた時の不遇っぷりが嘘みたいよねぇ。あの時は色々あったけど……そういやさぁ、ノルンとかエルシーとか、裏でこそこそしてたくせに、ちゃっかり生き残ってやがったわよ。いやねぇ、コウモリって」
「あー、あいつらまだ残ってんの? まぁ、首謀者は軒並み縊られたから、たいしたことしてないあいつらじゃ生き残るんじゃない? しばらく大人しいっしょ」
「馬鹿よね~。金持ち実家より優しい女主人のほうがあたし達には断然いいに決まってるのに。奥様万歳!」
「ね~。あの愛妾共が万が一世継ぎでも産んでたらと思うとゾッとするわ。せめてシンクレア様かフェリーチェ様よね」
「シンクレア様は血筋の問題で無理でしょ? 竜魔族は大変よね……」
「フェリーチェ様は、最近どうなんだろ? レディオン様が生まれてから、旦那様ってばレディオン様と奥様につきっきりでしょ?」
「わ。やばいわ。愛妾ほっぽとかれすぎ!」
「やっばいわ~。旦那様そのあたりどうなんだろ?」
……本当にそのあたり、どうなんだろ?
とりあえず、ちょっと俺の方でも情報収集しておくか。
それにしても、このバスタイムは休息としては難だが、情報収集としては優秀だな。
まぁ、肉の揉みだし体操をされなければ、だが。
あと俺をおしくらまんじゅうしなければ、だが。
「さーて、そろそろ上がらなきゃね! あ! 今日はあたしがレディオン様の体拭く当番! うふふふ~、いらっしゃぁぁあい!」
アッ――!
○とあるメイドと愛妾の会話○
「あら、今、お風呂が終わりましたの?」
「あ! シンクレア様! お帰りなさいませ!」
「はい! レディオン様のお風呂当番だったんですよ。うふふふふ~かわいかったぁあああ」
「いいわねぇ。アルモニー様も、よいご子息を賜って。でもホッとしましたわ……アルモニー様のお体の方は、大丈夫そう?」
「ええ! むしろ前より強くなられてます! シンクレア様は、まだお会いになっていないのですか?」
「仕事で飛び回ってるから、なかなか……。落ち着いたらお話したいのですけれど。今日は仕事を無理やり抜け出してきたものですから、これからまた戻る所ですわ」
「あ、あ~……お食べに?」
「ええ、食べに」
「た、大変ですねぇ……シンクレア様、竜魔族でも最強ですから余計に……」
「このままだと滅亡の危機ですから、アロガン様には申し訳ないですけれど……あ、そろそろ時間ですわね。それでは、また。アルモニー様達のこと、よろしくお願いいたしますわ。敵は切り裂いてかまいませんでしてよ」
「あ、はい」
「……旦那様、ガッツリ食べられてそう……今日、お仕事大丈夫なのかしら……?」