1-3-1 うちの前庭が妻を髣髴させて辛い件
拝啓 先に旅立ったはずの我が妻。
俺は今 無性に貴方に会いたくて仕方がありません。
俺は新生レディオン。
グランシャリオ家の跡継ぎ息子で、普通に育てば第百九代目魔王になる男だ。
名前の前に新生がつくのは気にしないでくれ。そうでもしないと精神が保てそうにない俺の精一杯の微抵抗なのだ。
――鼻紙一枚分の強度も無さそうだがな。
さて、俺が今いるのは我がグランシャリオ家の屋敷、二階の窓際だ。
何をしているのかというと、外を見ている。
俺はまだ生後間もないが、今生における最大の苦難と戦うため、生まれ持った膨大な魔力と大人な精神の全てをつぎ込んで肉体を強化したのだ。
詳しく言うと、生後一週間の時点で周囲を這いまわれるように、生後一か月の時点で歩けるように我が体を魔改造したのである。
……死ぬ気でやれば、なんでもできるもんなんだな……
ん? 肉体を魔改造など出来るのか、だと?
ふふふ。この俺という実例がいるではないか!
やりきった後、地味に俺自身もビックリしたが、まぁ、気にするな。
しかし、急激に肉体を強化するためとはいえ、毎日魔力を極限まで使っているせいで、常に魔力が枯渇寸前の状態だ。
母様からいただいている栄養のほとんども肉体強化に費やしている感じがする。
俺のココロを守る為に必要とはいえ、他の成長部分に悪影響が出ないか、多少心配ではあるな。
そうそう、魔力を毎日限界まで使ったことで気づいたのだが、今の俺は魔力を扱うのがえらく下手だ。
かつてのように自由自在とはいかない。
肉体に魔力を馴染ませるだけの作業なのに、以前の感覚からすればやたら遅いし効率が悪い。切羽詰った事情を抱えていた俺としてはイライラすることこの上ないが、そういった精神はさらに悪循環を招く為、如何ともしがたい状況だ。
まぁ、それをじわじわと強化していくのが成長の醍醐味とも言えるがな。
――かつての切羽詰った事情については、言いたくない。
そんな俺の今生における苦難はひとまず置いておこう。
今は窓の向こうに広がる我が敷地に注目だ。
俺の家は魔族でもかなりの上位に位置する。家もその位に相応しく大きい。
窓向こうに広がるのは母様が庭師達と造り上げた薔薇園なのだが、実に見事なものだった。しかも広大だ。魔法で季節を問わず咲かせることが可能な為、冬の今も豪華な花を咲かせている。
ああ、言い忘れていたが、今は冬だ。
十三ヶ月ある一年のうち、俺が生まれたのは十二月。これから冬が本格的になる時期だ。
ちなみに、夏生まれは暑さに強い、とかと同じレベルの言い伝えとして、一般的に夏生まれは魔法攻撃力が強く、冬生まれは精神力が強いとされている。
そう、俺は精神力が強いのである。
だから日々の苦難に負けないとも。俺の心は俺が守るとも。
――日々何と戦っているかについても、言いたくない。
話を変えよう。
十二月後半に生まれた俺の眼下にあるのは、十三月の冬真っ只中で花を咲かせる庭園だ。
空には雪雲がかかり、白い雪がチラチラと降っているにも関わらず、庭には鮮やかな花が咲き乱れている。
これを可能にしているのは、この前庭に張り巡らされた結界だ。
一年を通して快適な気候を提供する環境改善型結界の効果で、薔薇の育成に最適な環境を作り出しているのである。巨大な温室のようなものだな。
前庭以外の部分――例えば中庭など――は雪景色だから、母様と庭師がいかに前庭に力を注いでいるかお分かりいただけるだろう。
今も最善を保つ為に庭師とメイドが薔薇を摘んでいる。非常に丁寧な手つきだ。かなり大量に摘んでいるが、庭の美しさは変わらない。むしろ整えられて綺麗なほどだ。
ちなみに摘み取った薔薇は母様が趣味で作っている化粧水などに使うらしい。優雅かつ実益のある趣味だな。
薔薇と言えば、我が妻は大輪の薔薇のような女だった。
気が強いところも薔薇っぽい。燃えるような紅の髪もそうだな。
――いかん。思い出したら無性に会いたくなってしまった。俺は俺の妻を心から愛しているのだ。
なにしろ、我が妻は唯一俺とまともに接してくれた女性なうえ、ツンツンしていたくせに実は俺をちゃんと愛してくれていたという、このうえないツンデレさんだったのだ。それも今際の際にしか告白してくれなかったのだから、それを知ったあとの俺の悲痛さといったらない。
せめてもっと早く告白してくれていれば、もっとこう……いや、よそう。詮無きことだ。今生で再会したらデレッデレになるぐらい全力で口説いて甘い生活をするのだ。
――まだこの世に生まれてさえいないがな。
む? 庭に精霊がやって来た。
前庭の結界は環境に対する結界の為、外敵を弾くようには出来ていない。
まぁ、前世と違って今の俺と精霊族は敵対していない。だから精霊を即座に敵とみなす必要はないのだが、かつて裏切られ大切な側近を殺された恨みは我が胸に燻っている。そのため、精霊を見れば俺の復讐心がムクムクと……おや、全く沸きあがってこないな……俺は薄情なのだろうか……?
いや、庭に来た精霊は、俺の大事な側近を殺した精霊族とは明かに違う。
しかも下級精霊だ。
ははぁん……それでは俺の復讐心が燃え上がらずとも当然だ。俺は敵を間違わん男なのだ。むふー!
ん?
精霊め、この俺に気付いたぞ?
おや、母様も気づいたようだな。
ふふふ。二人でこっちに手を振っておるでわないか。ならば俺も振りかえさねばなるまい。
「きゃぁーん! んきゃあ!」
「あら、レディオン様、御機嫌ですね」
「ぁーう!」
ふふふ。クロエも俺の様子に微笑ましそうな顔をしている。
俺の視線の先を追って、さらに相好を崩したな。
「あら、すごい数の精霊ですわね。エマ様も楽しそうですわ」
なん……だと……?
おお我が母よ、いつの間にそれほどの精霊に取り囲まれたのだ!
よもや精霊よ、我が母に何かよからぬことを……あら、花が咲き乱れて……あれは祝福か? あれを覚えて披露したら、我が妻はデレてくれるだろうか……?
……そして何故、皆、俺の方を見上げてるの……?
「レディオン様に手を振ってますわね……レディオン様、モテモテですね!」
な、なんだと!?
この俺がモテモテだと!?
妻以外の女にそっぽ向かれる歴=生涯だったこの俺が!?
く……せ、精霊族め……俺にこのような精神トラップをしかけるとは、なんという恐ろしい種族だ……!
微笑みまでくわえてくるとは何事か!
おお、俺はお前達の一部がやってくれた仇を忘れてはいないぞ!
絶対だ!
絶対にだ!
「んきゃあぁあぁんっ!」
「まぁ、レディオン様もはしゃいで。うふふ。早く精霊魔法をお使いになれるようになるといいですわね」
クロエが俺を見てとても微笑ましそうに言う。
両手を振ってやったのは母への家族サービスだとも。
精霊相手にではないとも。
目がしっかりあってる気がするが気のせいだとも。
そして、そうか。
精霊魔法か。
今生でも魔法は覚えなおさねばならん。
精霊魔法は、かつて破棄したものだが。
強くなるためには致し方ないとも。
これは仕方のないことなのだとも。
「あれだけの精霊から好意を向けられる魔族なんて、なかなかいませんものね」
うむ。
一番にチャレンジしてみよう。
他意は無いとも。
魔法を唱える日が楽しみだな!
○とある侍女と女主人の会話○
「うふふ。あの子に気付いた精霊達が、屋敷中に花を咲かせてくれたわ。あれだけ祝福してもらえるだなんて、あの子は果報者ね」
「はい! レディオン様もとても嬉しげで……レディオン様は精霊にも愛されておいでですわね!」
「ええ。うふふ。でも、はしゃいではしゃいで、クロエは大変だったでしょう?」
「いいえ、レディオン様はご自分でご自分のお体を解っておいでのようですから。でもあんな風にぴょこぴょこ跳ねてる姿は初めてでしたから、ああレディオン様も幼いんだなぁ、って逆に安心いたしました」
「あの子、妙に悟ってるところがあるものね……」
「ええ。たまに哀愁が漂ってる気がするのが、気になりますね……」
「天才児の気鬱かしら……あの子の気晴らしに、何か玩具でも買ってもらおうかしら」
「そうですね。それでしたら、お風呂の玩具も何かお与えいただけたら嬉しく思います」
「お風呂?」
「レディオン様、どうもお風呂が嫌らしくて……私共が入れようとすると、ひどく抵抗されるのです」
「あら……私の時はそうでもないのだけれど……そうね。頼んでみるわね」
「ありがとうございます!」
「……レディオン、お風呂好きだったと思うのだけど、どうして侍女達と入るのは嫌がるのかしら?」