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滅亡魔王のよちよち奮戦記  作者: 野久保 好乃
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1-2-1 俺の冒険に試練が多い件



 拝啓 先に旅立ったはずの我が部下達よ。

 俺は今 一人きりのクエストに挑んでいる真っ最中です。



 赤ん坊の成長は早いと世間でも言うらしいが、俺の成長はさらに早い。

 なにしろ、生まれたてとはいえ、中の魂は三十を超えた男である。悠長に赤ん坊生活を送れるわけがない。

 精神的にも非常に辛い諸事情があった為、元魔王の本気を出して臨んだとも。生後一ヶ月で生後一年なみの身体能力を手に入れたとも。

 ――フ。俺はやれば出来る子なのである。

 盛大に褒めてくれてもいいのよ!



 さて、主に這う事立つ事歩く事を目指して成長した為、俺の足腰はかなりしっかりしている。

 まだふらふらしているが、一人歩きだって可能だ。見事なものだとも。

 おっと、尻餅の回数を数えるのはよしたまえ。この体は歩くのも一苦労なのだ。ちなみに這うほうが早いのは秘密である。



 そんな俺は今、ベッドに小さなあんよで立ち上がり、決意を新たに冒険に出ようとしていた。

 男児たるもの、歩けるようになったからには成さねばならぬ事がある。


 そう、屋敷の探検ぼうけんだ。


 これは重要課題だろう。

 なにしろここが俺の本拠地なのだ。その全てを把握する必要が俺にはある。

 ということでベッドの上から這いだした。

 目の前に檻の如き柵があるが、問題ない。体内の魔力操作で鍛えた我が体にかかればこんなもの……あ、ちょっと届かない……く……負けるものか。俺は根性のある男なのだ。

 ふっ

 ほっ


「きゃん!」


 ダイナミック転倒をしたが負けないとも。痛くないとも。

 おや、大切な頭髪が一本お布団についている……やだ……泣きそう……



 苦節十八分。俺はついに柵の上へよじ登った。

 よし。

 すでに汗だくだが、気にしない。なんという達成感。やりきったぞ。俺は柵を越えたのだ。

 いや、しかしこれはまだスタートだ。ゴールでは無いとも。達成感さんはお帰りくださいだとも。


 幼き紅葉のような手で柵の天をしっかり握り……おや、手の大きさが足りない……とりあえず頑張って張り付いておこう……ぽってりした体を外側へと流す。

 おおぅふ! 落ちる! 落ちる!

 勢いがよすぎた。なんたることだ!

 足つかない!

 腕ぷるぷるしてる!

 早いな!? 早くも限界か!?

 がんばれ俺!

 負けるな俺!

 とりあえず足場に一度足をかけるんだ!

 でないと落ちて大変な――……考えたら、俺の場合はこの高さだと怪我しないな……


「ゅっ」


 飛び降りた。

 おっとバランスが……いや、尻もちはわざとだとも。衝撃を逃がしたのだとも。こけたのではないとも。

 ん?

 嫌な予感に床を見たら絨毯に俺の大切な毛髪が一本。やだ、涙が……



 さぁ、気を取り直そう。

 俺は男の子だ。泣いたりしないとも。

 なにはともあれ、冒険だ。

 歩くより速く移動できるので床は這おう。

 ふ。見るが良い、この素早いハイハイを。誰も見ていないのが残念だ。いや、見つかりたくはないのだが。


 おっと扉に到着。

 まずは扉 を開けねばならぬ。

 ほっ

 我がジャンプで届かぬとは、ちょこざいな。

 ふっ

 どう頑張っても届きそうにないな。


 仕方ない。魔力操作で開けよう。

 見るが良い、このスムーズな扉の開閉を。

 誰も見ていないのが寂しいほどだ。

 あまり使うと母様あたりにかぎつけられてしまうのだが、仕方あるまい。

 まぁ、一度や二度で察知されるような操作はせんがな。ふふふ。

 ……おや、扉があと三枚以上ある……だと……



 廊下への扉まで二十三分かかった。挫けなかった俺の心を褒めてやりたい。頑張ったな俺!

 早々と訪れる達成感さんと手を取り合いながら、そっと最後の扉を開けてみた。

 こっそりだ。

 気配も息も殺してこっそりだとも。

 廊下に出る為の扉は最大の難関だ。

 なにしろ扉の外に守護者がいる。

 守護者とは、武技に秀でた従僕達の総称だ。

 普通の従僕と区別する為にサーコートっぽい服を着ている。上位者は飾り のないジェストコールのような服だが、これは他の家人と混じりやすくて良くないな。喋れるようになったら父様に制服制度を見直してもらおう。


 その守護者だが、全員上級魔族である。

 上級魔族というのは能力の高い実力者の総称だ。目安をドラゴンとすれば、上級魔族一人で百~千ドラゴンぐらいの力はある。幅が広いのは上級でもピンキリだからだ。 

 俺の部屋周辺の上級魔族は恐ろしく強い。

 なにしろ父様が俺の守護を託すぐらいだから相当だ。そんな連中に見つかったら即座に部屋に戻される。


 なので、気配が無いのを確認してからソッと開けた。

 僅かに開けた隙間から周囲を確認する。

 よしよし。誰もいないな。

 ソ~ッと頭を出してみるが、無論、咎められ ることもなく、人の気配も無い。

 ふふふ。関門突破だ。なに、簡単では無いか。

 褒めてつかわすぞ、俺の体よ!

 よくこの苦難を乗り越えた!

 さぁ、いざゆかん! 知識の宝物庫――……


「……」

「……」


 ……やだ……どういうことなの……


「……」

「……」


 ……上見たら、天井に張り付いてこっち見てる守護者(ひと)と目があったんだけど……


「……」

「……」


 ……なんで……床にいなくて、天井にいるの……?

 蜘蛛なの? Gなの? そこから飛ぶの?

 ばっちり目があっちゃってるんだけど、これ、動いても大丈夫?

 飛んでこない?

 目掛けてこない?

 怖くて目が離せないんだけど、そもそもどうして――天井にいるの?


 俺はおそるおそる身を滲ませるようにして廊下を後ろ向きに這う。

 部屋に戻ったりはしないとも。

 俺の冒険は今始まったばかりだとも。

 すでにエンカウントしてる気がするけど、作戦選択は「逃げる」一択だとも。

 こうして目を離さず、じわじわと後退して撤退すれば――……


「……」


 ……やだ。後ろに下がれない。

 なにか壁みたいなのが後ろにあるわ。

 誰かの靴の上にお尻を乗っけてしまったような感覚もするわ。

 気配ないのに後頭部を見つめられてる感じが……おや……そこに立っているのは家令ではないか。何事かね。素敵なロマンスグレーの微笑みだな。俺は男の微笑にはときめかんから、笑みを深くしなくてもよいよ?


 さて。気を取り直して、家令の靴の上から尻を退けて逃げようか。


「レディオン様。お部屋の中にお連れいたします」




 逃げられなかった。





 ※ ※ ※




 後日、俺の部屋の前に守護者が二人増えた。

 酷い。上と左右で三人体制だ。

 それにしても、天井に張り付いている人は何だったんだろう。

 ストレスが溜まって奇行に走っているのだろうか……

 とりあえず、煙玉を作れるようになったら燻してみよう。そうしよう。




○とある家令と守護者の会話○




「気配を完全に断っていたのですが、ご子息様には瞬時に感づかれてしまったようです」

「おや……侵入者対策に、天井にて待機していたお前が、ですか」

「はい。あそこまで素早く察知されたのは初めてでございました。ご子息の資質、恐ろしいほどにございます」

「ふむ……旦那様もお喜びになりましょう。それにしても、わずか一月であれほどまでお動きに……それになにより……見ましたか」

「はい。しっかりと」


「「かわいかったですなぁあああああああ~」」

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